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SF創作講座の役立て方、あるいはその誤配と外部 (河野咲子)

 SFアンソロジストの大森望さんが主任講師を務める「ゲンロン 大森望 SF創作講座」では現在第8期受講生を募集しています。
 講座の魅力の一端をお伝えすべく、卒業生である作家・文筆家の河野咲子さんに、講座(とその外部)の活動をご自身の体験談を交えてご紹介いただきました。
 河野さんはSF創作講座第5期(2020年)に正規受講生(現作家コース)として参加し、第5回「ゲンロンSF新人賞」を受賞。第6期(2022年)は執筆活動の傍ら聴講生として受講しつつ、ポッドキャスト番組「ダールグレンラジオ」のパーソナリティを務めるなど、卒業以降も本講座や受講生たちと近い距離で関わっています。
 「作家になること」に留まらない、SF創作講座のもたらす作用とは?
 ぜひ本記事を参考に、受講をご検討ください。

 わたしが「ゲンロン 大森望 SF創作講座」(以下SF創作講座)を知ったのは、2020年の夏、とある批評同人誌[★1]の制作を通じてのことだったと思う。フィクションに関する小特集を毎号組んでいたその批評誌の編集部員には、この講座の卒業生が何人か含まれていた。その本をつくるのは当時のわたしにはとても愉しいことだったから、自分はこういうひとたちともっと出会うべきだという不思議な確信を抱くに至り、SF創作講座を受講してみることに決めたのだった。

 上記の経緯に照らせば、わたしはSF創作講座にまっすぐと誤配されたのだということになる。この講座はフィクションを批評的に語ることを目的とした場ではないからだ[★2]。本講座が目指すのは、受講生が職業SF作家になることである、とひとまず言ってしまってよいと思う。そのために主任講師である大森望さんをはじめ、SF出版界におけるベテラン講師たちが手加減なしの技術や情報を受講生に提供しているのだが、そのことを身をもって理解したのは初回授業を受けた後のことだった。

 とはいえ、本講座は「べつだん「受講生がSF作家になること」を第一の目的にしているわけではありません」と大森望さんははっきり断っている[★3]。事実、職業SF作家に必ずしもならないひとに対しても、この講座およびその周辺のエコシステムはさまざまな作用をもたらしている。わたしが受講から数年経ったいまでもこの講座に親しみを覚えているのは、SF創作講座の総体が、決して「作家になる」ための一枚岩の営みではないからだろう。

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 わたしは2020年に正規生(現作家コース生)として講座を受講した。詳しい説明は申し込みサイトに掲載されているため省くが、作家コースのプログラムには競争原理が張り巡らされている。受講生同士はまさかほんとうにいがみあっているわけではないけれど(実際には和気藹々としている)、課題に取り組むにあたっては戦って勝つためのプロレスに興じる必要がある。毎月SF短篇を書いて相対的によい評価を狙うというのは当然ながらじつに大変で、作家コースの熱心な参加者は可処分時間の大部分を執筆に割かなければならない。

「作家コース」の外側の領域の広さに遅ればせながら気づいたのは、その翌年に今度は聴講生として講座を受講したときのことだった。 聴講生であれば、膨大な量の課題を執筆して競争にさらされることはなく、それ以外の活動に時間をあてて念入りに取り組むことができる。この期間に、わたしは提出作品をすべて読み、講座を「勝手に応援する(講評する)ラジオ」をポッドキャストで配信していた[★4]。提出作品へコメントをするだけでなく、必ずしもSFとは関係のないバックグラウンドを持った方々をお呼びし、そのとき言葉にしなくてはならないと思ったトピックについて長時間にわたり対話した。

 講座について「勝手に」(=自主的に)話す音声コンテンツを配信していたのはわたし(たち)だけではない。さまざまな屋号を掲げたインターネットラジオがあちこちで企画され、講座の関係者やそうではないひとたちが、提出作についてあるいはそれ以外のことについて話している。 だれにも総体が把握できないくらい多発的に営まれる、講座をめぐる読み書き語りのエコシステム——たくさん書き、たくさん読み、たくさん語り、以下くりかえし。作品を読み書きするだけでなく、それについて(とくに作家自身が)語ろうとすることは、出版をめぐる競争原理からわずかにずれた場所で、異なる価値体系にふれてみようとすることだ。

「勝手に」つくられる文芸誌も多数ある。SF創作講座のプログラムは「ゲンロンSF新人賞」のエントリー作品となる最終課題の提出と講評をもって終わりを迎えるが、講座生による読み書きの営みがここで切断されるわけではない。毎期の卒業生は正規のプログラムとは別に、文芸同人誌を数多く刊行している。卒業生による作品集だけでなく、ユニークな特集テーマの設定された企画や、文芸における主流の表現に対する問題意識から端を発した企画などさまざまである(こうした文芸誌の刊行の準備として、企画を精緻にするための勉強会や読書会がしばしば開催される)。講座の卒業生かどうかを問わず、また職業作家もそれ以外の作家も無関係に、多彩なバックグラウンドの書き手が参加し、またそうした同人誌が初出の作品が商業アンソロジーへ収録されるケースもある。

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 例を挙げているときりがないが、SF創作講座にはさまざまな外部がある。それは文字通りの外部経済、つまり、書くことをめぐる経済原理に則っているだけではふれづらい領域と重なっているような気がする。講座の周辺にここまで強固な外部が構築されているのは、ひるがえって「本家」のSF創作講座がまさしく職業的に書くことを念入りにサポートし、現に目覚ましい成果を上げているからだろう。

 話は大きく迂回したけれど、最後に、本記事執筆の主目的であったところの、SF創作講座の役立て方に触れる(課題の提出や講評が有用であるのは言を俟たないので、作家コース・聴講生を問わないポイントを主に挙げます)。

  •  毎回の授業の前半では、ゲスト作家が講義を担当している。実践的な小説の技術や、考え方、アイデアの出し方などの方法論が惜しみなく開示される。

  •  毎回の授業の後半では、受講生が提出した梗概および実作に対して主任講師およびゲスト作家・ゲスト編集者がコメントする。(自分以外の提出作を事前に読んでいれば)各作品へのコメントを役立てられる。

  •  作家のみならず、SF出版に携わる多数の編集者と面識をもつことができる(デビューしたばかりの新人作家にも有用な環境)。

「役立て方」として示してみたけれど、SF創作講座がSF創作の役に立つだなんて、改めて書くまでもないことだったかもしれない。書くまでもなく、SF創作講座がこのように役に立つことは間違いないし、その期待が裏切られることは決してない。大森望さんをはじめとした講師の皆さんの言葉はつねに真摯で、執筆・編集のゆたかな経験に裏打ちされており、作品の自立性を高めるのに必ず役に立つ。

 おそらくわたしはこの文章を書きながら、職業SF作家になるためにSF創作講座が直接的に役立っているというわけではない(!)側面についても述べたかったのだと思う。役に立たないかもしれないけれど、それでもなお、と言いたくなる領域のことを。

 SF創作講座を宣伝するのは難しい。そもそも小説を書くことなど、たいていの人生において必要ないものだ(と身も蓋もなくわたしは思っている)からだ。それでも書かれていく作品があり、作品と生きることのあいだには何らかのフィードバックが生じ、そうして書かれていったものがそれぞれの図書館で無数の星座をなしている。書くことと生活とがつくりだすあなたの環境のようなものにはさまざまな変数が含まれてあり、何によって生活の糧を得るのかも重要には違いないけれど、誰とともに書くのかもそのかたちを確実に変容させる。

 あなたの創作にこの講座は役に立つ。そう発話するのと同時に問いかけたいのは、なにか言葉を連ねようとしているあなたの環境にいかなる要素を代入すべきかということであり、そしてこのようなわたしたちの周辺の環境をいかなるあなたが攪乱するだろうかということだ。

 誤配された元受講生であるわたしは、いまでもその周辺でなにかを書いている。まだ知らないあなたに偶然にも出会うことができたらうれしい。


脚注

★1 ロカスト編集部『LOCUST vol.4 長崎への困難な旅路』2020年

★2 ただし2024年7月現在受講生募集中の第8期のプログラムでは、わたしの受講していた時期とは異なり、批評家の佐々木敦さんによる特別講義もおこなわれる。

★3 大森望「ゲンロンSF創作講座2024へようこそ」(「ゲンロン大森望SF創作講座」https://school.genron.co.jp/sf/sf-2024/、2024年)

★4 河野咲子「第6期ダールグレンラジオのまとめ」(https://note.com/lynoting/n/n7cdae773465a、2023年)



「ゲンロン 大森望 SF創作講座」第8期受講生募集についての詳細は公式サイトをご覧ください。


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