AE86の美しいコーナリング
あれは1987年か88年頃だっただろうか。ある夜、高速ベンドの続くワインディングロードを流しながらドライブしていると、後ろから速いクルマが追いついてきた。道を譲ると、それは白いAE86の3ドアハッチバックであった。私に向かってハザードランプを点灯させながら、スポーツマフラーの良い音を響かせて抜いて行った。
その直後の右ヘアピンカーブのことである。そのAE86のドライバーは素晴らしいドライビングを見せてくれたのだ。
ブレーキング、シフトダウン、ターンインまでの姿勢も美しく、センターラインを寸分も割らずに、まるでフォーミュラーカーのように速く安定した姿勢で、タイヤも鳴らさずにコーナーをクリアして行った。そのオンザレール的なあまりに美しい走りに私が感動していると、ナビシートの友人も同様に感嘆の声をあげた。
もちろんサスペンションの仕上がりも良く、最高峰クラスのハイグリップタイヤを履いていたとは思うが、それまで、いかなる峠を走っても、あれほど美しいコーナリングをするクルマに出会ったことがなかった。どんな人が運転していたのかわからない。ただ知的で教養すら感じ取れるドライビングであった。
AE86と言えばドリフトのイメージがあるかもしれない。
峠ではスキール音を響かせ、カウンターステアをあてるような派手な走りが好まれた。ギャラリーもその方が喜んだ。
もちろん、センターラインを割らずに美しいドリフト姿勢のコーナリングも可能であろう。だが峠は公道である。
ドリフトをさせないにしても、スプリントレースや予選のように無茶な走りをやっていた時代である。スピードが速い分、ドリフトよりもタチが悪かったと言える。
その日以来、私が公道で目指した走りは、かのAE86のドライバーのような美しい走りであった。
安定した姿勢のブレーキ。ギリギリまで突っ込まない。コーナリング中の修正舵はできるだけ行わない。タイヤはできるだけ鳴らさない。
加速時のアクセルペダルは床まで踏むが、シフトアップの動作は無理矢理行わず、吸い込まれるようにゆっくりという感じだ。
とにかく姿勢変化がスムーズに起きるように努めたわけである。
峠の走りで一番恐怖を感じるのは、コーナーアプローチの突っ込みである。
余裕を持たせることで、格段に精神的に楽になった。
元々舵角一定の一発ステアリングを目指していたが、よりゆっくり丁寧に行うことを心がけた。
シフトアップはアクセルを戻さずに、クラッチも踏み切らないまま、2速→3速は斜め一直線的にシフトしていたが、それもやめた。
クラッチをしっかり切って、ニュートラルで一呼吸して回転が合ったところで軽く押す。
峠であっても、街乗りのようにシフトショックの無い走りを心掛けた。
安全マージンを多めにとっても (まあそうは言っても、Gは大きくかかるし、時としてドリフト状態になることもあったが)他車とバトルをしなければ公道では十分に速く、スポーツマフラーのサウンドを余裕をもって楽しめるようになった。
峠でタイムを測ったことはないが、流す程度の走りでも、実はそれほど変わらないという噂もある。
ベタグリップ走行は、地味でつまらないイメージがあるかもしれないが、本当に上手いドライバーの走りは違う。
華麗で上品でドラマチックなGTの走りだ。
あの時、あのAE86に遭遇しなければ、私のドライビングスタイルは違ったものになっていたかもしれない。