
126_METAFIVE「環境と心理」
(前回からの続き)
Youtube上の配信の待機画面が切り替わる。いよいよ、META FIVEのライブがはじまる。決して100%の状態であるとは言えない、彼らのライブに期待する者が俺の他にどれだけいるのだろう。
あるいは件の小山田圭吾の一件から、無様な彼らを嘲笑的に眺める輩もいるかもしれなかった。そもそもMETA FIVEの存在を知らなかった俺などは、そちら側の人間だとみなされてもしょうがない気がした。いったいどんな気持ちで俺は彼らの演奏を眺めるというのだろう。
結局、グループとしてクレジットされた6人の正式なメンバーのうち、諸事情により、LEO今井と砂原良徳の2人とサポートメンバーのみでの編成でライブは行われる運びになったらしい。異常事態とはいえ、6人いる正式メンバーが2人しかいなくなった状態で、それでもライブをやるという選択肢はあるだろうか。
砂原良徳は電気グルーヴのメンバーだったから、もちろん名前くらいは知っている。しかしながら、恥ずかしながらLEO今井なるアーティストの存在は今日はじめて知った。どうやらこのMETA FIVEの中でも一番の若手らしい。全員が主役といっていい才能が拮抗しあうこのスーパーグループの中で、彼がボーカルを取る曲も複数存在する。
数曲を聴いた感じでは、想像した通り、映像と音楽がシンクロする素晴らしいライブだ。やはり、どことなくコーネリアスのライブを想起させる。だが、その中でも、全ての曲でボーカルを取ることになったこのLEO今井のステージングそのものが、自分にとってなんとも印象的だった。
META FIVEのグループの佇まいからすればインテリジェンスでスマートな気もするのだが、彼のパフォーマンスはどこまでも限りなくエモーショナルなのだ。迫るような気迫がある。間違いなく、このステージでは彼が主役だった。そして今井と対照的に砂原は機材を淡々と操作するのみであり、その対比もまた絶妙だった。
どんなことを言われようが構わない。ミュージシャンは自分たちの音楽で答えを出す。それは残された者の意地なのかもしれない。どんな状況であっても音楽をやっていくんだという、アーティストとしても当然の矜持かもしれない。
あるいは、LEO今井のような若い才能が、老人たちの残した過ちの理不尽な尻拭いをさせられている、という穿った見方もできなくはない。だが、そんなことは当の本人の彼にとっては一切関係ないのだろう。
特に彼はこのライブの全てを一身に背負わされたと言っていい。目標としていた人が目の前から突然いなくなった。残されたものがバラバラにならないように、必死に繋ぎ止めているように見える。気づけば、俺は特に彼のパフォーマンスを夢中になって見ていた。
そして、それまでのエモーショナルで力強い曲と対照的に、静かで洗練された曲調のメロディが流れる。聴いた瞬間にわかった。そうだ、これはおそらく小山田圭吾が作った曲だろう。そして、彼がこのステージ上でこの曲を自らボーカルで歌うはずだったに違いない。
しかし、当然のことに小山田圭吾はこの場にいないので、代わりのフロントマンとして、LEO今井が歌っている。淡々として日本語の歌詞で、それまでの曲の気迫のこもったボーカルスタイルよりも、明らかに抑え目であり全然印象が違っていた。映像もあいまって、深い哀愁に満ちた曲だった。しかしそこに違和感は感じない。
仕方のないことなのだろう。これまでLEO今井の周囲で起こったことは、全て彼の落ち度によるものでは決してない。誰にもどうしようもない、とても理不尽な嵐のようなものに、根こそぎ全部を持ってかれた。そして目の前には、がらんどうなステージだけ残された。
それでも彼は、自分の仕事として背負って、力の限り歌い切る。残されたこの貴重なステージの場だけは決して無くすまい、という気持ちが伝わってくる。見ていて俺は熱くなった。
「緊急事態のMETA FIVEでした。ありがとうございました」
演奏が終わって、去り際の最後の彼のセリフがまた印象的だった。安堵の気持ちなんだろうか、世に対する皮肉なのだろうか、彼がどのような気持ちでこのようなセリフを呟いたかは知れない。ただ、理不尽な世の中に敢然と拳を振り上げていくような彼の姿勢がそこに現れていた。
META FIVEライブを見終わった俺は、youtubeアプリを閉じて、しばらくは天井を眺めていた。その後もフジロックに出演している他のアーティストも配信しているらしいが、特に興味はなかった。冷蔵庫に置いてあったビールも全て飲み切ってしまった。
ふと、スマホの電話が鳴って、俺はビクッと反応した。画面上には、「マネージャー 佐々木修平」とある。META FIVEのライブの余韻で、ぼんやりとした意識の中にいた俺は急な覚醒を促された。
「はい、近藤です」
「佐々木です」
「はい、はい」
俺は酒も残っているし、少しばかりうわずった声で返事をする。
「近藤さん、課長からすでに聞いているかと思いますが」
「ええ、まあ」
「結果的に君に迷惑をかけることになってしまって、すまない」
佐々木さんはいつもスマートだ、だから謝罪もスマートである。だが形式上のものではなく、心から俺に謝罪していることはわかった。(彼から謝罪される機会なぞ、これまで今まで一度もなかったが)小山田圭吾どうこうなどは今は抜きにして、心ならずも俺にプロジェクトを引き継がなければならないことに関して、申し訳ない気持ちでいるのだろうことは伝わってくる。
「まだ先方とも金額が折り合っていない。あれを前に進めるには、君には少々荷が重いかもしれない」
「それは、わかっています」
「課長には、誰か別の人をヘルプにつけるという選択肢もあることを話そうとも思うんです。まあこんなことを今の立場の私が言えることではないですが」
やはり問題はそこだろう。佐々木さんの懸念もよくわかる。佐々木さん抜きで、価格交渉において先方とはどうにか折り合いをつけなければならない。これまで俺は佐々木さんの後ろからそれを見ているだけだったが、相当に骨が折れるタフな交渉だろう。
「大丈夫です、佐々木さん」
「いや、しかし」
「自分が役不足であるのはよくわかっています。だけどプロジェクトは緊急事態です。残された者でなんとかうまく切り抜けてやりますよ」
「そうですか、わかりました。近藤さんに全てをお任せします」
どんな理不尽な状況であっても、決して諦めまい。俺はただ、自分の目の前の仕事をするだけだった。俺の頭の中では、先程のLEO今井のステージ上の立居振る舞いと力強いボーカルがリピートされていた。