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経営に活かしたい先人の知恵…その57

◆「迂直の計」で収益力を高める◆


 孫子の兵法に、「遠回りのように見えるが最も効果的な手段」を意味する「迂直の計」、という教えあるが、これは企業経営でも活きてくる。

 例えば、「収益力を高めるためにはどうすればいいのか」と聞かれれば、従業員が働きやすい、働きがいのある職場環境を作ることだと、私は答える。そんなことで収益力が高まる訳がない、もっと即効性のある手はないのか、と指摘されるかもしれないが、そんな時(人に)こそ「迂直の計」なのだと唱えたい。なぜなら、会社に対して満足度の高い従業員は、顧客のことを考えて仕事に取り組むようになり、その結果として、顧客満足度、収益力が共に向上していくからだ。

 翻って、現状の職場環境はどうなのか。決して良好とは言えない。それはギャロップ社の調査結果を見れば明らかだ。同社の調査によれば、日本の従業員で、熱意あふれる人は6%、やる気がない人が70%、足を引っ張る人が24%だったという。熱意あふれる人の割合の少なさは、何と調査対象139カ国中132位。ダントツの低さだった。熱意ある従業員がかくも少ないことは、ひとえに職場環境に起因していると考えられるし、2023年の日本の労働生産性は、OECD加盟38カ国中29位、主要先進7カ国の中では最下位だったが、それも熱意あふれる人の少なさによるものと考えて間違いないだろう。

 なぜ、日本の働く人のモチベーションが低いのか。様々な要因が複合的に絡み合っているのだろうが、「部下のやる気を削ぐ上司の存在」は大きい。少なくとも入社直後からやる気のない従業員はいないはずだ。スキルは別にして、やる気には満ちている。それが入社後時間が経つにつれて、モチベーションが下がっていく。その原因になっているのが、上司の普段の言動で、彼らのほとんどは、知らず知らずのうちに、部下たちのやる気を削いでいると私は見ている。「やる気を阻害することが大いなる無駄」(ノーベル経済学賞受賞者・ベッカー)という指摘があるが、日本企業の多くは「大いなる無駄」を抱えているのだから、生産性が高くなるわけがない。

 そして、不適切な情報提供も、更なる要因として挙げられる。心理学者のギルバートは、「従業員のやる気のなさは、不適切な情報が主たる原因となって起きている。評価基準も、目標も、目的も知らない。自分たちの日頃の行動がどれほど重要なのかも分かっていない。適切な情報が与えられていないのだから、業績が上がらないのも当然である」と語っている。実に的を射た指摘だ。

 こうした話をすると、反論するトップが圧倒的に多い。異口同音に、「優秀な人間を昇進させているし、会社側の情報は適切に伝えている」と言う。確かに、トップは適切に情報発信しているのだろうが、組織の下に行けば行くほど伝わっていないのが現実だ。ピラミッド型組織での情報伝達では、幾何級数的にコミュニケーションロスが発生するとの知見があり、発信するだけでは伝わらないと考えなくてはならない。一般的には、中間管理職が情報伝達の中継点になるが、多くの場合、うまく機能しているとは思えない。

 「やる気を削ぐ上司」を払拭し、会社の情報を十二分に現場の従業員に伝えることができれば、働きやすい、働きがいのある職場環境は実現する。トップが優先すべきは、まず、部下を持つ管理職の意識を変えることだと指摘しておきたい。

 物事を成就するには、手順が大事になってくる。それを間違えると、うまくいくものもうまくいかない。手順を考えるに際しては、「迂直の計」だと改めて強調しておく。

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