鹿島茂のN'importe Quoi! 前回のおさらい:2022.4.26 放送「家族人類学入門――トッド理論の汎用性」
こんにちは!ゲンロンスタッフの野口です。
ゲンロンではフランス文学者の鹿島茂先生による講義放送「鹿島茂のN'importe Quoi!」をシラスで運営しています。
毎回約3時間の講義のなかで盛りだくさんの内容をお話いただいており、そのまとめをTwitterなどでもお伝えしていたのですが、このたび「ゲンロンの楽屋から」のコーナーの一つとしてこちらにもアップしていくことにいたしました。
過去の講義分も追って公開していきますが、まずは次回講義が明日にせまった「家族人類学入門――トッド理論の汎用性」第4講の内容についてご紹介していきます。
1.「トッド理論」の展開
1983年に刊行された『第三惑星(日本では『世界の多様性』に収録)』において、家族類型を4つに分類したエマニュエル・トッド。本書について友人の言語学者ロラン・サガールから受けた指摘をきっかけに「周縁部の保守性原則」を知り、地理的な分類に加えて、時間の概念も加えて家族類型を考えるようになります。
トッドはアメリカ人類学、特にロバート・ローウィーやピーター・マードックらを参照し、一時的な同居スタイルとしての「父方居住」「母方居住」「双処居住」という3つの「居住規則」、さらに『金枝篇』でも有名なジェームズ・フレーザーの「ナチュラル・サイクル」という考え方をもとに「サイクルα」というモデルを導入します。
2.3つの居住規則
人類は昔から夫婦だけで子供を育てる、ということは難しく、その両親たちと「一時的に」同居する、というスタイルを取っていました。そのときのスタイルを子供から見て、父方の家族と同居する「父方居住」、母方の家族と同居する「母方居住」、そしてどちらでもありうる「双処居住」の3つに分類したのです。では、この3つの居住規則では、どの分類が一番古いのでしょうか。
トッドは当初、父方居住と母方居住の中間形態として双処居住がある、というように考えていましたが、実際にマッピングしてみると、双処居住はおもにユーラシア大陸の最周縁部に分布しており、「周縁部の保守性原則」をもとにすると、もっとも古いのは「双処居住」であると考えられることがわかります。
これをもとにトッドは双処居住というスタイルは「父方・母方のどちらと住んでもいい」という規則ではなく、「規則が無い=未分化の状況」であると考え、ゆえにこれが最も古い居住規則であろう、と考えます。
では、その次に生まれたものは「父方居住」なのでしょうか。それとも「母方居住」なのでしょうか。エンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』などでは母系社会のほうが古いと考えられていましたが、トッドはあくまでもデータやマッピングなどから演繹されるものを考えていきます。
先ほどの地図に戻ると、ユーラシア大陸の最周縁部の双処居住地域と中心部の父方居住地域との間には、母方居住地域があるところもあれば、そうでないところも存在しています。
そこで参照されたのが社会学者ガブリエル・タルドーの「対抗模倣」という考え方。ここでは、ある勢力に別の勢力が進出してきたとき、そのまま飲み込まれるのではなく、逆のものを持ち出して対抗しようとする、そのとき実は構造としては似たものになってくる、という動きを指します。つまり、父方居住の文明圏の進出によって、それまで双処居住だった地域が対抗模倣として母方居住の習慣を取るようになったと考えられるのです。
この説については、特に東南アジアのあたりは的確に当てはまるのですが、細かい調査によって覆る可能性もありそう、とのことでした。
3.「サイクルα」における末子相続
さて、もう一つ考えなくてはならないのは「サイクルα」。
前々回から導入されたサザエさんモデルで言うと、サザエさん夫婦が一時的同居を終了して独立、カツオも将来的には一時同居をして独立、となったあとに、末子であるワカメはずっと自分の子供たちと同居し、そのまま相続をする……いわゆる「末子相続」というもの。
トッドはこの形態がもっとも自然で、何も理由がなければこのモデルになるであろう、ゆえに長子相続の習慣よりも、末子相続が歴史としても古いのではないかと考えました。長子相続はいわばartificial、人工的な営み。ある家族において一時的同居を解消して独立しようとしたとき、もう開拓できる土地がない状態になった……つまり末子相続で何か行き詰まりが起きたために、そのまま家族に残って長子が後を継ぐ、という形態がうまれたと考えられるのです。
日本にも末子相続の習慣がある時代もあり、番組の中ではこの伝播の仕方についての鹿島さんの仮説もご紹介いただきました。以前も言及があった東北地方に見られる「姉家督」についても、「こういう風に考えられるのではないか」という解説がなされました。
さらに番組の終盤には強い母系が残存する地域としての日本として、魏志倭人伝における日本の描写にも注目。卑弥呼の弟が権力を持っていたことを示す記述がありますが、母系が強い地域では、家族の中から父親が弾き出され、男性的な労働力は男兄弟が担う、というスタイルが見られるのだとか。強い母系の文化圏は、アメリカンネイティブズをはじめ、日本以外にも世界中にみられ、そういった地域の特徴についても吉本隆明の共同幻想論なども引きながら解説いただき、ここで講義は一区切り。質疑応答へと移行していきました。
4.次回の講義は明日!
ということで、「家族人類学入門――トッド理論の汎用性」第4講を振り返りました。番組はアーカイブ視聴も可能ですので、ご興味を持たれた方はぜひ直接ご覧ください。「サザエさん卑弥呼説」(!)の詳細をはじめ、こちらのおさらいでは触れていないお話も実は盛りだくさんなのです……!
そして次回の放送は明日24日の19時から。こちらもどうぞお楽しみに!
https://shirasu.io/t/genron/c/kashima/p/20220524