第34話『青白く燃える人魂の猛攻! 遂に迎えるヒッチハイカーの最期!?』
「ハハハハハ! ノビタのクソ野郎、遂にくたばりやがったか! 本当に邪魔なヤツだったぜえっ!」
激走していた蜘蛛型巨大怪物の頭部に当たる位置から、人間形態の上半身がまるで生えているかの様に存在しているヒッチハイカーが、首を大きく後ろに振り向けて高らかに笑いながら叫んだ。
その時だった。
「グワァオオオオウーッ!」
突然、吹きすさぶ吹雪の音をかき消すように、猛獣の雄叫びが辺り一帯に響き渡った。誇張ではなく、雄叫びの圧倒的な音量は『夕霧谷』一帯の大地を実際に揺るがした。その証拠に、周辺の樹木の枝を覆い隠すように降り積もっていた大量の雪が、雄叫びが響き渡った途端に一斉に地面へと落下したのだ。
「げっ! あの胸クソ悪い遠吠えは…白トラ野郎か!?」
猛獣の雄叫びに驚愕したヒッチハイカーは8本脚での激走を大慌てで急停止した。
そして、彼は現在の自分にとって伸田以外で唯一恐れる存在であり、恐らく今の雄叫びの主であると思われる白虎の姿を探し求めて何度も周囲を見回した。雄叫びは一回限りだったが周辺の山々に反響し、いろんな方向から木霊となって何度も聞こえてきたため、天敵である白虎の位置を特定し難くしていたのだった。
一度切りだったにも拘らず、響き渡った雄叫びに呼び覚まされた本能的な恐怖心を抑え切れず、ヒッチハイカーは狂った様に周囲を見回して声の主を探し求めたが、ようやく自分から100mほど左側に位置する小高い丘の上に4本脚で立ち、こちらを静かに見下ろしている白虎の姿を見つけた。
「ガルルルル…」
雄叫びをひと声上げた後の白虎は、こちらを窺う様な姿勢でその場で静止したまま一切動こうともせず、ただ喉の奥で低い唸り声を上げているだけだった。
「野郎… なぜ攻撃してこない…? この程度の距離、ヤツの速度なら1秒もかからずにオレに襲いかかれるはずだ… ヤツは何かを待ってるのか?」
ヒッチハイカーはもう一度周辺を見回してみた。すると、今まで自分が走って来た後方から、青白く輝く光の玉が凄まじい速度で自分に向かって近づいて来るのを認めた。
「な…何だ、ありゃあ? 何だか分からんが、アレもヤバい!」
ヒッチハイカーは本能的に青白い光の玉に白虎と同じ様な本能的な脅威を感じ取ったのだった。理由も分からず、ただ本能が命じるままにヒッチハイカーは白虎とも青白い光の玉とも違う方向を目指して全速力で逃走し始めた。
「と、とにかく…ここを逃げ出すぞ。あんな不気味で物騒なヤツらと、これ以上関わってられるか!」
不死身の身体を手に入れたという自負がヒッチハイカーにはあった。自分には敵などはいない、これからは好きな事を好きなだけやってやる…
彼は白虎に出会うまでは、心底からそう思っていたのだった。
重装備の警官隊だってオレの敵じゃ無かった。オレを捕まえに来たお巡りの連中を、ほぼ壊滅状態にしてやった。これからも、本能の命じるままに好きなだけ女を犯し、殺戮を続けてやる。
オレは、そう思ってたんだ…
あの『シズちゃん』と呼ばれる女に出会うまでは…
今までにも出会った女を片っ端から犯し、本当の自分だけの家族を作るために子供を産ませようと、捕まえた女を監禁してアソコの中に子種を放出し続けて来た。だが…結果は、いつも虚しいだけだった。
オレはただ、自分の家族を作って愛する妻や子供達と一緒に南へ行き、そこで幸せに暮らしたかっただけなんだ… 大好きだった死んじまったジイちゃんの遺言通りに、オレがまだ見た事の無い海の近くの南の暖かい場所に自分の家を建てて、そこでオレは家族と一緒に幸せな生活を送りたかっただけだ。
シズちゃんをひと目見た時に、彼女がオレの理想の女だって感じたんだ。初めて本気で自分のヨメさんにしたいと思った…たくさんオレの子供を産んで欲しいと思った。だから彼女を連れて南へ行こうとしただけじゃないか…
それを、寄ってたかってオレの邪魔をしようとしやがる… 許さねえ…そんなヤツらは皆殺しだ。そう思って昨夜は思いっきり暴れてやった。
一度はシズちゃんを手に入れて、もうちょっとで南へ行くところだったんだ。邪魔する奴らを皆殺しに戻るために、一時的にシズちゃんを大きな橋に吊るしておいたら…ヤツら、オレから彼女を奪いやがった。
彼女を奪い返すために、オレは何度も自分の姿を変えた。さらに強い力を手に入れ、シズちゃんを再びこの手にするために…
でも…アイツらはいったい何なんだ? いつも、あの白トラ野郎とノビタがオレの邪魔をしやがる。強く不死身になった筈のオレが、アイツらだけには何故だか歯が立たない… 何でなんだ!?
ノビタの野郎はともかく、あの白トラ…アイツはダメだ。何故だか訳が分からんが、このオレがアイツには勝てる気がしない…
いったい、何なんだ…? あの白トラは野郎は? 虎のくせに人間の言葉をしゃべりやがるし、忌々しい事に、いつも現れてはノビタを助けやがる。
もちろん、あれはただの猛獣じゃねえ…けど、ここまで人間の味方をしてオレに敵対しやがるって事は魔界の生物でもねえのか?
とにかく、またヤツが現れやがったと思ったら、今度はへんてこりんな青白い光の玉まで オレに向かって来やがる。なんでだか分からねえが、あの光の玉も白虎と同じ位にヤバい気がしてたまらねえ…
とにかく今は逃げるだけだ、シズちゃんは必ず取り返す。邪魔するんなら、白トラも光の玉もタダじゃおかねえが、今は何だかヤバい気がする。このまま逃げよう…
そこまで考えながら必死に走っていたヒッチハイカーは、自分の前方数十m先に存在するモノを見つけて慌てて急停止した。
「なんだ、アレ…? 何でオレの前に居やがるんだ?」
元来…このヒッチハイカーという男は、今の様に怪物化する前でも肉体派で粗暴な性格ではあったが、決して知能の低い人間では無かった。
幼少の頃に実の親に捨てられ、山中で仙人の様に一人で暮らす老人に拾われてからは、彼は二十年以上に渡って老人と二人だけで山での生活を続けて来たのだ。
老人はヒッチハイカーが幼い時分より容赦せずに、彼に自然の中で生き抜く術を教え続けた。
このため、彼には誇る学歴などは無かったが、老人に山野で生き抜く天賦の才能を開花させられた上に、さらに磨き上げられた事により、文明の利器など無くても山刀一本あれば自然の中で生き抜いていけるサバイバル技術を身に着けたのだった。
したがってヒッチハイカーは自分の目で見て認識したモノは、それがいかに奇妙奇天烈な存在であったとしても、すぐさま対応する知恵と能力を有していた。
ヒッチハイカーの前方に存在していたのは、先ほどまで後方から彼を猛スピードで迫っていた青白く光り輝く玉だったのだ。彼は絶対に、自分が追い越されたという認識は無かった。彼にとっては、あの青白く光る玉は後ろに位置するべき筈であって、自分の前方に存在する筈が無いのだった。
それでも今、それが彼の前方に存在している以上は、現実として受け入れるしかなかった。
ヒッチハイカーは、すぐにその場で180度方向を転じると逆に向かって激走を再開した。
しかし、彼が200mも戻らない内に、またしても数十m前方に全体に青白く光り輝くオーラを纏った様な球状の物体が先回りするかのように待ち構えていたのだった。
「けっ! どっちへ逃げようが、オレを逃がさないって訳か…」
本能的に逃げ切れないと覚ったヒッチハイカーは、すぐさま自分の思考を逃走から戦闘へと切り替えた。彼は方向を転じることなく、邪魔な存在をカマキリの鎌に似た二本の鋭い刃と化した両前脚で斬り捨てるべく、青白く輝く光の玉に襲いかかって行った。
「何もんだか知らねえが、鋼鉄製の重機のパーツだって切断したオレの刃を喰らって、真っ二つになりやがれ!」
まずヒッチハイカーが突き出した右前脚の鎌が、空中で動きを止めている青白き輝きの光の玉に対して袈裟懸けに斬りかかった。
「ズバッ!」
狙いは過たず、青白く輝く光の玉にヒッチハイカーの鋭い鎌が見事に命中した音が響いた。攻撃を繰り出したヒッチハイカー自身に、確実に目標に命中した衝撃の感触が伝わって来る。
「手ごたえありいっ! どうだあっ!?」
歓喜の叫びと共に、ヒッチハイカーは自分で宣言したように相手を真っ二つに切り裂くべく右前脚の鎌を食い込ませたまま、力いっぱい振り抜いた。
「ぐっ! ぎゃああああーっ!」
しかし、悲鳴を上げたのはヒッチハイカーの方だった。
彼は絶叫を上げながら、自分がたった今斬り捨てたと思っていた青白く光る玉の近くから慌てて飛び退った。さらに後退して光る玉から離れると、彼は自分が悲鳴を上げる原因となった激しい痛みを発している部位である、相手を真っ二つにしたはずの自身の右前脚の鎌を食い入るように見つめた。
驚いた事に、長さ2mはあろうかという巨大な鎌状の刃の中央付近から先が消失していた。
それを見たヒッチハイカーの身体に戦慄が走った。
白虎の牙や伸田の使用する弾丸に付けられた傷と同じ様に、残った前脚の断面が青白い光を発しながらブスブスと煙を上げ、徐々にだが白い灰と化しつつあるのを目の当たりにしたからである。
「ゲッ! こ…これは、しょ、消滅…? オレの身体が消滅してるのか?」
ヒッチハイカーは震える声でそうつぶやくと、日本人離れして彫りが深くルネッサンス時代の彫刻の様に美しいとさえいえる顔を恐怖に醜く歪ませながら、右前脚の消滅が始まった断面よりも身体に近い部分を左前脚に備えた鋭い鎌で自身で叩き斬った。
断面から緑色の体液を噴出させながら、切断された肉片が雪が降り積もって固く凍てついた地面にボトリと落ちた。
「お…同じだ。ノビタの銃で撃たれた時や、白トラ野郎に噛まれた時とも… な、何で…?」
目の前で恐るべき現実を見せつけられたヒッチハイカーは、白虎に対峙した時に味わったのと同様の恐怖に恐れ戦いた。そして彼は、すぐにも逃走でも戦闘でも開始出来る様に身構えながら、たった今後退して距離を取った青白く光り輝く球状の物体を目を凝らしてジッと見つめた。
その空中に浮かぶ不思議な物体は何かの光を反射しているのでは無く、明らかに自らが青白く発光しているようだ。
「そんなに、僕のこの姿が怖いか?」
ヒッチハイカーは驚愕した。突然、光り輝く青白い球体が人間の言葉を発したのだ。他に対象などいるはずも無く、当然のことながら自分に対して話しかけている事は理解出来た。
ヒッチハイカーは驚きと恐怖の入り混じった気持ちでパニックを起こす寸前だった。
「しゃ、しゃべった…」
ヒッチハイカーはゴクリと生唾を飲み込み、正体不明の光る玉に対して自分がどのような行動に出るべきか必死で考えた。
すると、その彼の考えを理解したかのように、もう一度光る玉がしゃべり始めた。
「貴様は今、恐怖のあまり恐慌に陥っているようだが、今までに貴様が命を奪って来た者達の気持ちが分かったか?
理不尽な暴力による恐怖に震えながら、苦しみの末に無念の末に命を落として逝った者達の絶望と苦痛を、今から僕が貴様に思い知らせてやる。覚悟しろ、ヒッチハイカー!」
光の玉の青白い輝きがスーッと弱まった。すると、中から現れたのは…ついさっき、バランスを失って木の幹に激突して果てたはずの、背中に装着した飛行ユニットで空中停止飛行をする伸田 伸也の姿だった。
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「安田巡査の生命反応停止! 彼の体温が急激に低下しています。冷凍睡眠状態に移行した模様。」
『スペードエース』が、新宿カブキ町のにある『wind festivalビル』二階に居を構える『千寿探偵事務所』内にいる風祭 聖子聖子に報告した。
「それでいいのよ。安田巡査の命を救うには、今はそれしか無いわ。ただ、気の毒だけど… たとえ、命を救う事が出来ても、もう彼を元の姿に戻す事は出来ない…
スペードエース、安田巡査の搬送先を救命救急病院から変更するわ。そのままS&K財団の研究施設に運びなさい。急いで父の朱雀博士の元へ!」
聖子がスペードエースに命じた。
「了解! 目的地を変更。安田巡査の身体をS&K財団の研究所に搬送します。」
『黒鉄の翼』が南に向かっていた機首を東へと向け直した。
果たして『黒鉄の翼』が最高速度で東へと向かう行先のS&K財団の研究所とは…? そして、風祭 聖子の父だという朱雀博士とは…いったい、何者なのか?
それよりも、この『千寿探偵事務所』の所長秘書であり、裏の顔に『電脳世界の魔女』の異名を持つ風祭 聖子という女性は、どういった人物なのだろうか?
聖子はヒッチハイカーに乗っていた油圧ショベルごと全身を粉砕され、死に瀕している安田巡査の命を救う事が可能なのか? そして、彼女の言った「もう彼を元の姿に戻す事は出来ない…」という言葉は何を意味するのか?
安田巡査を病院では無く、自分の父親の研究施設へ運ぶと言う聖子の真意とは?
様々な謎と安田巡査の身体を載せた『黒鉄の翼』は、ヒッチハイカーや伸田達のいる〇✕県を後にして東へ向けて飛んで行く。
********
「ヒッチハイカー! 今、お前は僕を見て恐れ戦いているようだが、この僕の身体を包む青白く燃える光は、僕とお前に殺されて死んでいった者達の怒りの炎だ。
その者達に変わって、今ここで僕がお前にとどめを刺す!」
吹雪の吹き荒れる中、空中に浮かぶ青白き光の玉から出現した伸田が、怪物ヒッチハイカーに向けて声高らかに宣言した。すると、弱まっていた伸田の身体を包む青白い炎が再び勢いを増し始めた。
「クソッ! お前なんかに誰がやられてたまるか! 俺はこの山を逃げ延びて南を目指すんだ! 必ずシズちゃんを取り戻してな!
この身体を見ろ! もう俺には、車なんて必要じゃない! 俺はヒッチハイカーなんてしなくても南を目指す!
それを邪魔する奴らは皆殺しだ! まずは、しつこいお前を血祭りにあげてなあっ!」
「ビュンッ!」
もう伸田から逃げ切れないと覚ったヒッチハイカーが、残った左前脚の巨大な鎌を伸田に向けて斜め上方から袈裟懸けに振るった。
「ガシュッ!」
普通ならば鋼鉄でさえ瞬時に叩き斬る鋭さと威力を持つ怪物の攻撃である。しかし、今度も初回の右前足の鎌と同じく光の玉を斬ったと思った瞬間、ヒッチハイカーの身体にイヤな衝撃と振動が全身に伝わって来て、倒れこそしなかったが8本の脚で支える怪物の身体がグラっとよろめいた。
「ぐっ! ぐおおおおうっ! ま、またオレの腕がああっ!」
二度目の攻撃もまったく同じ結果に終わった。攻撃を加えた側であるヒッチハイカーの命中した左前脚の鎌の約半分が消失していた。残った左前脚の断面は、先ほどと同様にブスブスと燃え始めていた。再び僅かずつだが消滅していく自分の肉体の一部を見て、ヒッチハイカーは激しい恐怖を覚えた。
「ブンッ! バシュッ!」
恐怖におののきつつも、ヒッチハイカーは今度は人間形態の肉体部分である左触手の鋭い刃を振るって、消滅しつつある左前脚を少し手前の箇所で切り捨てた。
「くっ!」
歯ぎしりをして悔しがる怪物ヒッチハイカーだったが、これで彼は新しく得た巨大で鋭い鎌を備えた前脚を、自分の繰り出した攻撃で2本とも失ってしまった訳だった。しかも、白虎のキバによる攻撃と全く同じで、青白い光によって受けた傷は不死身に近い肉体を誇るヒッチハイカーでさえ、修復も再生も不可能なのだ。
ヒッチハイカーは凍てついた地面に落ちている、自分で切り捨てた自身の左前脚の一部だった肉片を見た。すると、それはやはり前回と同様に徐々にではあるが消滅が始まっていた。やがては、この世界から消え失せてしまうのだろう。
それを見る前のヒッチハイカーは、一度は伸田との戦いで自分達の雌雄を決しようと心を決めたつもりだったが、恐怖から自分の心が萎えていくのを感じた。
「くそ… オレの身体は不死身になった筈じゃあ…」
ヒッチハイカーの口から、彼にしては珍しい事に弱音が吐き出された。
「どうした、ヒッチハイカー。お前の攻撃は、もう終わりか?
お前が来ないなら、僕の方から行くぞ!」
青白く輝く光の玉から伸田の声が聞こえてくると、それまで空中を漂っているだけだった光の玉が全体の輝きを増しながら動きを開始した。
「うっ! うう…」
ヒッチハイカーは後ずさりしながら伸田の動きを目で追う。
青白く輝く光の玉は上下左右あらゆる方向に動きながら、全くと言っていいほど予測のつかない飛び方でヒッチハイカーに迫って来た。それはまるで、夜の墓場に現れるという青白く燃える人魂であるかの様な捉えどころの無い動きだった。
いや…それはまさしく人魂に他ならなかった。伸田を含めた5人の仲間達の魂の集合体である『人魂』が、青白く燃え上がりながらヒッチハイカーに迫っているのだった。
「ギュンッ! ギューンッ!」
青白い人魂がヒッチハイカーのすぐ目の前で予測のつかない動きで飛び回り始めた時、ヒッチハイカーの恐怖は絶頂に達した。
「うわわわあああーっ!」
ヒッチハイカーは心底からの恐怖による絶叫を放ち、その場で8本の長い脚を器用に動かし、巨大な身体の向きを180度転回させたかと思うと一目散に逃げだしにかかった。怪物は凍て付く地面の上で8本の脚を高速で動かし、一気に青白い光の玉から遠ざかろうとした。怪物は脚を広げた全長が20mを越えようかという巨大な身体を物ともせず低い雑木などは軽々と乗り越え、大きな木の幹は器用に躱しながら必死に逃げ惑った。
驚くべき勢いで加速するヒッチハイカーは、すぐに時速数十kmに達していた。
しかし、青白い光の玉は遥かに上回る速度でヒッチハイカーに追いすがっていく。
「逃がすものか!」
「ギュイイィーンッ!」
青白く輝く光の玉はヒッチハイカーのすぐ後ろに迫ると、一度右側に大きく膨むコースを取ったかと思うと、怪物の足元を低い高度で右斜め後方から左斜め前方に向けて砲弾のような勢いで一気に飛び抜けた。
「ブシュッ! ズバッ!」
青白い光る玉が狙ったのはヒッチハイカーの脚だった。かなりの速度で逃走中だった怪物は8本の脚の内、右最後部の脚と左最前部の脚を飛来した光る玉に切断され、バランスを失った勢いそのままに前方の林の中へと吹っ飛んだ。
「ズドドドーッ! バキバキバキバキッ! メキメキメキメキーッ!」
怪物の巨大な身体は、まるで隕石が衝突するかの様な勢いで林の中に飛び込むと、数十mに渡って多くの木をなぎ倒してようやく止まった。
「く、くっそう…」
残った6本の脚で立ち上がろうとしたヒッチハイカーは、自分の切断された2本の脚が消滅し始めているのに気付き、甲高い悲鳴を上げた。
「うっ、うわあああー! ひいいい!」
「うわあああーっ! イ、イヤだ! 死にたくない! 死にたくないいぃぃぃ!」
恐怖に泣き喚きながらも、なんとか怪物は6本の脚で立ちあがった。そして、人間体の左腕から伸びる触手の先が硬質化した刃を振るって、消滅しつつある自分の脚を2本とも付け根から切断した。
「ズバッ! ズバッ!」」
青白い光の玉の攻撃で失った怪物の肉体部分は修復も再生もされない。だが、構わずにヒッチハイカーは残った6本の脚を動かして再び逃走を始めようとした。
「もう逃がさないと言ったろう!」
吹き荒れる吹雪の中、どこかから聞こえて来た伸田の声にヒッチハイカーは立ったまま動きを止めた。
「く、来るなああ! あっちへ行けええっ! た、頼むから、どっかへ行ってくれえ!」
喚き散らす怪物の言葉と口調は、すでに哀れな響きを帯びた懇願に変わっていた。
「ダメだ。貴様の手にかかって死んでいった人達もみんな助けを求めたはずだ。それを、貴様は情け容赦なく残虐に命を奪ったんだ…
貴様に殺された被害者の人達と、残された遺族達の痛みを…苦しみを…無念を、今こそ貴様自身が思い知れ!」」
途中までは押さえた口調だったが、最後に伸田がヒッチハイカーに対し冷酷に言い放った次の瞬間、目にも止まらぬ速さで青白き光の玉が怪物の残った6本の脚の内3本を次々と貫いた。
「ブシュッ! ズブッシュッ! ブッシューッ!」
青白く光り輝く玉に次々に貫かれた3本の脚は、それぞれが開いた穴の部分から緑色の体液を噴出させながら千切れ飛んだ。そして切断された3本の脚のそれぞれの断面から、またしても消滅が始まった。
これで蜘蛛の姿に似た巨大な怪物は8本の脚の内、5本を失ってしまった事になる。いかに魔界の怪物と化したヒッチハイカーとて、残った3本の脚で巨大な身体を支えて逃げられるはずも無かった。
「ぐっぎゃあああああーっ! オレの…オレの身体が消滅するううっ!」
だが、悲鳴を上げながらもヒッチハイカーは自分の肉体の3箇所から始まった消滅を食い止めるべく、人間形態の左腕から伸びる触手が変化した刃で3本の脚の付け根を切断し始めた。
「ズバッ! ズババッ!」
苦しみながらも2本の脚の付け根を切断し終えたヒッチハイカーの人間体部分が、最後の一本の脚の付け根を叩き斬ろうと、鞭のように長くしなやかな左腕の触手を振り上げた時だった。
「ぶっしゅううううっ!」
突然! ヒッチハイカーの振りかぶっていた左腕の肘から先が消失した…
「???!」
当然ながらヒッチハイカーの肘から先を失った左腕は空振りをしただけで、消滅しつつある残りの一本の脚を付け根から切断する事に失敗した。光の玉に切断された断面からの消滅は進行していく。
だが、ヒッチハイカーの身体にとって、新たに更なる脅威が誕生したのだった。
「ぎゃああおおおおおーっ! おおおうううっ! オレの左腕があああっ!」
人間体部分のヒッチハイカーの左腕が、失った肘の断面部分から消滅し始めたのだ。今までは巨大な蜘蛛の怪物の脚の末端部分などという、人間体の部分から遠い箇所を切って捨てればよいだけだったのが、今回は違った。人間の肉体部分への直接の攻撃を受けたのだ。
見た目が人間の形態をしていると言っても、すでにヒッチハイカーの身体は魔界の生物と化しているのだ。青白い光の玉による攻撃を直接受けた以上、その肉体がただで済むはずが無かった。怪物の形態部分と同様に消滅していくだけだった。
「ううううう… お、オレは…し、死ぬのか? こ、こんな寒い山の中で…?
い、いやだああああ! オレは南へ行くんだあっ! 暖かい南の楽園へええっ!シズちゃんとおおおっ!」
それまで泣き言を上げていたヒッチハイカーの憐れだった声が、次第に強い意志の込められた声へと変化していった。そして、青白い光が弱まって姿を現した伸田の目の前で、ヒッチハイカーは自分の右手がどんな時でも手放す事無く握り続けていた祖父譲りの山刀をジッと見つめた。
そしてヒッチハイカーは山刀を握った右手を振り上げると、裂帛の気合を込めた叫びを放ちながら、左腕の消滅し始めている肘の断面の上部分を目掛けて一気に振り下ろした!
「きえええええーいっ!」
「ズバッシューッ!」
ヒッチハイカーの左肘部分に残りブスブスと煙を上げながら消滅しつつあった断面から上の上腕部分が厚さ2cmほどの輪切りに見事に切断されると、地面へと落下していった。降り積もった雪の中に落ちたその肉片は青白い炎を上げながらブスブスと燃え続けていた。落ちた肉片は、冷たい雪の中でも吹き荒れる吹雪に晒されても消える事無く炎は燃え続け、やがて全てが白い灰と化すだろう。
消滅しつつあるのは、脚の切断面も同じだった。だが、伸縮する左の触手を光の玉に吹き飛ばされた今では、先ほどの日本の脚と同じ様に、根元から切り離す訳にはいかなかったのだ。ヒッチハイカーの人間形状をした右腕のままでは、山刀が届く事は到底不可能なのだった。
だが、一度は青白く燃える光の玉の攻勢に音を上げかけていたヒッチハイカーだったが、彼の執念もまた伸田と仲間達に劣らず凄まじかったのだ
「くっそおおおっ! 死んでっ、たまるかああっ! 南へ、オレは南へ行くんだあああ!」
雄叫びのようにそう叫んだヒッチハイカーは、いったい何をしようというのだろう?
巨大な蜘蛛の怪物上の頭部から人間形態をした自分の身体が上半身から生えている部分、つまり人間形態と蜘蛛の怪物との繋がっている部分を右手に握る山刀でメッタ切りにし始めたでは無いか…
「くそっ!くそっ!!千切れろ! 切り離す! オレは、この蜘蛛の身体を捨てる! 消滅してたまるかあ!」
「ザクッ! ザクッ! グシャッ! グチャッ!」
緑色の血と肉片を撒き散らしながら、自分の下半身を懸命に切り離そうとするヒッチハイカー… その姿は鬼気迫るものであった。
さすがに伸田も空中に浮かびながら攻撃するのを躊躇して、この気味の悪い光景を見守っていた。それほどの必死さで、ヒッチハイカーは自分の下半身を己が手で切り離そうとしているのだった。
不死身に近い身体となった今でも、もちろん痛覚はあるだろう。しかし、ヒッチハイカーは痛みなどお構いなしかの様に、一心不乱に自分の下半身を切り刻んでいた。
「グッシューッ!」
ようやくヒッチハイカーの願いが叶い、消滅しつつある蜘蛛の身体から人間形状をしたままの上半身を切り離す事に成功した。上半身の切断面からは緑色の血がボタボタと流れ落ち、半ば切り離された内臓がズルズルと垂れ下がっていた。
「はあっ…はあっ… や、やった… こ、これで…しょ、消滅から… の、逃れた…
じ、じいちゃん… お、オレは…まだ死なない… 死ぬもんか!」
さすがの怪物ヒッチハイカーも、夥しく流れ出る体液と半身を失った肉体の損傷から、著しく体力を奪われたのだろう。息も絶え絶えでおかしな事を口走り始めた。彼の言う「じいちゃん」とは…自分の祖父の事なのだろうか?
「じいちゃん…? こいつは誰の事を言ってるんだ? 肉体から来るダメージが遂に頭に来たのか…」
ヒッチハイカーの様子を観ていた伸田は首を捻った。そして伸田の見ている前でヒッチハイカーがおかしな動きを始めた。
今、ヒッチハイカーは自分自身で分断した巨大な蜘蛛型をした怪物の剛毛で覆われた身体の上に横たわっていた。彼には最早立ち上がるための両脚も無く、左腕もほとんどを失い、四肢のうち残ったのは山刀を握りしめたままの右腕のみだった。
「はあ…はあ… くそ…身体… オレの身体… どんどん…力が抜けていきやがる…」
彼は右手に握ったにマチェーテの先端を、剛毛だらけで今は消滅しつつある元の自分の身体に突き立てて、何とかして身体を起こそうとしていた。その身体も切断された中央部分から内臓が飛び出し、緑色の体液を辺り一面に撒き散らしているのだ。
それはまるで、正気を失った画家が自分の見た悪夢の中に登場した死にかけの怪物の姿を描いた地獄絵図の様だった。その絵の中に登場する怪物はボロボロと化し、今まさに死に瀕していた。
だが、この伸田の目の前に展開する地獄絵図は、悪夢でも絵でもなく現実の出来事だったのだ。
多くの人々をその手で殺め、残虐の限りを尽くして来たヒッチハイカー… だが、彼もまた元は人間だったのだ。
山中で遭遇した運搬トラックの事故現場で偶然手に入れた薬品を飲んでしまったために、心身ともに変貌を遂げて魔界の怪物と化してしまった憐れな一人暮らしの青年…
怪物と化した後も、彼は祖父の遺言にあった「南に行って幸せに暮らせ…」という言葉だけを自分の目的として行動していたのだ。
ヒッチハイカーは何度も失敗しながら、それでも下半身も左腕も失った身体で起き上がろうとしていた。だが、やはりそれは無理な試みだった。ようやく彼は諦めたのだろうか、怪物の身体に突き立てていた山刀を抜き取った。するとその反動で、ヒッチハイカーの上半身だけの身体はゴロンと仰向けに転がってしまった。
あれだけ大勢の人を殺戮し、SIT部隊の隊員ほとんどを壊滅状態にまで陥れ、遂には飛行能力まで手に入れたヒッチハイカーももう転がって天を仰ぐしかないのだった。そして、彼の背中の下にある自分の下半身が変化した巨大な蜘蛛の姿をした怪物の身体も徐々に消滅しつつああった。
「もういい…そろそろ、貴様にとどめを刺してやるよ…」
すでに何も出来ない存在と化した敵の姿に哀れさを催した伸田が、ヒッチハイカーに向けてつぶやいた。
転がったままのヒッチハイカーは目を見開いて吹雪の吹き荒れる天空を振り仰いだ。
「くっそおおお! お…オレは南へ行きたいんだあっ! オレにもう一度力をくれ! じいちゃああああんっ!」
突然そう叫んだヒッチハイカーが、力を振り絞って空に向けて山刀を持った右手を突き出した。
その時だった。まだ夜明け前で月も星も見る事が出来ないほどに天空を覆った灰色の厚い雲の中が、突然凄まじいほどの光を放った。
「ピカッ! ゴロゴロゴロッ!」
それは、まるでヒッチハイカーの叫びに呼応するかのように突然生じた冬の雷だった。暗かった『夕霧谷』一帯が、一瞬昼間の様に明るく照らし出された。突然起こった雷に本能的にビクッと身体をすくませ、天を仰いだ伸田の目の前で天空から真っ白な稲妻が走った!
「バリバリバリィーッ! ドッシャーンッ!」
耳をつんざく凄まじい雷鳴が響き渡り、天空から伸びた稲妻が真っ直ぐにヒッチハイカーが突き上げていた山刀に向けて落ちたのだった。
目の前で生じたあまりの凄まじい輝きに伸田は眼を閉じ、『ヒヒイロカネの剣』を握った左手で庇うようにして顔を覆いながら、本能的に数十mの距離を後方へと一気に飛び退った。
「ドッカーンッ!」
稲妻の凄まじいエネルギーが山刀に達した瞬間、文字通りに爆発が生じた。巨大な蜘蛛型怪物の身体が粉々に砕けたかと思うと肉片が周辺に飛散した。とっさの判断で避難した伸田のいる場所まで木や石の破片が飛び散り、そして大量の土砂とともに怪物の四散した肉片が雹のように降り注いだ。
「今のは、いったい… 何で突然、雷が…? でも、今のでヒッチハイカーは木っ端微塵になったんだ。これでやっと、ヤツとの長い戦いが終わった…」
伸田の身体から入っていた力が抜けた。彼の身体を包んでいた青白い光が弱まっていく。
「まだだあっ! ノビターッ! ヤツは死んじゃいないぞおっ!」
聞き覚えのある声が突然響き渡った。ハッとした伸田が周辺を見回す。
「この声…? 白虎さん? 千寿さんの声だ。どこに…?」
それは白虎の姿に獣人変化した『風俗探偵』こと千寿 理が、伸田に警告するために発した叫び声だった。
「え…? 千寿さんは何を言ってるんだ? ヒッチハイカーはたった今、目の前で木っ端微塵になったじゃないか…」
周りを見回し、叫び声の主である白虎の姿を捜す伸田だったが、その姿を見つける事は出来なかった。そして、爆発を起こしたヒッチハイカーがいた場所に目を戻した伸田が見たものは…
落雷によって爆発の起こった場所は地面に大きな穴が開き、直径20mほどのクレーターと化していた。
そして、そのクレーターの中心には、立ち昇る煙の中に一人佇む人間の姿があった。
「あ…あれは? や、ヤツか? あれは、ヒッチハイカーなのか…?」
驚愕し、目を大きく見開いた伸田が見た人間の形をしたそれ… そいつは、右手に山刀を握っていた。そして、その身体は…右手だけでは無く四肢のどこも欠けてなどいない完全な姿態を備え、一糸纏わぬ美しい全裸を晒して堂々と佇む一人の男の姿だった。
【次回に続く…】