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091_口ロロ「ファンファーレ」

自分としてはこんなに頑張ってるのに、なぜ、報われる人と報われない人に別れてしまんだろう。そもそも人生不公平だよ、そうだ、神様不公平なんだよ、手紙で投書して言わなきゃいけない。なんでいつもこうなっちゃうんだろうね。お姉ちゃんみたいに上手くやれりゃよかった。

お姉ちゃんはそもそもなんでもできるのに、そのうえで、ひたむきに努力までしちゃったら、僕なんてどうひっくり返ったって、太刀打ちできないじゃないか。お姉ちゃんと僕は一つ上しか変わらないから、余計に差が目についてしまう。生まれついての出来に加えて、そこからさらに頑張られてしまうと、この差はどうにも埋まり難いのだ。ああ、どうしてこういう俺みたいな作りの人間に生まれてしまったの。そして、一つ上にお姉ちゃんみたいな出来のいいのを置いておいてほしくなかった。

兄弟のいない一人っ子の人が羨ましい。そうでなくとも、歳が離れていたり、兄弟と比べられないという環境の人が、心底羨ましい。自分が張り合わなければいいだけなんだろうか。僕だけが周りからの目を意識しすぎているのか。おそらく僕がこういう心情を吐露したとして、姉からしてみればこう言うに違いない。
「そんなこと、慎太郎が気にしないでいればいいだけじゃない。周りからどう見られたって、私は私、慎太郎は慎太郎なんだから、それ以上でもそれ以下でもないじゃない」
こう言う時の姉の態度はやたら空々しいというか、本当に僕が言っていることなんて、歯牙にもかけない心持ちでしかないのだろう。

助手席の窓に斜めにジリジリと差し込んでくる夏の日差しと対照的に、海からの風が涼しく爽やかだ。この春、姉は悠々と地元で一流とされている国立大学の法学部に合格し、お祝いで両親から軽自動車を買ってもらった。(姉は推薦入学枠だったから、きちんと試験とかあんまり意識することなく、するっといつの間にか合格してしまっていたので、僕は結局きちんと「おめでとう」と言うタイミングを逸してしまった)

そして今朝、長距離運転の練習として海までのドライブを誘われた。
「蒲郡まで行こうよ、あそこらへんの海、ドライブするとすごく気分いいのよ」
「うん、別にいいけど」
「蒲郡ね、すごいパワースポットあるのよ。竹島っていうの。知ってる?その島まで行こうよ」
「知ってるよ、カップルで行くと別れるやつでしょ?」
「そうなんだ、それ知らなかった。じゃあアンタと行けばちょうどいいじゃん」

何がちょうどいいんだろうか。模試の結果も芳しくなく、部屋のクーラーも調子も悪くて、僕は明らかに受験勉強に行き詰まっていた。そんな様子を見て、姉は「まあ気分転換は大事よ」とうそぶいて、気分の乗らない僕を連れ出した。事実、気分転換は大事だ、だが気分だけでなく、いくつか不良品となっている僕の種々の部品を姉と交換してほしい。

側から見れば、同世代のカップルに見えるだろう。カップルなのに女性に車を運転させているように見えることになるので、そこは複雑な気分だった。姉弟です、なんてわざわざ訂正することもできず、「あのカップル、女は綺麗だけど、男の方はなんだか大したことないな」という視線をどうにも打ち消せない。

友達からは「お姉ちゃんが綺麗で羨ましいわ、うちのと交換して欲しい」などと言われるが、全然いい気分はしない。家族自慢というか、自分の兄弟などを自慢する奴の気が知れない。お姉ちゃんが褒められれば自分が嬉しいという気持ちがあったのは確か小学生くらいまでだったと思う。それまでは確かに僕にとって、自慢のお姉ちゃんだった。

お互いが思春期になってから、ぎこちない感情に絡みとられて、思うようなことも言えなくなった。姉ちゃんはそうじゃないかもしれないけど、少なくとも僕はそうだ。周りから「お前シスコンだろ」と言われるのが恥ずかしくて、誰にもこんなこと言えなくて、ずっともやもやしてばかりいる。

行き場のない気持ちを抑えて、僕は言葉少なに助手席から海側の散歩道の景色を眺めている。世界のどこかの目的地を目指して、色とりどりの貨物を載せる巨大なフェリーが遠く海上を行き交っている。カモメがガードレールの上に乗り掛かって、姉の運転を見ている

蒲郡のシンボルの竹島に着いた。島の中央部には、開運・安産・縁結びの神様を祀る「八百富神社」があった。神社には嫉妬深い女神様が祀られており、男はいいが女連れでくるとその女神様から不興を買うと言い伝えられ、どうやらそれがカップルで来ると別れるとされる所以らしい。適当に参拝した後、二人で島を散策した。島の周りは遊歩道が整備されていて、1時間くらいで島を一周できる。デートスポットにはぴったりだし、 海辺をロマンチックに眺めているカップルもたくさんいた。なんとも神の畏れを知らぬことだ。

「帰り、あんたも運転する?」
「ダメだよ、免許持ってないし」
「公道じゃければ大丈夫なんじゃない、どこかの原っぱだったら」
「そんなの、関係ないよ。普通ダメだって」
「普通、普通って、そんなのつまんないじゃない。あんた、確か、幼稚園児の頃は僕はカーレーサーになりたいって言ってたのよ。だから、車運転するの好きなんでしょ」
「そんなのもう、覚えていない。車も運転したこともないのに、カーレーサーってなんだよ」
「知らなーい。アンタが言ってたのよ。覚えてないの」

本気で覚えていない。特段、車とか乗り物が好きだということもない。幼い自分はなぜそんなことを言い出したのだろうか。カーレーサーの活躍する好きなアニメ番組でもあったのだろうか。
「だから、あんたが大きくなったら、私のことドライブに連れて行ってくれると思ってたの」
「あんまり車の運転には興味ないな」
「ダメよ、ちゃんと連れていってくれなきゃ、小さい頃のアンタに約束したんだから。お姉ちゃんをドライブに連れて行くって。さっき神社でも、慎太郎にドライブ連れて行ってもらえますように、ってお願いしたんだから」
「なんで、そこは、受験の合格祈ってくれてたんじゃないのかよ」
「あ、ごめん、忘れてたー」

姉ちゃんは屈託なく笑う。結局、今はまだ自分が姉ちゃんにドライブに連れてもらっているのか。情けないものだ。でも、姉ちゃんからしてみれば、正直、僕に望んでいることはそれくらいだということなんだ。別に模試で一番取れとか、自分と同じ大学に入れなんてことは一言も言わない。ただ、免許取れたら、自分をドライブにさえ連れていってくれればそれでいい。正直そんなものだ。

姉ちゃんにとって、本当に僕はそれ以上でもそれ以下の存在でもないかもしれない、と思って少しハッとした。竹島をバックに海に落ちていく夕日を眺めながら腰掛けて、果たして僕はそれが自分にとって好ましいことなのか、それとも好ましくないのか自分の気持ちというものをどうにも計りかねていた。

「何、感傷に浸ってるのよ、慎太郎、帰るわよー」
「わかってるよ」
後ろから声をかける姉の方を振り返れずに、僕はもう少しだけ、この夕日を眺めていたかった。


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