【R-18】ヒッチハイカー:第24話「どうしても南へ行きたいんだ…」22『恐るべき空飛ぶ怪物!! 白虎の危機に現れ出し魔槍「妖滅丸」!』
「マスター、ヒッチハイカーを示す輝点の位置は『黒鉄の翼』の真下です。速度は『木流川』の濁流の流速とほぼ一致。しかし、生体反応は感知されません。
これは『式神弾』に仕込まれていたマイクロGPS発信装置が川の流れによって流されているだけだと思われます。
すでにヒッチハイカーの肉体は消滅したものと推測されます。」
『黒鉄の翼』搭載の完全独立思考型人工知能である『スペードエース』が操縦者であり、この機体の所有者でもある千寿 理に対して美しい女性の声で告げた。
「分かった。おそらく、お前の分析通りなんだろう… だが…」
そこまで言った千寿の言葉が詰まった。
「だが…? だが、どうしたんです? 千寿さん?」
千寿の何となく煮え切らない様な態度と、彼が途中で止めた言葉の先が気になった伸田が、前の操縦席に座る千寿に向かって問いかけた。
「あ? ああ… 何となく気になってな。
説明するのは難しいが、野生の勘ってやつかな。
お前は知らないが、俺はいつも不死身って訳じゃない。完全な不死身になれるのは満月を間に挟んだ三日間だけだ。その俺が、この勘を頼りに何度も死線を潜り抜けて、命拾いして来たんだ。
だから俺は、スーパーコンピュータに直結してるAIの『スペードエース』の意見よりも、自分の野生の勘の方を信じる。」
いつも軽口を叩く千寿が、自分の弱点に繋がりかねない話を自分に対して真剣に話すのを、伸田は驚きながら聞いていた。
「で、あなたのその野生の勘が今回は、どう告げているんですか?」
そう問いかけた伸田だったが、実際の所、彼自身も千寿の言う野生の勘という言葉が意味する所のだいたいの予想はついていた。
なぜなら、伸田もまた千寿と同じ様にヒッチハイカーが消滅したとは、完全には信じる事が出来なかったのだ。
だからと言って、その理由を問われても彼に説明する事は出来なかった。自分の口から千寿の言う野生の勘などという漠然とした表現をする事はためらわれたのである。
「いやにしつこく聞いてくるが、お前さんが心で感じてる事と俺の勘は、たぶん同じじゃないのか?」
ニヤニヤ笑いながら、そう千寿が伸田に言った時だった。
「ガガガガガンッ!」
「ビシッ!ビシビシッ!」
「うわっ!」
伸田が驚きの叫びをあげた。何かが連続して『黒鉄の翼』の機体に激しい勢いでぶつかって来たのだ。それはまるで、マシンガンの連射攻撃を受けたかの様な衝撃だった。
「警告! 当機右後方よりUFO接近! 今のは、そのUFO(unidentified flying object)からの攻撃です。
ただし、機体に当たったのは弾丸の様な金属製の物体ではありません。超圧縮された液体を高圧で発射して来た模様。先だっての戦闘にてヒッチハイカーの使用した猛毒性の溶解液に類似した成分の液体です!」
『スペードエース』が甲高い女性の声で警告を発した。
「ノビタ! やっぱり俺達の危惧は当たったようだ!
奴さん、性懲りも無く生きてやがったぜ! しかも、生意気に空まで飛びやがる!」
千寿はそう叫ぶと、ヒッチハイカー捜索のため『木流川』の濁流と同じ速度まで落としていた『黒鉄の翼』の速度を目一杯上げつつ機体を急角度で上昇させた。
「グンッ!」
「うっ!」
急激な加速により、機体に進行方向とは逆に向かってG(加速度)の負荷がかかった。慣れていない伸田の身体に対し、シートに対して押し付けられるような向きにGが働く。
「ガガガガガッ!」
「うわあーっ! また来たっ!
せ、千寿さん! く、黒鉄の翼の機体は、だ、大丈夫なんですかあっ? と、溶けませんか?」
凄まじい速度で続けざまに発射してきた超高圧縮された毒液は、機関銃の弾丸と同じくらいの衝撃を機体に与えてきた。しかも、それは鋼鉄製のアーチリブでさえ溶かしてしまうほどの強力な酸性の液体であった。伸田は悲鳴に近い叫び声で千寿に問いかけた。
「安心しろ! この『黒鉄の翼』のボディーは、軽いが超頑丈な特殊チタン合金製だ!『ヒヒイロカネ』製とまではいかないが、地球上でもっとも硬くて酸やアルカリの腐食性の液体にも強い合金だ! あれぐらいの攻撃は屁でもねえ!」
「そ、それはすごいっ!」
口ではそう言いながら、実際のところ伸田は身体にかかるGのせいで今にも吐きそうだったのだ。
それだけは決してやってはならないと、彼は手で強く口を押さえて必死で耐えた。
万が一にも嘔吐をすれば、前の座席に座っている千寿の頭に自分のゲロの雨が降り注ぐだろう。
そんな事をすれば、怒り狂った白虎と化した千寿に噛み殺されるのは想像に難くないからだ。伸田は、そんなみっともない死に方だけは御免だった。
「野郎! いつの間に飛べるようになったのか知らねえが、調子に乗りやがって!
スペードエース! 超電磁加速砲の電圧チャージだ! いつでも撃てる様にしておけ!」
「お言葉ですが、マスター! レールガンではヤツの飛行速度に照準を合わせるのは非常に困難です!
ヤツの俊敏で変幻自在な飛行の動きは予測不能! あの体長の生物が当機を遥かに上回る運動性能と速度で飛ぶとは信じられません。まるで昆虫のトンボです!」
「上手いこと言ったな、スペードエース! ノビタよ、クソッたれのヒッチハイカーめ、今度は蜘蛛からトンボに化けやがったようだぜ!」
伸田も見た。後方カメラで撮影され、手元の液晶モニターに映し出されたヒッチハイカーの変態した新たな姿は千寿が言った様に、まさしく巨大なトンボの化け物だった。
未だ人間の形態を保っている上半身の背中には、目にも止まらない凄まじいまでの激しい動きで振動し続ける4枚の翅が生えていた。その翅で飛行するヒッチハイカーの動きは上下左右、高低差までもが自由自在で思いのままに飛べる様だった。
まだまだ暗い夜明け前の吹雪の中、ヒッチハイカーを振り切ろうと速度を上げてジグザグに飛行する『黒鉄の翼』の後方に、そのトンボに似た姿の化け物はピッタリと張り付くように追跡して来ているのであった。
「駄目だ! 振り切れねえ!」
「ヴイィィィィィーッ!」
2mを超す巨大な4枚全ての翅が凄まじい速度で振動し続ける音が空気を震わし、吹雪で舞う雪をさらに自分の身体に寄せ付けない動きで吹き飛ばしながら、後方から『黒鉄の翼』に猛然と迫った!
ターボプロップエンジンで回転する二対のティルトローターで飛ぶ『黒鉄の翼』は、『アパッチ』などの攻撃ヘリに比べると機動性では劣るものの速度では大きく勝っている。
しかし、トンボに似た4枚の翅で飛翔する新生ヒッチハイカーは、機動性でも速度でも『黒鉄の翼』を大きく上回っているのだった。
「ヴヴイィィィィィーッ!」
4枚の翅が立てる甲高い羽音がキャノピー越しに伝わって来る。
伸田が食い入るように見入っていた手元の液晶画面に、後方監視カメラから映し出されていた巨大なトンボに似たヒッチハイカーの姿が画面上から突然消えた。どうやら、カメラの死角に入ったようだった。
「コン、コンコン…」
突然、自分の頭上を覆うキャノピーが外から叩かれる様な音が聞こえたので、上を見上げた伸田は、そこに見た物に驚愕した。
「うっ、うわああーっ!」
伸田の恐怖の叫び声が『黒鉄の翼』のコクピット内に響き渡る。
その時、上を見上げた伸田は特殊強化樹脂製の透明なキャノピー越しにそれを見たのだった。
『黒鉄の翼』に追いつき、千寿に振り切らせない動きでピタリと機体上部に張り付くようにして飛ぶヒッチハイカーの顔が、コクピットのキャノピーを間に隔てただけのわずか十数cmの距離で対峙する自分の顔に向かって不気味にニヤリと笑いかけたのを…
「ちいぃーっ! クソ野郎、なめるなっ!
スペードエース! 操縦席側の前方キャノピーを開放しろ! 俺が外へ出る!」
「了解ッ! 気を付けて下さい、マスター!」
『スペードエース』の返事と共に、千寿の座る前部操縦席の上を覆うキャノピーが前方向へとスライドして開いた。
複座型シートの『黒鉄の翼』のキャノピーは中央部で二つに分かれるのだ。前側は前方へとスライドし、後部側は後方へとスライドして開く機構となっている。
前半分とはいえ、飛行中の機体の密閉されていたキャノピーを開放したのだ。外との気圧の違いからコクピット内の空気が凄まじい勢いで流出し、続いて猛吹雪の風が恐ろしい勢いで吹き込んで来た。
「ううっ!」
その時、激しい吹雪と寒気の流入で呼吸の出来ない伸田が自分の少し下方に位置する前部操縦席に見た驚くべき光景は、吹き込む吹雪の中で青白く淡い光を発しながら変身を始めた千寿の獣人化現象だった。
伸田の座る後部座席から千寿の全身が見える訳では無かったが、全裸で操縦席に座っていた彼の浅黒く引き締まった身体中に白い剛毛が生えていく。
すでに千寿が白虎の正体だという事を承知している伸田だったが、彼の変身の過程を目の当たりにするのは、もちろん初めてだった。
だが、息苦しい呼吸を堪えながら見る、その人知を超えた人間から獣への変身過程に、不思議な事に伸田は恐怖や不愉快な感情を抱く事は全く無かったのだ。
奇妙だったが、それは伸田にとっては感動する様な美しい光景に思えた。神々しいと言っても過言では無かった。
その繰り広げられた神々しいばかりの獣人化現象は数秒で終わり、伸田の目の前に再び白虎が姿を現した。
「ぐわおおおおおおーっ!」
今、目の前の操縦席から開いたキャノピーを乗り越えて四本足ですっくと立ち、機体を震わし自分の周辺に吹き荒れる吹雪を全て吹き飛ばしてしまうほどの凄まじい野獣の咆哮を上げているのは、伸田にとってこれ以上頼もしい存在は無い白虎の姿だった。
猫族のしなやかで優雅な身のこなしで、操縦席から外の『黒鉄の翼』の機体上部へと白虎がひょいっと飛び出すと共に、開いていた前部操縦席のキャノピーがスライドして元通りに閉じた。
これで吹雪の侵入が止まり、伸田は普通に呼吸が出来るようになったのだが、千寿が変身した白虎は猛吹雪の中を飛行中である『黒鉄の翼』の機体外へと生身のまま出てしまった訳だ。上空で吹きすさぶ猛吹雪を生身で受ける現在の白虎にとっての体感気温が氷点下なのは間違いなかった。
「せ、千寿さん! 無茶苦茶だよ!」
伸田は閉じた強化特殊樹脂製のキャノピーを内側から両こぶしで叩きながら、キャノピー越しに見る白虎に対して大声で怒鳴った。
白虎の姿に変身した千寿なら絶対に大丈夫だと思いたい伸田だったが、何と言っても白虎にはヒッチハイカーの様な翅も翼も無いのだ。
この高さから落ちれば、いくら真下が『木流川』だと言っても、白虎の身体は濁流に飲み込まれて一気に流されてしまうだろう。
「ヴィヴィィィィィーッ!」
ヒッチハイカーの4枚の翅が起こす空間を揺るがすような羽音が、白虎のすぐそばで聞こえた。
「バシュッ!」
白虎の背中に、ヒッチハイカーの尾部先端の毒針から高圧縮されて発射された弾丸の様な毒液の塊が命中した。
「ジュジュウー…」
強力な酸性の溶解液でもある毒液の当たった白虎の背中の見事な毛皮が、黒い煙を上げてブスブスと焼け焦げ始めた。
「はん、見た目は変わったが、てめえの攻撃もワンパターンだな。その攻撃で俺は倒せねえってのは蜘蛛の時に実証済みだろうが!」
そうヒッチハイカーに向かって吠えた白虎だったが、現在の彼が立てる足場と言えば僅かに『黒鉄の翼』の機体の上だけという狭い領域だけなのだ。
飛び道具を持たない彼が、本物のトンボの様に自由自在に飛び回るヒッチハイカーに、いったいどんな反撃が出来ると言うのだろうか…?
ただの負けず嫌いなだけの強がりなのか? 安全な『黒鉄の翼』の内部から固唾を飲んで白虎を見守るだけしか出来ない伸田は、焦燥感に身も心も焦がされるような思いだった。
「ひひひ、飛行機に乗らなけりゃ空も飛べない貴様に何が出来るって言うんだ? このまま、手も足も出せない貴様をじわじわと嬲り殺しにしてやるよ!」
「ドドドドドドッ!」
トンボの様に飛び回りながらヒッチハイカーの弓型に折り曲げられた尾部の先端にある毒針から、毒液の塊がマシンガンの様に次々と発射される。
飛んでくる毒液を躱そうにも白虎にとって、それだけ動き回るスペースが『黒鉄の翼』の機体上には存在しないのだ。ほんのわずかなスペースの中でで躱し続けるのだが、いくら白虎といえども全てを避け切れるはずも無かった。
白虎の白い毛皮のあちこちから溶解液に焼かれる煙が上がり、肉の焼ける匂いが漂って来た。
伸田は、自分の頭上や目の前で繰り広げられる白虎とヒッチハイカーの闘いを見ている事しか出来ない自分が腹立たしかった。しかも、現状では空を飛べない白虎が圧倒的に不利で、一方的に嬲られているばかりなのである。
だが、『黒鉄の翼』と現在のヒッチハイカーでは機動性に遥かに開きがあり、逃げる事も攻撃する事もままならないのだ。主武装の超電磁加速砲も空対空ミサイルも、この近距離ではいくら照準を付けても命中させる事は不可能だろう。いや、その照準を付ける事さえおぼつかない、それほど変幻自在で超スピードを誇る飛翔能力なのだった。
「くっそうっ!」
「ドン!、ドンドンッ!」
伸田はキャノピーを内側から両こぶしで叩き、ただ叫ぶしか出来無い自分を神に呪った。
「スペードエース! このままじゃ、いくら俺でも手も足も出ねえ! 『妖滅丸』を俺によこせ!」
ヒッチハイカーから受けた攻撃で身体のあちこちから煙を上げながら、機体上の白虎が叫んだ。
「了解ッ! ミスター伸田! 後部座席のあなたの足元にある棒を取って下さい。マスターに渡すのです、急いで!」
『スペードエース』の声が後部座席の伸田に要請した。
「ぼ、棒だって?」
「カタッ! カタカタカタッ…」
伸田が自分の足元を見下ろすと、床の隅に転がっていた棒が、奇妙な事にそれ自身が意志を持って彼に見つけてくれと言ってでもいるかの様に震えているのだった。
伸田は不思議な事象を見慣れてしまったのか、そんな自ら振動する異様な棒を見ても驚かず、少し首をかしげた程度で拾い上げた。
「変な棒があったけど、これの事かい?」
伸田が足元から拾い上げた棒は、長さが60~70cmで直径は4~5cmといったサイズの一本の棒だった。その材質は木の様でもあり金属の様でもある不思議な手触りだったが、とても軽くて伸田が持つと手にしっくりとなじむ感じがした。
だが、白虎が『妖滅丸』と呼んだこの棒を手に握った伸田が何よりも感じたのは、微かだったが気にせずにはいられない、棒自身の発する禍々しさの混ざった冷気を発している様な印象だったのだ。それは、あまり気持ちのいい感触とは言えなかった…
「これ…なんだよね? スペードエース。」
伸田が足元から拾い上げた不思議な棒を、顔の前に翳した。
「ええ、そうです。ミスター伸田。その棒は持ち主の意思のままに伸縮自在の魔槍、『妖滅丸』です。
マスター千寿がミスター青方 龍士郎より譲られた、魔界で作られし槍です。その槍は魔界の生き物に対しては絶大な威力を発揮します。
その『妖滅丸』さえあれば、ヒッチハイカーに対して今の立場を逆転出来る事でしょう。
さあ、早く! その『妖滅丸』をマスターに!」
相変わらず美しい女性の声で『スペードエース』が強く伸田に訴えると共に、操縦席側のキャノピーが合わせ目から10cmほどスライドして開いた。すぐに開いた隙間から機体内部の暖気が抜けだしていくと共に、外からは吹雪が吹き込んで来る。
「白虎さん! 後ろです! この『妖滅丸』を!」
キャノピーの開いた隙間から『妖滅丸』と呼ばれる棒を差し出しながら伸田が叫んだその時、白虎はちょうど伸田に自分の尻尾を向ける様な向きで、飛行中のヒッチハイカーと対峙していた。
「おお! 待ってたぜ!」
そう叫んだ白虎は猫族のしなやかな身のこなしで振り向きざまに、伸田の手から『妖滅丸』を鋭い牙の生えた強靭な顎でしっかりと咥えて受け取った。
「シャキィーンッ!」
白虎が咥え持った途端、長さ60cm強くらいだった棒が瞬時に前後に伸び、一方に鋭い刃の穂先を備えた180cmほどの長さの槍へと姿を変えた。
こうして、魔槍『妖滅丸』が伸田の眼前で完成したのだった。
「あ…あれが、魔槍『妖滅丸』…」
ゴクリと生唾を飲み込んで、伸田がつぶやいた。
「そうです、ミスター伸田。
マスターはあまり使いたがりませんが、元々魔界で誕生したあの魔槍は、まさしく神獣である白虎のために作られた様な武器… 別の神獣『青龍』からマスター千寿へと託された武具なのです。」
『スペードエース』が伸田に説明した。
********
「な、何ですか…? あの槍は?」
万能装甲戦闘車『ロシナンテ』の車内で隠密追跡型ドローン『ハミングバード』から送られてくる映像を見つめながら、県警のSIT(Special Investigation Team:特殊事件捜査係)所属でAチームリーダーを務める島警部補が、運転席に座り今回のヒッチハイカー捕獲作戦の司令官である鳳 成治に尋ねた。
鳳は『黒鉄の翼』がヒッチハイカーの生死を確認するために飛び立った後、すぐに『ハミングバード』を飛ばしたのだった。
今回の戦闘において、トンボ並みの変幻自在の動きと飛翔力を持ったヒッチハイカーの動きに、かろうじてついて行く事が可能なのは、この『ハミングバード』だけだっただろう。
だが、残念な事に隠密での追跡が主要な任務である『ハミングバード』には、ヒッチハイカーを攻撃する様な能力は無かったのだ。
「ああ、あれは魔槍『妖滅丸』と言って千寿の武器だ。
魔界の生き物を滅し、その血を槍の穂先に吸わせれば、滅し去った魔獣を自分の中に封じ込める事が出来る。その封じ込めた魔獣を槍の持ち主が自在に使役する事が出来るようになるという驚異の力を秘めた武具…『妖滅丸』。
あの『妖滅丸』は過去の日本において、真田幸村や由井 正雪といった歴史上の名だたる者達の手を渡って来たが、今は最もふさわしい持ち主と言える千寿の手に収まったのだ。
あれは、まさしくヤツのために作られたような槍だ。いや、その真の力は神獣白虎である千寿にしか扱いきれないだろう。
だが、今回のヒッチハイカーとの戦いで『妖滅丸』まで使う事になるとは私も予想しなかった。もちろん、千寿自身もそうだろう。」
後部座席で島の隣に座る皆元 静香は、恋人である伸田の身が心配でならず、『ハミングバード』が映して配信して来る戦闘のライブ映像を、毛布にくるまれながら食い入るように見つめてはいたが、鳳の話す不思議な槍の話を静かに聞いていた。
「ノビタさん、無事でいて…」
隣りでつぶやきながら両手を組み合わせて伸田の無事を必死に祈る静香の肩を、島は安心させるように優しく力を込めて叩いてやった。
「安心しなさい、きっと彼は無事に帰って来る。」
島は自分の娘に話しかける様に優しいいたわりの気持ちを込めて、静香に言った。
「ああ、その通りだ。二人とも必ず帰って来る。」
そう言った鳳の声もまた島と同じで、いつものクールすぎる彼には珍しいほどの温かくて優しい、いたわりの響きが込められていた。
静香は感謝の涙を浮かべながら、そんな二人の顔を順に見つめると、笑顔を浮かべて頷いて見せた。
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「ヒュン! ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!」
伸田の目の前では、信じられない光景が繰り広げられていた。虎の姿をした千寿が凄まじい勢いで首を振り続け、口に咥えた槍を扇風機の羽根の様に器用に回転させているのだった。
「ドドドドドドッ!」
「ブシュブシュブシュッ!」
目にも止まらない勢いの槍の回転は、ヒッチハイカーが次々に放つマシンガンの様な毒液の連射攻撃を、見事に全て弾き返していた。毒液は一発たりとも白虎の身体に触れる事は無かった。
そして、不思議な事に魔槍『妖滅丸』は、鋼鉄をも溶かすヒッチハイカーの強酸性の毒液をどれだけ大量にその身に浴びたところで、溶ける事はまったく無かったのである。
「はあはあはあ… くっそう… おかしな槍を取り出したかと思ったらメチャメチャに振り回しやがって! これじゃキリが無え…」
さすがのヒッチハイカーも、トンボの姿への変態を行なったすぐ後での凄まじい動きでの変幻自在の飛翔の連続と度重なる毒液の連射で疲れたのであろうか、息切れがしているようだった。
やはり魔人ヒッチハイカーの体力も、『式神弾』が身体へ及ぼす影響で、再生能力と同じく目に見えて衰えてきているようだった。
ついに毒液の連射攻撃が止まった。体力を取り戻すための小休止と言ったところだろうか…?
「へっ! どうした、ヒッチハイカーさんよ? もうてめえの攻撃はネタ切れか?
俺はこの通り、まだまだピンピンしてるぜ!」
ヒッチハイカーの様子を観た白虎は『妖滅丸』の回転を止め、足元に槍を置いて、そう叫んだ。
白虎の身体は、度重なるヒッチハイカーの毒液攻撃で身体のあちこちが溶けたり焼け焦げていたはずだったが、この時には白地に黒い縞模様の見事な虎の毛並みを完全に取り戻し、毛皮の欠損や焼け焦げなどはどこにも見当たらなかった。
これが、満月が彼の肉体に及ぼす影響なのだろうか…?
荒い呼吸のヒッチハイカーと違って、白虎は身体中に無尽蔵のエネルギーが満ち溢れている様子だった。
「ちっ! やかましい! 虎の化け物が!」
「へっ! てめえにだけは化け物扱いされたくねえや!」
ヒッチハイカーの怒鳴り声に白虎が応じる。とても人間とは思えない外見をした者同士の、まるで掛け合い漫才の様な罵り合いだった。
一見すると喜劇の様な、この人ならざる者同士のやり取りを、伸田はキャノピー越しに笑うに笑えずに真剣に見守っていた。
「てめえが攻撃して来ないってんなら、こっちから行くぜ。
この魔槍『妖滅丸』の真の力を見せてやる!」
そう言ったかと思うと、白虎は足元に置いてあった魔槍を再び口に咥え、牙の隙間を通して器用に叫び声を上げた。
「出でよ! 飛妖、野衾っ!」
叫ぶと同時に、白虎は口に咥えた魔槍を首を振って数回回転させた。
すると、どうしたというのだろうか…? 魔槍『妖滅丸』の穂先から紫色の煙が噴き出し、その紫煙と共に突然何かが現れ出たのだ。
「ぎえええええーっ!」
キャノピー越「ご」しに様子を見守っていた|伸田は自分の目を疑った。彼の目の前数mの空域に奇声を発しながら突然現れたのは…
その姿を見た伸田は、まず初めに幼い頃に絵本で見た『魔法の絨毯』を思い出した。
茶色いフサフサした毛に覆われた長方形の身体…いや、長方形に見える物とは広げた四本の脚の間に張られた薄い膜だった。そして太くてふさふさした長い尾を生やしたその姿は、巨大なムササビだった。
魔槍から現れた体長数mもある巨大なムササビが、吹雪の中を空中停止飛行中の『黒鉄の翼』の機体と並んで飛んでいるのだ。
「む、ムササビ? いや、モモンガ? あ、あれも妖怪なのか…? ひよう…? のぶすま?」
伸田は目の前で起こった光景に、パニックを起こしかけていた。
もちろん彼には、白虎の言った「『妖滅丸』の真の力」の意味する所など分かるはずも無かった。
だが、自分の目の前に新たな妖怪が幻では無く現実となって現れたのだ。もう何を見ても驚かないつもりだった伸田だが、この時ばかりは大きく見開いた目とあんぐりと開いた口をなかなか閉じる事が出来なかった。
「ぎぃやあああーっ!」
再び奇声を発した妖怪『野衾』の口から、ヒッチハイカーに向けて凄まじい勢いでオレンジ色の火炎が放射された。
「うわっ!」
伸田と同じ様に妖怪『野衾』の出現を呆然と見つめていたヒッチハイカーが、自分に向けたオレンジ色の火炎攻撃を危うく躱した。
「また、へんてこりんな化け物が出て来やがった!」
そう怒鳴り声をあげるヒッチハイカーだった。
「ちっ! やっぱり簡単には、焼きトンボになっちゃくれねえか…
なら、これはどうだ。伸びろ!『妖滅丸』!」
白虎がそう叫ぶと同時に、口に咥えていた魔槍『妖滅丸』の柄が、十数m離れた空域に浮かんでいるヒッチハイカー目指して突然伸びていったかと思うと、鋭い穂先がヒッチハイカーを襲う。
「ギューンッ!」
「パリンッ!」
今度も危うく身を躱したかに見えたヒッチハイカーだったが、4枚翅のうち左後方の一枚を『妖滅丸』の穂先に貫かれてしまった。
「ぎいいぃーっ! くっそう!」
悔しそうに叫ぶヒッチハイカーだったが、実際に魔槍に貫かれたのは翅の先端部分だったため、飛翔する事に関しては、さしたる影響は無さそうだった。
「見たか! 我が意のままに伸縮自在の如意魔槍の威力!」
「ギュィーンッ!」
ヒッチハイカーの翅の一枚を貫いた『妖滅丸』が、再び元の長さへと戻っていった。
「さあこれで、てめえとの戦力差は無くなったぜ… いや、本物の不死身野郎の俺の方に分があるのかな?
魔界の怪物になっちまったのは、お前のせいじゃない…気の毒なこった。だが、お前は不可抗力だったとしても新しく得た力を使って人を殺し過ぎた。
心の底まで魔界の生き物になっちまったヤツを、この世に生かしとく訳にはいかねえんだ。もう気の毒なんて金輪際思わねえから、覚悟するんだな。」
白虎は多くの人々の命を奪って来た怪物ヒッチハイカーに対して、引導を渡すように厳格にハッキリとした口調で言った。
「いよいよ本当に、この長かった夜の戦いに終止符を打つ時が来たんだな…」
白虎の言葉を聞いた伸田は、そう思った。
彼の脳裏に、無残に殺された自分の仲間達や、仕事とは言ってもヒッチハイカーとの戦闘で理不尽にも死ななければならなかったSITの隊員達の顔が浮かんだ。そして、それ以外の被害者達の無念な死に対しても目を瞑って冥福を祈った。
「みんな、これでやっと…終わります…
でも、終わらせるのは白虎さんじゃない… この僕なんだ!
スペードエース! キャノピーを開け! 僕も出る!」
伸田は最後の一発となった『式神弾』の込められたベレッタを右手に握りしめ、左手で腰のベルトに差し込んだ『ヒヒイロカネの剣』の柄を握った。
そして、静かにキャノピーがスライドして開くと、全身を包み込む吹雪の中で伸田は後部座席に立ち上がった。
【次回に続く…】
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