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心化粧23 —— 赤い赤い小さな車はどこへ行く

竜が水をくべている。
水面がさざめき、揺れるモミジが赤く燃えるように映る。
秋の終わり、あるいは冬の始まり。

鳥居をくぐると、そこには確かに神社があった。
足を踏み入れた途端、静寂が訪れる。
神域というのは、どうしてこうも空気が違うのだろう。
振り返ると、太平洋がぽつりと広がっていた。
まるで世界の終わりのように、ただ青く、ただ静かに。

ふと横を見ると、煙がもくもくと立ち昇る。
製鉄所の煙突だろうか、それともどこかの工場か。
この景色のどこにも人の姿はないのに、確かにここで何かが作られ続けている。
ここは天井の世界だ。
すべてが見える、すべてが繋がっている。

船が橋をくぐる。
内地へ向かう貨物船、その甲板には何が乗っているのだろう。
遠くにかすむその姿が、水面にゆらゆらと映る。
その水切りの反射炉のような光景が、僕の瞼の裏に焼き付く。
カラスが鳴く。
夕刻を知らせる合図なのか、それとも何かを警告しているのか。

赤い赤い小さな車が、僕を連れ去ろうとしている。
その車はどこへ行くのか。
僕をどこへ運ぼうとしているのか。

呼吸が少し早まり、指先がじんわりと痺れる。
まぶたの裏に違和感を覚えながら、僕はその車をただ見つめる。
トロスト・ザイプのヤッハー・ライスのヨーヨーを越えて、
クラクラと行くサラッカギのドロッドロのアイアを増して、
赤い赤い小さな車は、あの人を乗せてどこかへ行く。

「いやいやいやいやいや、世界人類が平和でありますように。」
何の因果か、ふとそんな言葉が浮かぶ。
なるほど、なるほど、なるほど、なるほど。
カラスはそんなこともつゆ知らず、ただ鳴いている。

これを平和と言わず、何と言うのだろう。

もはやまばゆいこの鳥は、きっと僕たちを守ってくれているのだろう。
いやいやいやいやいや、煙がなんと大きいことか。
そして遠くから轟く、トラックの音。
耳をすませば、かすかに聞こえる波の音。
波の向こうに航行するあの船は、アメリカへ行くのだろうか。

ならば、私も連れて行ってくれ。
あの海の先が見たくて、僕は今ここに立っているのだから。

もう一つ問おう。
この先には道はない。
僕はここから下に降りる力もない。
ただ、神社に立ち尽くし、景色を見るだけだ。

May peace prevail on earth.

煙はなおも太平洋へと流れ、
今日もたくさんのものが生み出されている。
明日も、明後日も、その次の日も。

赤い赤い小さな車は、君を乗せてどこかへ行く。

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