エセチャリダーとルチャ VOl.3
プエブラまでの道のりで、自分の見立ての甘さに気付き、完全に意気消沈し、自転車旅を続ける気力が失せ始めていた。
でも、まだ自転車旅を始めてたった2日しか経っていない。流石にここで辞めてしまうと、何か自分の中の大切なものが失われる気がして、それだけが想いを繋ぎ止めていた。
しかし、街の平和な空気の中に身を置くと、何とも言えない気怠さと、サバイバルから解放された安堵感に、ビールとタコスと陽気な音楽のある世界に自我が揺れていた。
小さな窓とベッドが置かれただけの質素な部屋でIPodを弄りながらダラダラとした時間を過ごす。ダラダラしていてもお腹が空く、部屋から出るのが億劫だが、飯を求めて街を闊歩する。
「もう少し頑張ってみよう。」タコスを頬張りビールで掻き込みながら決心する。
明くる日、昨晩地図とにらめっこして決めた、次の目的地ベラクルスへ向け出発。
自分の周りにはこのルートを取った人はおらず、事前情報は皆無。ベラクルスを目的地にした理由は、とにかく海を見たかったからだ。
海沿いを走れば自転車旅も楽しくなる、という淡い期待。そんな簡単に自分のモチベーションを上げれるわけないのに。
そして、走り出してすぐに心が折れる。ただでさえ精神的に不安定な状態で、オフロード地帯が続き、思うように距離を稼げない時間が続き、山奥で工事をしているらしく、土砂を運搬するトラックがバンバン通り、砂煙とトラックがすぐ横を通り抜ける威圧感に半泣きになっていた。もはや海のことなど頭の片隅にもない。
メキシコシティからプエブラまで走った時の教訓を生かし、走る距離の目標は設定せずに、早め早めに宿泊地を決めて、ネガティブになる前に走るのを止める、というルールを作った。
まだ山中だが、昼過ぎに長距離トラックのオアシスのような場所に出た。映画”バグダッドカフェ”を彷彿とさせる。
HOTELの看板が出ていた建物に自転車を横付け、荒くれ者が居そうな雰囲気に、かなりビビっていたが、
「オラ!」
と元気よく飛び込んだ。
当然と言えば当然で、フロントの人が得体の知れない自転車を引いているアジア人を見て、一瞬目をひん剥きびっくりしたように、舐めるように観察された。
しかし、今日はまだゾンビ化していなかったので、まぁまぁの笑顔を作れた。それが功を奏したのか、なかなかウェルカムな空気感の中無事にチェックイン。ロビーにはテレビが設置され、宿泊客なのか宿の従業員なのか数人がソファーに座り、昔のメキシコ映画かドラマかを視聴していた。
自転車に乗っている時と、メキシカンな日常に戻った時に流れる時間のギャップが凄まじい。
移動して新しい土地に行くと気分がリフレッシュされる。見る物すべてが新しいというのは刺激的だ。自転車旅を始めた初心を思い出す。
次の日、ぐっすり寝れたので、身も心も上々。今日はベラクルス まで一気に辿り着ける気がする。大体100km走る計算。今まで一日の最長走行距離が50km、その2倍の距離。でも今日の自分は達成できそうな気がする。
走り出してすぐに舗装された平坦な道が続いた。幸先良しだ。
50kmを越えたあたりから脚が怠くなってきた。体力的にもしんどくなってくる、呼吸がゼーハーゼーハーになってきた。
小休憩の回数は増える。ベラクルスまで、あと30km程。
道端に座り込み、りんごを齧りながら考える。いつもなら野宿か近くの宿を探すところだが、今日は違った。
あと半日も走れば、海を見れる街でタコスとビールを掻き込める。何より達成感を味わいたい。珍しくポジティブ思考になり力を振り絞る。
ベラクルスの街に入ったのが丁度日没時。自転車に慣れてきたのか、思った程ゾンビ化せずに目標を達成し、一日走り切ったという充実感と自信を得た。余韻に浸っている暇もなく、本日の宿を探す。中々大きい街なので、人目につくのも億劫で、疲れていたのもあり、街に入ってすぐの端っこにある宿に決めた。
チェックインしてびっくり、一階がガレージになっていて、二階に居住スペースという具合で、一軒家そのままお貸ししますスタイルの宿であった。一人には完全にオーバースペックだが、宿泊費が安かったこともありそこに決めた。
そして、その夜事件が・・・
喉がイガイガし始め、頭痛も始まり、身体が怠い。ただの疲れから来るものではないことがわかる、風邪だ。達成感に浸る間も無く、祝杯を上げる間も無く、瞬く間にベッドから起き上がれないまでの症状に。体温計を持ち合わせていなかったので、熱を測れていないが、かなりの高熱だったと思う。
次の日、体調は悪化の一途を辿り、トイレに行くのもきつい状態であった。それでも何か食べないといけないので、宿の前にあったコンビニでフラフラしながらバナナと水を購入した。
バナナを食って水飲んで寝る、というルーティンを2日続けてやっと熱が下がり気怠さがなくなった。この時からだろうか、「病気になったらバナナと水」を徹底するようになった。
元気になってテンションがMAXに。その時に、わざわざタイマーを駆使して撮影したものが冒頭の一枚である。ルチャのマスクを被りベッドにダイブ、若気の至りです。しかし、ベラクルスの街を歩きながら、心は曇っていた。
「走るのもうやだ。」
ヘタレ道ここに極めり。
海風が気持ちいい。高田渡を聴きながら、いつものタコスにビールの組み合わせで腹を満たす。物思いにふけっている暇はないが、辞めても自己肯定できる言い訳を、何とか捻りだせないものか考えていた。
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