コーヒーと小三治師匠の教え
林家 源平
噺家は哲学者
真打昇進という、落語家の夢を求めて、ガムシャラに突き進んだ末。昭和五十年九月六日に、幸運にもパスポートをつかんだ。
真打になってみると、芸の怖さが身にしみるのだったが、僕は
「もう、俺は、こんなもんでいいや。」
心の中で安心をするようになった。
食べる程の仕事があれば、それで満足と思って、ノンビリとかまえた。
喫茶店で、コーヒーを飲んでいたら、外でバイクがとまる音がした。颯爽と一人の男性が喫茶店のドアを丁寧な調子であけた。
ふと、コーヒーカップから、喫茶店の入り口に目をやると、どこかで見たような気がして、まじまじ目を凝らして、見ると。
あ、小三治師匠だ。
柳家小三治師匠が、ヘルメット姿で入って来たので、急いで側に近寄り、落語家らしく僕が挨拶したら
「源チャン、いい所で逢えたよ。僕は、君に会いたかったんだ。」
と言いながら、ヘルメットを頭からはずし、僕に声をかけてくださったので、僕は元気な声になり
「師匠、落語を稽古してくれるんですか。」
と息巻いてお願いすると、
「よせよ。そんなんじゃない。もっと大事な事なんだよ。」
「そうですか。僕が師匠を助けるんですね。」
「もう。最高に助かるんだ。あんましてくれるゥーー」
と小三治師匠は、僕に言ってゲラゲラ笑うのでした。
僕が、小三治師匠の肩をもんでいたら
「源チャン。真打になって安心してるネ。」
「そ、そ、そ、そんな事はないですよ。」
「あのさ。なんでもかんでも仕事をやり、これだけの収入があるからといって、ぬるま湯につかってちゃ、源平のおもしろ味はないネ。全部、はきださなきや。」
「はきだす?ゲロと同じですか?」
「そう。全部はき出して、ゼロから立ち上がらないとネ。」
「もし立ち上がれなかったら、どうなるんです。」
「その時は、自分に力が無かったんだと、あきらめるんだね。」
一瞬、背筋に冷たいものを感じた。三平師匠が常々話していたこと。初心を思い出し、このままじゃあダメなんではと思えるようになってきた。
こんな会話をしてくれた小三治師匠は、気持ちよく、僕の分まで払ってくれて
「ほんじゃ、ありがとう。いやー、助かったね。」
「師匠を認めさすのは、僕のあんまだけですね。」
「ひとつで、いいんじゃない。スーパーマンじゃないんだから。君の落語は、大きく大きく、やっていくと、いいんじゃない。まあーがんばってよ。」
とさりげなく、アドバイスを言って、次の仕事先に向かう、小三治師匠でした。
一つだけ。一つだけでもいいんだ。そう思い返しては、自分にいい聞かせ、自分の落語を大きく大きくやろうと、静かに燃えた。やるぞー‼️
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