日本発の「生音アンビエント」シーンは世界の音楽ファンを魅了するか。
近年、日本の音楽シーンで沸々とファンコミュニティを拡大しつつある「生音アンビエント」界隈。
現状その界隈を包括する言葉がないので便宜上「生音アンビエント」と自分が勝手に言ってるだけなので誤解無きようにお願いします。
日本国内で大きな話題となっているアニメ映画『ルックバック(2024)』の主題歌の作曲でも知られるharuka nakamura(ハルカ ナカムラ)は、現代日本の「生音アンビエント」シーンを代表するアーティストである。
青森県出身のharuka nakamuraは、幼少期からピアノ、中学時代からギターの演奏をはじめる。当初は趣味の延長程度の音楽活動だったが、2008年にMyspaceに公開した自身のバンド音源がヌジャベスの耳に留まり、ヌジャベス本人から連絡を受けて共同での楽曲制作を始めるなど交流を深めるようになる。ヌジャベスに感化され自身の音楽活動も本格化し、2008年に1stアルバム「grace」を発表。その後、恩人であるヌジャベスとは不慮の別れを経験したが、コンスタントに自身の作品を発表しつづけている。
Sign(2008)/ haruka nakamura
哀しい予感/リリウム(2018)/ haruka nakamura
あくる日(2020)/ haruka nakamura
yutaka hirasaka(ユタカ ヒラサカ)は、ギタリストとして2012年に1stアルバム『colors』、2013年に『air's relic』、2014年に『breath』と立て続けにアルバムを発表。当時のローファイヒップホップブームの功罪か、ヌジャベスのサンプリングソースを思わせる彼のメランコリックでメロウなサウンドも相まって、SoundCloud上に彼の楽曲を無断でサンプリングしたビートトラックが多く出回ったことで、彼の知名度を一気に押し上げることとなった。
innocent blue(2012)/ yutaka hirasaka
eternal moment(2014)/ yutaka hirasaka
静岡出身のピアニストZmiは、2015年に日本のエレクトロニカレーベルPLOPよりデビューアルバム『ふうね』を発表。前述の2アーティストよりもさらにデジタル感から遠のいて素材感が強調されたピアノソロ。
サティやドビュッシー、ラヴェルらフランス印象派から久石譲ファンまでをフックできそうな今後さらに注目すべきアーティストである。
a little girl(2015)/ Zmi
夏音(2015)/ Zmi
吉村弘やレイ・ハラカミなど、以前からも日本ではエレクトロニカ/アンビエントのアーティストが精力的に活動していて、国内だけでなく海外にも一定数の支持層を抱えていたが、熱心な音楽ファンが個別に騒いでいるだけで、1つのシーンとしてのまとまりは無かったし、ムーブメントのような盛り上がりにはもちろん欠けていたし、正直その兆しは感じられなかった。
しかし近年のこの生音アンビエント界隈は、haruka nakamuraとかyutaka hirasakaとか、「日本名のローマ字表記」という統一されたアーティスト名がシーンとしての一体感を醸成している感じがして面白い。
現在、この生音アンビエント界隈のアーティスト達の発信元となっているのが2007年に設立された小瀬村晶(Akira Kosemura)主宰の音楽レーベル「schole」である。
所属アーティストにはharuka nakamuraを筆頭に、yutaka hirasakaとの共作を発表しているPaniyoloなどが名を連ねる。小瀬村自身も国際的に高名なポストクラシカルの作曲家である。
わかりやすい打ち込みや電子音を多用せずに、基本的にはギターやピアノその他の楽器の生の質感、アコースティックな響きにフォーカスしている楽曲が多く、牧歌的かつローファイな素朴さが際立つ彼(彼女)らの音楽性は、荘厳なサウンドスケープを誇るポストクラシカルとは違うし、従来のエレクトロニカ/アンビエントの文脈からも少し外れている。
反面、単にイージーリスニングやヒーリングミュージックとして括るにはもったいないキャッチーなアプローチも持ち合わせていて、日本発の「生音アンビエント」とでも言うべき新しいサウンドである。
さらに、彼(彼女)らの音楽に一貫して特徴的なのは、ヌジャベスのサンプリングや久石譲のような日本的な感性によるノスタルジーが強烈に落とし込まれていて、単なるBGMとして聴き逃すことが出来ない情感を帯びていることだ。
ヌジャベスも久石譲も日本アニメとの互恵関係で世界的な知名度と人気を獲得した日本のアーティストであり、海外の音楽ファンが同アーティストの楽曲を熱心に追うのと同じように、haruka nakamuraやyutaka hirasakaの新譜を熱心に追い求める姿も容易にイメージできる。
現に、もうすでに彼らのYouTubeチャンネルのコメント欄は、日本語と同じくらいかそれ以上の割合で日本語以外の言語でのコメントが目立っている。
生音アンビエント界隈の音楽は、例えば地方の森の中を会場にした、無添加食品のフードブースと、アコースティックサウンドが主体の音楽ライブと、ヨガとキャンプのワークショップなんかが一体になったフェス、みたいな、そういうロハス/エコロジー/オーガニック主義との親和性が高い。
そういう集まりって、何と言うか「アンチドラッグヒッピーカルチャー」みたいな若干浮世離れした崇高な趣きがあって、化繊の混じったTシャツとか着ていったら説教されそうな取っ付きづらさがあるのだが笑、そういう集まりにわざわざ顔を出さなくても、彼(彼女)らの音楽とその魅力はスタジオアルバムで十分堪能できる。
この生音アンビエントのシーンはまだまだ発展途上で、今回私が紹介したアーティスト以外にも多くのアーティストを抱えているので、海外の音楽リスナーが聴き散らかす前に、日本発の新たな音楽ジャンルを同じ日本人として早めにチェックしておいて損はない。