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「アオのハコ」書評 写真はアオのハトです

抑制された「好き」という言葉

 56歳男性は、おそらく世の人の属性で「恋愛」や「青春」とは最も縁遠いところにいる存在だろう。その最もターゲットにされていない対象の心に、青春恋愛漫画の「アオのハコ」が深々と刺さってしまった。
 10月に始まったアニメを見て、アマゾンで1巻を無料で読んだ後、コミックス17巻を大人買いして一気読み。まんまとはまったものである。こんなにまぶしい青春恋愛ものをなんの抵抗もなく受け入れられるのだと自分自身が驚いた。テレビドラマを筆頭にした恋愛物語に興味がない初老男が、なぜ惹かれてしまうのか。
 舞台は、埼玉県のスポーツが盛んな私立中高一貫校。バドミントン部の猪俣大喜は、部活の朝練で顔を合わせるバスケット部、鹿野千夏先輩にあこがれている。一つ学年が上で、ルックスとバスケの実力を合わせ持つ千夏先輩は,遠い存在。しかし千夏先輩の父親の海外赴任が決まり、インターハイ出場を目指す千夏先輩は大喜の家に同居することに…。
 このようにストーリーの始まりを紹介すると、よくあるラブコメパターンの一つのように思える。試しに「同居 ラブコメ」で検索したら、一大ジャンルかと思うほど、漫画・ラノベが山のようにヒットした。しかしアオのハコが一線を画するのは、同居が逆に二人の関係の障害になっているということだと思う(網羅して知らないのにえらそうにすみません)。
 インターハイのために日本に一人残った千夏に、大喜はストレートに恋心を伝えるのに躊躇する。千夏は、同居させてもらっている家の男の子である大喜に「近づくのはよくないことだから」と告げる。近づきそうで近づけない。同居していることは一部の友人を除き秘密にしておかなくてはならず、学年が違う二人は会話する機会も少ない。それでも、体育館のネット越しにアイコンタクトを取ったり水飲み場で声をかけたりして、少しずつ関係を深めていく。
 携帯電話やSNSで過剰に愛の言葉が交わされる現代において、大喜と千夏の言葉は互いに好意を感じさせながら非常に抑制されている。大喜の好きという気持ちは友人の匡や、大喜に好意を寄せる新体操女子の雛との会話でよくわかるが、千夏の大喜への気持ちはセリフで語られず、漫画の一コマで表される。読者はやきもきしながら千夏の表情から読み取るしかない。そこにまた読者は二人の恋の行方に感情を移入することになる。
 この恋愛漫画は非常にピュアでまぶしい。現実離れしているということもできる。だがこの殺伐とした時代に、助け合い思いあって高め合う美しい恋愛物語は救いだ。願わくば、ハッピーエンドを見届けたい。作者の三浦糀先生は1日2食でナポリタン多めなどと言わず、くれぐれもお体に気をつけてほしい。素晴らしい漫画を届けていただきありがとうございます。なにか応援イベントがあれば行きたいが浮くだろうなあ。

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