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子どもの登園しぶり
19年間、中学校教員をやっています。
その間に、3人の子どもの産休育休を頂きました。
その後、フルタイム、部分休業という制度を使って、続けてきました。
今、休職中です。
先週、一番下の子が風邪で、保育園を欠席。
治る頃に、上の子に移り、今週は小学生組が学校をお休み中。
11月から12月にかけても、順番に具合が悪くなり、お休みした。
迷わず、「休んでいいよ」「今日は、休もうっか」と言えて、
ただただ子ども寄り添えるのが、昔の自分を癒せているかもしれない。
以前は、
「鼻水、どうしよう、熱出るかな。明日の仕事…」
「これくらいなら、頑張って行かせるか…」
と、仕事と天秤にかけて、困る自分がいたし、
一緒に休んでも、仕事のことを考えていた。
でも、休ませながら、簡単に学校を休まなかった昭和世代は、
「風邪で何日も休ませて、休みグセがつかないだろうか」とか、
「これくらいだったら、熱もないし、自分ならいくかな」とか
一番下は、上の子が学校休むのがわかると、保育園には行きたがらない。
先週に続けて、休ませることにした。
「元気な子は行かせるか、行かせないか」とか
休ませたいけど、「休ませる」「休む」と「頑張らせる」「頑張る」の加減が難しい。
風邪なら治るまで横になったらいいと、明確だが、
何かに所属したときの休むは難しいのだろうか…と考えてしまう。
一番上の子が年長さんになった時、ちょうど3人目の産休育休に入った。
保育園に行きたがらない日々が続いた。
息子なりに嫌なことがあったのかもしれない。
でも、それもまだうまく説明できなかったし、
ママが産休で家にいるから一緒にいたかったのかもしれないし、
3人目がお腹の中にいることで、ママを取られるんじゃないかという
不安(赤ちゃん返り)だったのかもしれないし、
コロナ禍での生活に不安があったのかもしれないし…。
イヤイヤ期とは違う、「イヤ」の反抗がすごかった。
自分の子供ながら、こんな顔するんだ。と、
その表情にもびっくりしたし、
今でこんな反抗なら、中・高生の本物の反抗期に私は
耐えられるだろうかと、悩んだ日々だ。
そもそも保育園。
行かなければいけない義務もない。
じゃあ、本人の心ゆくまで休ませるか…。
卒園の最後の1年。これでいいかとか…。
コロナ禍の状況で家庭保育ができる家はご協力をということで、
1ヶ月ほど休んでは見たけれど、
卒園でいろいろ準備もあるので、
保育園からは、全部休まなくても…とか。
色々考えたときのことを思い出した。
息子と保育園とも話し合って、
息子が決めた時間に迎えにいくことを続けた。
お昼を食べてすぐのこともあったし、
おやつまで行けるときもあったし…
それを繰り返すうちに、
また、息子は自分で
「明日からは、ずっと保育園にいく」と決めた。
3人目が生まれてからも、
赤ちゃん返りもなく、今は学校に行き渋ることなく
学校に通っている。
休んでいる自分だから対応できたこと。
仕事していて、登園渋りだったら、どうしていただろうと
ふと、考える自分もいる。