病院に行きたくない

胃液を吐いた.
正確には血の混じった,透明な液体だった.

決して体調が万全とは云えない.然うだろう.
何しろ半ば自らが望んだ死への道のりなのだから.

慢性的な頭痛に狼狽えたり,胃酸の具合で吐瀉したり,然う云った具合に自身の不調が表面化された時に,口角が上がるのを自覚する.驚くことなかれ,事実私は路上で蹲りながらそれは嬉しそうな笑みを浮かべるのだ.そもそも,やはり生存本能は強大だ.私が幾らその良く回る上っ面の口先で死にたい死にたいと希死念慮を吹聴しようにも,いざ死ぬとなれば矢張り怖いのだ.その生存本能からの監視を掻い潜るように,誤魔化し誤魔化しに残りもう幾つになるかわからない寿命を削る快感.何事にも変え難い甘美な達成感と云っても過言ではあるまいよ.

如何も昔はこうではなくって,昔と云ってもそれは丁度3年前とか其の様な具合なのだが,兎も角もうそれは朗らかな人柄であった筈なのだ.

何処で狂ったのかと問われれば,いや私にそこそこの知見のある友人諸氏は最早問う迄もなかろう.斯くして私は自己嫌悪の権化として己を己の手で殺戮すべく邁進に余念がないのである.

厨二病という言葉もある.あの手の部類にも近しいのではないか.軽率に死を語れば赦されると思っている.なんと浅はかなんだ.こんな自分を酷く憎む.

元より淋しがり屋なのは言うまでもなく,これは恋人がいない故の一過性なのだと言い聞かせていた.他人に依存しがちな私なのだから,然うだろうと.しかし,どうやらそれは見当違いらしい.

母親からは「彼女がいるんなら,健康とか気遣って,自立しなさいよ」的なありきたりな御高説を賜り,誠に感謝感激アメフラシであることよ,と云う具合だが,どうもこのセルフネグレクトは自己執着と結びついて払拭ならない.もはやアイデンティティというそれは破滅願望と強固に癒着してしまったのだ.

誰が,とか何が,ではない.その実敵は私自身であり,なるほど,矢張り私の未熟さと弱さこそが全ての根源であり,そうであるならばもっと苦労しなくてはならない,努力しなくてはならない,己に甘えるなど至極馬鹿馬鹿しい話なのだ.これが克己というものだ!!!の辺りで結局思考は大きく弧を描き元のあるべき自己嫌悪に帰還することに気がついた.あぁぁぁ,やっぱり嫌い.

哀れなことに,一時が万事この調子,もはや他人すら信用ならなくなっている.愛されたいと云い乍ら,私を愛する人なんているわけない,私を好きになるなんて頭おかしい,そんな思考がニョキニョキと椎茸の如く生えてくる.実際,多分私が突然に,忽然に,姿を消したところで世界は何の問題もなく回るのだ.騒がれるのは一時なもので,恐らく予後は好調,そんな兆しである.

とりあえず,骨は鴨川に撒いてくれ.託けは済んだから何も心配はあるまい.


然し一體困ったものである.この調子では一向に笑い者なのだ.あぁ誰かどうにかしてくれ.いやどうにでもなってくれ.

兎に角こんな暗澹たる思想を他者に押し付けたりはせまい,そう決めて端的に自己嫌悪,嫌,克己心と命名して,仕舞い込んだ挙句にいかにも胡散臭そうなチャイニーズマフィアみたいな顔で微笑むことにしている.

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