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経営に活かしたい先人の知恵…その50

◆給与水準を上げるだけでは不十分…職場からストレスを排除せよ◆


 孟子は「恒産なくして恒心なし=安定した仕事、収入がなくても、安定した心を失わずにいられるのは、限られたごく少数の学問や教養のある人だけで、一般庶民は恒産がなければ、恒心はないものだ」と言っている。

 古今東西、人間の本性は変わらないようで、欲求の五段階説で知られるマズローも、「人間は経済的安定を確保すると、その後は価値ある人生や創造的で生産的な職業生活を求めて努力する」と、同様の指摘している。

 このことをよく理解していた先人の経営者に、フォード創業者・ヘンリー・フォードがいる。フォードは、「我々の売上は、ある程度賃金に依存しているのだ。より高い賃金を出せば、そのお金はどこかで使われ、他の分野の商店主、卸売業者、製造業者、更には労働者の繁栄に繋がり、それがまた我々の売上に反映される。全国規模の高賃金は全国規模の繁栄をもたらすのだ」(『アメリカン・ドリームの奇跡』)との持論を展開し、1914年に自社の労働時間を9時間から8時間に短縮。日給を2ドル34セントから5ドルに上げたことを、最高の生産性向上策だったと振り返っている。

 日本でも、昭和初期の不況の最中、給料70円以下の社員は生活が苦しいだろうと、経営面で種々の節約をし、該当する従業員の給料を1割5分上げた阪急グループ創業者・小林一三のような経営者が存在した。

 バブル崩壊後の日本は、総じて見れば、おおよそ30年に渡り給与が据え置かれ、「恒産」とは言えない状況が続いてきたが、この2、3年、給与水準は上昇に転じている。来年以降も実質賃金が増え続ければ、日本経済も復活に向かうのではないだろうか。

 しかし、日本企業には、今ひとつ取り組まないといけない課題が残されているように思う。それは「恒心」の確保だ。孟子は「安定した仕事」があれば「心も安定」すると言っているが、現代社会では「恒産」だけでは心の安定は得られない。なぜなら、所得は増えているのに、一方で職場にストレスを抱える従業員が増えているからだ。

 厚生労働省によれば、職場でのストレスが原因でうつ病などの精神疾患を発症し、労災認定を受けた人は、2002年度には100人であったものが、2023年度には過去最多の883人と、増加傾向にあるという。

 労災に認められた件だけでこれだけに上るのだから、潜在的にはかなり多くの人がストレスに悩まされていると考えて間違いない。ストレスを抱える従業員は、欠勤しがちになり、出勤したとしても多分にして集中力を欠くので、必然的にその職場の生産性は低下する。

 現在の賃上げには、生産性の向上が伴っていないとの指摘が多い。上げた給与水準に見合った生産性の向上が急務であるのに、職場のストレスが原因で生産性が下がるのでは、会社の存続そのものが危うくなってしまう。

 心理学の分野では、職場でのストレスの原因となるものを「ストレッサー(ストレスを引き起こす刺激)」と呼び、その代表例として、「納期について圧力をかける」「失望したときに怒る」「仕事量を増やす」等を挙げている。

 何より大切なのは、職場のストレッサー排除に会社を挙げて取り組むことだ。従業員が精神面の不安を抱えていたのでは、いくら生産性向上を叫んでも、その成果は上がらない。

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