経営に活かしたい先人の知恵…その35
◆窮地の時、トコトン考えれば道は開ける◆
中国古典『春秋左氏伝』に、「安きにありて危うきを思え。思えばすなわち備えあり。備えあれば患いなし」とある。本稿その9で、私は、この教えを引用して、いい時に危機意識を持つことが大事だと書いたが、これは本当に難しいようだ。順調な時ほど仕事量が多いだけに、当座の仕事をこなすことを優先せざるを得ない。また、現状の仕事を片付ければ収益が確保できるだけに、来たるべき危機に備えるという意識が薄くなってしまう。
しかし、いい状況が長く続かないことは、歴史が証明している。それ故、「安きにありて危うきを思う」ことが必要なのだ。
心ならずも危機的状況に陥ったとしよう。その時にどう考えればいいのか? 拠り所にしたいのは、『易経』の「窮まれば変じ、変ずれば通ず、通ずれば久し(行き詰まれば変化がおき、変化すれば打開策が見つかり、それが長く続く)」の教えである。
人生でも、ビジネスでも、総じて順風満帆とはいかない。「備えあれば患いなし」と言いながら、いくら備えてはいても試練は襲ってくる。問題は、その試練をどう受け止め、対応するかだ。私はこれまで、成功を手にしたとされる多くの経営者にインタビューしてきたが、そのほとんどが壁にぶち当たった経験を持っていた。そんな中の一人に、計量機器のトップメーカー「イシダ」の石田隆一社長がいる。
石田氏は、祖父(会長)、父(社長)が相次いで逝去した後の1967年、30歳にして社長に就任。その後は、いくつもの試練に直面したというが、2006年、お目にかかった時には、年商500億円、内部留保300億円の優良企業になっていた。
試練をどのようにして克服できたのか? 氏からその答えとして出てきた言葉が、「窮すれば通ず」だった。では、何をしなくても、窮すれば自然と道は開けるものなのだろうか。私の取材経験からは得た答えは「ノー」だ。
石田氏は、「父親が亡くなった頃は、茫然自失ですよ。しかし、悩んでばかりもいられませんから、イシダはどうしたら生き残ることができるかを必死になって考え抜きました」と振り返る。行き詰まった時に、必死になって考えるからこそ、打開策が思い浮かぶと理解すればいいだろう。裏を返せば、必死になってトコトン考え抜けば、道は開けるものなのだ。
また、「多くの試練があったからこそ、自分と会社は成長できた」と振り返る、マブチモーター元社長の馬渕隆一氏のような経営者もいる。
「会社も人間も、試練を克服ことで成長すると、私は確信を持って言える。我が社の歴史を振り返っても、試練とか、難しい問題は、たくさんあったが、ことごとくそのおかげで成長できたと考えている。これまでの経験から、試練は偶然ではなく、必然にやってくると思える。必然というのは、すべてに意味があり、『このままではダメだ』ということに気づかせてくれるものであるからだ。試練とは、今までのやり方に問題があるとの指摘なのだから、一度立ち止まって考えるチャンスだと考えるべきだろう。今まで以外の、新しい方法がないのかと突き詰めて考えると、必ず新しい知恵が出てくるものだ。マブチも数多くの試練があったが、あの時があったから今の姿があると実感している」。
「窮したときに、トコトン考えれば道は開ける」と、信じたい。まさに、朝の来ない夜はないのだ。