経営に活かしたい先人の知恵…その33
◆近き者喜べば、遠き者来る◆
優秀な人材は、どのようにすれば応募してくれるのか…。まずは、『論語』の教えを紹介しよう。
葉公が政治のやり方を尋ねた際、孔子は「近い者が喜ぶような政治をすれば、遠方の者まで懐いて来るものです」と答えた。
政治についての問答だが、経営にも通じる教えだと、私は思っている。ここ数年、日本では初任給を上げる企業が増えてきた。働く人たちの所得が増えることは、日本経済のためにも歓迎すべきことだが、既存社員の給与も合わせて引き上げなければ、上手くいくとは思えない。初任給を上げる前に取り組むべきは、既存社員が満足する企業体質を作ることだ。今いる社員が満足する会社なら、間違いなく応募者は増えてくるだろう。
さらにもうひとつ、中国古典で参考になるのは、「隗(かい)より始めよ」の逸話だ。
戦国時代(紀元前403年~前222年)の中国では、斉・燕・趙・韓・魏・秦・楚の七国が割拠し、絶え間なく戦争が繰り返されていた。そんな状況の中で、最も弱小だったのが燕だった。燕の後継者となった昭王は、何としても強国になりたいと考えていたが、人材がいないことを嘆き、臣下の郭隗(かくかい)に相談を持ち掛けた。
「私は、燕が小国で、度々侵略してくる斉に復讐できないことを承知しているが、それでも、優秀な人材を得て、一緒に国を運営し、先王の恥をすすぎたいと願っている。先生、どうか適当な人物を紹介してください。私は、その人に師として仕えることができればと思うのですが」。
郭隗は答えた。「昔、千両の金を持たせて、一日千里を走る駿馬を買いにやらせたある国の君主がいました。ところが、その男は、死んだ馬の骨を500両で買って帰りました。君主は非常に立腹されました。するとその者は、『死んだ馬の骨でさえ、500両でお買いになる。まして生きた馬ならいかほど出されるか分からないと考えますから、今に千里の馬がやってくるでしょう』と言いました。その結果、一年経たないうちに、千里の馬が3頭もやってきたということです。今、王様が、優秀な人材を招きたいとお考えなら、まず隗より始めてください。私のようなものでも登用されると分かれば、私より優秀な人材が、千里の道も遠いと思わずにやってくるに違いありません」。
この言葉を聞いた昭王は、隗のために邸宅を建て、登用し優遇した。すると、隗の目論見通りに、優秀な人材が先を争って燕にやってきた。その中のひとり、楽毅(がっき)に政治を委ねたところ、彼は昭王の期待に応え、斉を打ち破ったのだった。
これは「手近なものから始めよ」との教えだが、企業経営では、まず、従業員満足度(ES)を高めることを優先すべきと、解釈すればいいだろう。一般的に、顧客満足度(CS)を高めることを優先しがちだが、それは違う。自社の処遇に満足していない従業員が、顧客の満足度を高められるはずもない。ESとCSは車の両輪に例えられることがあるが、優先すべきはESだと、私は考えている。