経営に活かしたい先人の知恵…その36
◆事業構造の見直しが収益力向上への第一歩◆
30年も停滞していた日本経済に、いくつか明るい兆しが見えてきた。その最たるものとして、私は新規開業率が高くなってきたことを挙げたい。2000年代に入ってから5%前後で推移してきた開業率が、2023年には前年比で8,9%増加(2024年6月30日日経新聞)したという。かねてより、開業が活発な国は、経済成長率も高い傾向があるとされている。日本経済も、成長が期待できると考えていいだろう。
一方で、企業にとっては、人件費の上昇と仕入れコストの上昇という厳しい要因もある。そこで重要になってくるのが、企業の収益力を高めることだ。OECD加盟国38カ国中、30位という生産性の低さのままだと、存続が危ぶまれる企業が増えてくると言わざるを得ない。
では、どのような取り組みが必要なのか。参考にしたいのが、元(1271年~1368年)を建国したチンギス・ハーンと、その息子オゴディ・ハーンに仕えた名臣・耶律楚材の次の教えだ。
「一利を興すは、一害をはぶくに如かず。一事を生ずるは、一事を減ずるに如かず=ひとつの利益を得ようとするなら、ひとつの害悪をとりのぞいた方がよい。新しい仕事をひとつ増やすなら、古びて役に立たない仕事を、ひとつ減らした方がよい」(『元史』)。
既存企業では、一害とまではいかなくても、利益率の低い事業なり製品があるだろう。まずは、その事業構造を見直すことだ。利益率に問題があれば、公取が目を光らせている今がチャンスだと考えて、取引先に値上げ交渉をすればいいだろう。値上げに応えてもらえない不採算事業があれば、躊躇なく整理することをお勧めする。既存事業の約4割が不採算とのデータがあるだけに、収益力を高めるための第一歩は、不採算事業の整理だと私は考える。
例として、百貨店の大丸(現・j.フロントリテイリング)の改革を紹介したい。バブル崩壊後の大丸は、「約40もの事業を手掛けていて、そのほとんどが不採算。本業の百貨店事業で稼いだ利益の全てが不採算事業の『止血』に使われて、赤字がどんどん膨らんでいく状態だった」と、当時社長を務めていた奥田務氏は振り返っている。そんな状況で奥田氏がまず取り組んだのが、不採算事業からの撤退だった。なぜ不採算事業の整理を優先したのかについて、奥田氏は次のように説明している。
「改革を実践するなら、『守』と『攻』を両方やろうと考えていました。けれどまず、『守』から着手しないと『攻』のための資金が出ません。救いのない不採算事業に、利益がどんどん垂れ流されていく状況では、『攻』の改革を実践しようにもできないのです。改革の第一歩目は、やはり不採算部門を大胆にカットして止血をすることです。1990年代後半には、皆さん大丸と同じような課題を抱えていたはずです。つまり、赤字と分かっていても、思い切って事業整理ができず、ずるずる不採算事業を抱え込んでいたのです」(『未完の流通革命~大丸松坂屋、再生の25年~』)。
まさにその通りだと思うが、不採算事業に手をつけられない経営者が多い。なぜなら、赤字を生み出す事業とはいえ、そのほとんどは先代社長が手掛けてきたものである故、手をつけることに躊躇してしまうのだ。そうした「忖度」が、日本企業の生産性を落とし込んだ原因になっているのだろう。
収益力を高めない限り、高騰する人件費をまかなえる原資も、攻めに転じる費用も確保できないことを肝に命じる必要がある。生意気なようだが、私はそう思っている。