照葉樹林の長期継続調査 樹木の枯死・台風による成長回復 by 前中久行(GEN 代表)
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森林づくりには長い年月が必要です。GENが黄土高原で緑化を始めて30余年、ようやく森林らしい姿が立ち上がってきた場所があります。これからどのような森林になっていくのか大変楽しみです。森林理解には長期的な視点が重要ということで、今回は私が関係している森林の長期継続調査を取り上げます。
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草原や森林を構成する植物の種類や外観が時間とともに変化することはよく知られています。植生遷移です。たとえば噴火を繰り返した火山では、その周辺に裸地、イタドリの草原、ヤシャブシの低木林、陽樹林、陰樹林といった様々な植生がみられます。噴火年代の新旧によって植生がこのような順序で遷移したと類推されています(観光地になっている場所ではそれらしくみせるために生えてくる樹木を取り除いてイタドリだけが点在する風景を保っているところもあるとか……)。土砂崩れによる崩壊地、山火事跡地、あるいは森林の伐採地でも植生の遷移は起きます。
実際の遷移を確認するためには、厳密には同じ場所で時間をおいて観察する必要があります。一本一本の樹木に番号札をつけて個体識別し観察測定すれば樹木の進入時期や成長、枯死(寿命)など詳細なデータがえられます。たとえると森林樹木の“国勢調査”といったところでしょう。
私は熊本県水俣の照葉樹林の調査に1981年から参加しています。2007年以後はGENのメンバーも調査に加わっています。その経験は黄土高原での緑化樹木の成長確認などに役立っています。
水俣の測定樹木数は当初は約6000本、直近2023年でも約2500本の樹木の幹直径を2年毎に測定しています。そのデータの一部が Grow or die: A 49-year growth history of Japanese warm-temperate tree species[成長か枯死か 日本の暖温帯樹木49年間の成長史]のタイトルで雑誌 ECOSPHEREに論文発表されました。GENメンバーも共著者となっています。
広島大学からリリースされたプレス記事は、概要をつかむのに役立つと思います。https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/83563
水俣の調査地の歴史ですが、国際学術研究として国際生物学事業計画International Biological Program-IBP(1965-1974)がおこなわれました。日本における照葉樹林の調査地となった森林です(写真1)。プロジェクトが終わった後も有志によって調査が継続されていました。私の知人たちがその中にいて、折に触れて楽しそうに話題にするのです。そこで研究の現場をぜひみたいと思い、見学させてもらいました。植生遷移の極相に近い森林(当時はそのようにいわれていました。40年後のいまからみると細い幹が林立するモヤシのようなものでしたが)を実際にみることができて感激しました。また森林調査のよい経験ができました。宿屋での夕食後の発表会(焼酎つき)もとても有意義でした。その後は研究室の学生さんにも声かけして、フィールド調査の実習の場としてきました。
今回の論文の概略は、日本の照葉樹林の主要構成樹種であるコジイの半世紀間の生残・枯死と成長を、巨大台風の前後で比較した内容です。台風前は高木が上層を覆って下層に太陽光がわずかしか届かないために中木以下はどんどん枯れていきました(図)。幹直径15 cm 以下のコジイは壊滅してしまいました。1991年と1993年の強い台風で高木の多くが倒壊しました(写真2)。調査を楽しみにしていることを知っている家族は、「せっかくの調査地が大変なことになって残念やね」と慰めてくれました。しかし見方を変えると台風が森林の大攪乱実験をおこなってくれたことになります。
残った中木に光があたるようになり急激な成長が始まりました。新しく小木に加わってくる樹木が出てきました。台風は森林に壊滅的な影響を及ぼすだけでなく、個体メンバーの更新のチャンスでもあることがわかりました。台風の攪乱がなければ後の時代に引き継がれなかったであろうコジイ個体の遺伝子の多様性が保全されたのです。半世紀もの間一本一本の樹木について継続的に測定したデータだからこそわかった天然林樹木の生態です。
日本列島の森林の特徴を理解する一助となるかと思います。
論文はオープンで、以下からアクセスできます。http://doi.org/10.1002/ecs2.4839