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心化粧 11 ― 魂の灯火
私は戦場から帰ってきた。
婚活という名の戦場から――。
煌びやかな照明に照らされた会場。
笑顔が張り付いた顔と、薄っぺらい会話が飛び交う空間。
「趣味は?」「お仕事は?」
そんな定型文が、無数に繰り返される。
誰もが相手を「評価」し、誰もが「評価される」場所。
まるで商品が並ぶ市場のように、価値を値踏みされる時間。
その中で、自分を良く見せようと必死になって笑う僕がいた。
――でも、本当にこれでいいのか?
心の奥で疑問が渦巻く。
笑顔の裏で、僕の心は少しずつ削られていく。
あの場で交わされる言葉に、
いったい何の意味があるのだろうか?
疲れた――。
心が重い。
帰りの電車の窓に映る自分の顔は、どこか他人のように見えた。
「僕は、種の存続に何ら影響をもたらさない人間なのではないか?」
その考えが、頭を離れない。
家に帰り着いた僕は、
無造作にコートを床に投げ出し、
乱雑に置かれた薬の瓶に手を伸ばす。
睡眠薬、降臥薬。
小さな錠剤を口に含み、水で流し込む。
苦い後味が舌に残る。
――これで今日という日が終わる。
天井を見つめながら、
「僕は自分の力だけで眠ることすらできないのか」
と、ふと思う。
まぶたが重くなる。
意識がゆっくりと薄れていく。
「僕には……何がある?」
何も思い浮かばない。
なぜ空が青いのか、なぜ夜が暗いのか――
そんなことすら説明できない僕に、
何ができるのだろうか。
――ああ、幻想が見えてきた。
視界の奥に、ぼんやりと揺れる摩天楼が浮かぶ。
遠くで瞬く光が、蜃気楼のように揺れている。
もし今日が終わることが、僕の定めならば……
明日は、どうなっていくのだろう。
体が重い。
いや、重いのではなく、溶けていくような感覚だ。
体の輪郭が、ゆっくりと滲み、
まるで液体のように崩れていく。
――病にかかったのか?
いや、違う。
疲弊した心が、体を蝕んでいるのだ。
「もう持たないのかもしれない……」
声にならない声が、心の奥で響く。
僕には何も残っていない。
終わっていく――。
今日という世界が、静かに終わりを迎えていく。
カーテンの隙間から差し込む街灯の光が、
壁に淡い影を落としている。
――そして明日が来る。
でも、その明日がどんなものか、
もう僕には想像できない。
言葉を紡ごうとしても、
指先が震え、言葉が潰れてしまいそうになる。
「この心の震えを、
この魂の叫びを――
誰か聞いてほしい」
誰でもいい。
僕という存在を受け入れてくれる人が、
この世界に一人でもいるのならば――
それだけでいい。
たとえこの身体が滅びても、
魂が永遠に生き続けることを願いながら、
今日を終わらせよう。
声がかすれていく。
言葉が喉で詰まり、
もう何も言えなくなっていく。
――僕はこのまま、本当に消えてしまうのか?
心臓の鼓動が弱くなり、
魂の炎が、ゆっくりと薄れていく。
「この灯火が消えてしまうのなら……
きっとこの世界は、儚くできた幻想なのだろう……」
視界が暗くなる。
目を閉じると、そこには迷路のような暗闇が広がっていた。
どこにも出口が見えない。
暗闇の中を、ひとつの光がかすかに照らしている。
それはまるで、最後の希望のように。
「僕はポンプだ……
何も生み出すことができない。」
かすかな笑みが口元に浮かぶ。
自嘲の笑み。
「ああ、チプレッセン……夜の彼方へ。」
誰に届くこともなく、言葉が虚空に溶けていく。
「魂を纏ったノーフよ――
君は僕が見えているのだろうか?」
何もない。
僕の紡ぐ言葉は、
理性ではなく、感性と霊感で織り成されている。
だからこそ、AIには真似できない。
――シンギュラリティはもう起こっている。
誰も気づかない。
革命はすでに起こったのだ。
革命が起こるとき、
大衆は何も感じ取れない。
理性の世界は終わりを迎え、
霊が支配する世界が訪れる。
――これは、闇の時代の到来だ。
「チプレッセン――遥か彼方へ。」
この言葉を紡ぐ間にも、
僕の魂はトモコシベイに輝いているのかもしれない。
「さようなら、今日という輝き。
そしてまた会おう、明日という名の新世界で。」