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風俗探偵 千寿 理(せんじゅ おさむ):第17話「千寿 理、死す… そして、完全なる白虎見参!」

俺は、まず黒オニの様子を見るためにヤツの数歩手前で止まった。
力押しで勝てる相手ではない。
 ミノタウロスのバリーの時の様に頭を働かせるんだ。俺は心の中でそう思った。

「ふん… 考えてみたところでお前に勝ち目など、コメ粒ほどでもあるのかな?」
まるで俺の考えを読んだかのような黒オニの話し方だった。
「来ないのなら、こちらから行くぞ。」

黒オニの輪郭りんかくらいだ…ぼやける…

「右か…」
俺は自分の右斜め前に構えを取った。
と… 俺の左背後から左腎臓に対して黒オニの掌底が打ち込まれた。

「ぶはっ!」
俺は口から血しぶきをまき散らしながら、右前方に向かってよろめく。
俺の左腎臓が腹の中で破裂したのが感じられた…
 だが、俺の不死身の身体はすぐに体内で腎臓を再生させ、元の形へと修復し始める。それでも掌底から直接に背中へと流し込まれたヤツの気功が俺の体内でくすぶり続ける。
再生が遅い…

「どうした、リーよ。甘い事は考えるでないぞ。お前はわしを完全に殺すまでは、この先へは絶対に進めんのだからな…」
黒オニが俺に言った。

「くそ…」
 俺はまだ修復し切っていない内臓の痛みをこらえて、黒オニの方に身体を向けた。しかし、また黒オニの身体は蜃気楼しんきろうのごとくユラユラと揺らめいた。
「またか、くそうっ!」
 俺は一人で空手の演武をやっているかの様に、身体と手足を滅茶苦茶に動かした。獣人と化した俺の身体の動きは常人には見えもしないだろう。
 だが、黒オニの身体の一部にも俺の手足は当たらないのだ。かすりもしなかった…

 俺が身体の動きを止めた途端に、黒オニの攻撃が俺の全身の至る所に当たる。当たるたびに俺の内臓や筋肉、骨までもが内部から破壊されていくのを感じた。
 あまりにも次々と繰り出されるヤツの攻撃が速いために、俺の不死身の肉体が修復に追いつかなかった…

「ダメだ… 強さのケタが違いすぎる…」
 俺は全身の至る所を内側から破壊され、立っている事すら出来なかった。よろめきながら俺の意識が消失しようとした…

「ブチッ!」
何かがはじける音と共に俺は意識を失った…


*********************


「ふっ、 リーめ… ようやくか… 手こずらせおって、さすがに疲れたわい… ハアハア…」
リン 石龍シーロンは倒れた千寿 理せんじゅ おさむに近付き、彼を見下ろした。

「しかし… さすがは不死身の神獣、白虎じゃな。まだ息をしとるわ…気を失っただけの様じゃ。
 じゃが、お前がこの先いずれ出会うであろう強大な敵の王は、わしなど足元にも及ばんほど強い… お前をここでほおむってやるのが師匠としてのせめてもの情けかも知れん。」
そう言った林 石龍は屈みこんで千寿 理の頭に右掌を当てがった。

「許せよ、リー… むんっ!」
 裂帛れっぱくの気合とともに、千寿 理の頭に当てられた林 石龍の右掌から黄色い光がほとばしった。

「グシャッ! ブシュブシュッ!」
胸の悪くなる音と共に、千寿 理の頭が何度も跳ね上がり床にぶつかった。
 だが、奇妙な事に林 石龍の右掌を当てていた部分に外観上には損傷は全く見られなかった。ただ、千寿 理の目と耳と口から血と崩れた脳漿らしき液体が流れ出て来た。
 恐るべし林 石龍の外気功が、頭蓋骨を砕かずに千寿 理の脳だけを粉砕したのだった。

「これで、いくら不死身の白虎と言えども生き返る事はあるまい…
わしは、最後の可愛い弟子をこの手にかけてしまった…」
 千寿 理の死体に背を向け、そうつぶやいた林 石龍の目から涙が一粒こぼれ落ちた。
その瞬間だった…
林 石龍は恐るべき凄まじい気配を背後に感じ、前方へ数m跳んだ。

 後ろを振り返った林 石龍の目の前に立っていたのは、確かに死んだはずの千寿 理だったのだ。
林 石龍は、自分の目で見ている目の前の現実が信じられなかった。

「そんな… 確かにリーの脳はわしの外気功で完全に破壊したはず… わしは手加減などせず、全身全霊を込めた気功を放ったのに…」

 目の前に立つ千寿 理だったモノは、すでに人間ではあり得なかった。体型こそ元のままではあるが、身体の服で覆われていない部分は白い剛毛に包まれ、黒い虎の模様が浮かび上がったまさしく白虎のそれだった。顔もすでに人間の面影は無く、虎の顔貌そのままに変化していた。
千寿 理は死に、完全な姿の白虎が姿を現したのだった。

「むう… これは正しく伝説の神獣… 白虎!」

千寿 理だったモノが林 石龍の眼前に立った。一瞬だった…
 跳ぶ兆候も跳んだ動きさえ見せぬままに、数m離れた林 石龍の前に立っていたのだ。

「まずいっ!」
 林 石龍は、先ほどの千寿 理との闘いで見せた陽炎かげろうのように輪郭をぼやかしたと思うと、一気に離れた場所へと跳んだ。
しかし、彼が着地した目の前にはすでに白虎が立っていた。

「くっ!」
 また違う方向へと跳んだ林 石龍は、動きを止める事無く着地と同時にランダムに無茶苦茶な方向へと跳び回った。常人の目には止まらない速さの全く予測もつかない動きで…
 だが、当の本人である林 石龍にしか分からなかったが、跳んで着地した先々にはすでに白虎が待ち構えるように立っているのだった。まるでウサギと亀の喧嘩けんかの様だった。
先ほどの林 石龍と千寿 理の立場が完全に入れ替わったと言えた。

「このままでは殺されるっ!」
逃げ回る事をあきらめた林 石龍は跳ぶ事を止めた。
「ならば白虎、わしの人類史上最強の暗殺拳をその身体に受けてみよっ!」

 そう叫んで右拳を立ち止まった白虎に叩きつけようとした林 石龍は、時計と反対周りにその身体が回ってしまった。
「ん…? 空振りしたのか…?」
 そう思った林 石龍は自分の右腕が無いのに気が付いた。右肩の付け根から無くなっていたのだ。痛みよりもショックよりも林 石龍は不思議で仕方が無かった。
 目の前に立つ白虎を見ると、林 石龍の肩から噛み千切ちぎった右腕をくわえていたのだ。そして右腕を咥える白虎の牙は青白い光を発していた。見ると白虎の両手の爪も青白い光を発している。その光は、林 石龍の目には正視出来ないほどまぶしく感じた。

 それはとても神々こうごうしく感じる輝きだった。魔物と化した自分には近寄る事も恐ろしい輝きだ。林 石龍は本能的にそう感じた。
 右肩の断面を見た林 石龍は、傷口が全く修復されて来ないのに気が付いた。
 魔物と化した今の身体なら、腕一本が生えるのは無理としても傷口は修復していくはずだったのだ。それが修復されない… まるで生身の人間の様な反応だった。

「やはり… 白虎はまことの神獣じゃったか… あの青白い輝きを放つヤツの牙と爪は魔物に対する最強の聖なる武器… そんな相手に、わしが勝てるはずも無いか…」
 そうつぶやきながらも林 石龍は左腕一本の構えを取った。右腕の無い身体ではバランス的に苦しいが、林 石龍は長年の修行で左手も利き腕の右手と同じ様に扱えたのだ。
 
 林 石龍の構えを見た白虎は、咥えていた右腕を口から吐き出した。そして、白虎は正面から林 石龍に向かって、右拳の中段水平突きを真っ直ぐに打ち込んできた。

「ふん、この程度の突きは左手一本でかわせるわっ!」
 そう言い、突き出された白虎の右拳を左手で払った…と思った瞬間に一歩さらに踏み込んだ白虎は、右肘を林 石龍の胸の中央に叩き込んだ!

「ボキボキボキッ!」
林 石龍の肋骨ろっこつが砕ける音が響き渡った。
林 石龍は口から大量の血の泡を吹き出しながら叫んだ。
「しまったあっ! こ、これは八極拳、猛虎硬爬山もうここうはざんっ! ぐはあっ!」

 林 石龍の身体が後方へと、すさまじい勢いでふっ飛んでいく。広いこのフロアーの反対側の壁まで十数m飛んで行き、壁に恐ろしい勢いで激突した。
「グシャッ! ベキベキッ! ボコッ!」
 身体のへしゃげる音とコンクリートの砕ける音がフロア中に響き渡り、コンクリート壁の林 石龍のぶつかった部分を大きくへこませ、壁に四方八方へとまるで蜘蛛くもの巣の様な深い亀裂を走らせた。
 驚いた事に林 石龍の身体が壁にめり込んだ次の瞬間には、白虎は壁のすぐ手前に立っていた。それは林 石龍の壁への激突音とほぼ同時だった。
 深くめり込んだ林 石龍の身体は壁からずり落ちる事無く、めり込んだまま止まっていた。

「ぐはっ! ぶほっ!」
 林 石龍もさすがにオニと言えた。まだ死んでいないのだ… しかしその口からは大量の血を吹き出していた。

「さ…さすがは…白虎… じっ、人類…最強の…わ、わしが… オニと化しても… ま、全くかなわわぬ…とは… ぶはっ!」

 すると、どうしたと言うのだろう…林 石龍の瀕死のつぶやきと死にかけた顔を見る白虎の瞳から、青白い輝きが次第にその輝きを失っていった。両手の爪が発していた輝きも同じだった。
 そして見る間に、完全体の白虎と化していた千寿 理せんじゅ おさむの身体が人間の身体へと戻っていく…
 痛みで閉じそうになる両目を驚きに大きく見開いたまま、林 石龍はその千寿 理の姿を見つめていた。

「へ、変身… か、解除…か… す、すると…お前は、し…死んでい、いなかった…のか…? ごふっ!」

 口から大量の血を吹き出す林 石龍の目の前で、白虎は完全に千寿 理の姿へと戻った。


*********************


「はっ! 俺はどうしたんだ…? たしか黒オニに全身を破壊されて…」
 
 俺は意識を失っていたようだった。黒オニと化したリン大人の無数の攻撃を受けて倒れるところまでは覚えているが…

「き、気が付いたか… り…リーよ… ごふっ!」

 俺は話しかけられた方に目を向けた。するとそこには、コンクリート壁に同心円状に大きく走った亀裂の中心にめり込んだリン 石龍シーロンの姿があった。その姿は右腕を肩から失って、瀕死ひんしの状態の有様ありさまだった。

「俺が…やったのか? 俺が…リン大人を?」
 俺は我が目を疑った。俺の方が瀕死ひんしの状態だったのに、気が付いてみれば逆に魔神の様な強さだったリン大人が死にかけている…

「そ…そうじゃ、お…お前が…か、勝ったんじゃ… じ、人類史上…さ、最強の暗殺拳…の…わしに…」
 俺は苦しそうにうめリン大人の身体を壁からそっと引きはがして床に横たえた。

「わ、わしは… お、お前…の… の、脳をか、完全に破壊…して、お…前を、完…全に… こ、殺した… ごふっ!」
リン大人が咳と共に大量に吐血とけつした。

吐血してスッキリしたのか、話す言葉が少し分かりやすくなった。

「お、お前は確かに…い、一度完全に、死んだのじゃ… じ、じゃが…その後にお…お前は…し、神獣白虎の完全体とな、なった…
わ、わしのち、力など…ま、全く…及びもせ、せんかった…ごふっ!」
ここでまたリン大人が吐血した。

 俺には見ている以外どうしてやる事も出来なかった。人ならばともかく、オニと化したリン大人を…

「わ、わしはもう…ダメじゃ…な… わ、わしのみ、右肩を見てみい…」
そう言われて右肩を見た俺は驚いた。
 俺にやられたとリン大人の言う、右肩の傷口が青白くほのかな光を発しながら、徐々に炭化しているのだった…
そして、白い炭と化したリン大人の右肩断面はハラハラとくずれていく。

「し、師匠! しっかりしてくれっ!」
俺はリン大人の姿を見て思わず叫んでいた。

「ほ、ほう… こ、こんな姿となり果て…お、お前を…こ、殺そうとしたわ、わしを… し、師匠とよ、呼んで…くれる…のか…?」
リン大人の目が、驚きで大きく見開かれた。

「今はそんな姿になっちまっても、俺はあんたにずっと感謝し尊敬していた。その気持ちを忘れた事など無い!」
俺はリン大人に向かって叫んだが、目からは涙が流れ落ちてきた。

そんな俺を不思議そうな目でながめながら、リン大人は再び話し出した。

「う、嬉しいのう… お、お前は…わしのさ、最後の弟子じゃ…
お、お前は…ひ、人では無かったが… わ、わしのい、一番に…可愛いで、弟子じゃった…よ… ごふっ!」
 リン大人がまた血を吐き出した。血だけではなく他の色も混じっている様だった。そして、右肩の炭化は青白い光を放ちながら進行していき
胸にまで達して来た…

「お、お前の…て、手で死ねる…わ、わしは…ほ、本望じゃ…て…
じ、じゃが…さ、最後に… い、言ってお、おかねば…ならん… ぶほっ!」

吐血しながら話は続いた…
「お、お前が…こ、この先で…出会う…ひ、一人のま、魔人…が、おる…
そ、そいつは… わ、わしより…は、遥かに…強い…
 し、しかし…び、白虎と化した…お前なら…あ、あるいは… た、倒せるか、かも…し、しれん… ご、五分五分…じ、じゃな…
そ、それほど… や、ヤツはつ、強い…」

そこまで聞いた俺はリン大人に聞かないではいられなかった。
「師匠! その魔人とは一体…?」

「そ、そのま…魔人の…な、名は…け、ケルベロス… じ、地獄のば、番犬…ケルベロス…じゃ…
わ、わしをお、オニに変えたのも… そ、そ奴…じゃ… ぶほっ…」

 そこまで話したリン大人はまた大量に吐血したが、血よりも他の体液の方が多く混じっている様だった。

「地獄の番犬、ケルベロス…」
俺は口の中でつぶやいた。

 リン大人の姿は右肩の炭化は右胸から腹部まで広がっていた。そして左の胸から首にまで及んでいく…

「も、もう… げ、限界の…よ、様じゃ… じ、地獄…から… む、迎えがき、来よった…」

 リン大人の顔は苦しみを通り越して、清々すがすがしい表情に変わっていた。俺はそんな彼の残った左手を握りしめてやった。

「り、リーよ… か、悲しむな… わ、わしはひ、人に害成す…た、ただのオニ…じゃ…
 わ、わしは…か、可愛いで、弟子のお、お前に…や、敗れて…し、死ぬるの…じゃ…
 こ、こんなに…う、嬉しいこ、事はな…無いわい… さ、さあ…ゆ、行け…
お、お前の…し、信じる…み、道を…す、進むの…じゃ…」

 リン大人の言葉はここまでだった…広がり続ける炭化は左の胸にまで及び、腹部はヘソにまで達してさらに進んでいた。よくこんな状態で話せたものだったと思える。俺はあらためてリン大人の精神力の凄まじさを見せつけられた思いだった。
 俺はリン大人の左手からそっと手を離した。彼に組ませてやる右手も載せてやる胸もすでに無い…

 俺は流れる涙をほほに感じながら、リン大人の顔を見た。すでにあごまで炭化は達していたが、その顔は俺の知る人間の頃のリン大人の顔へと戻っていた。
その老人の顔は、じつに安らかで穏やかな表情をしていた。
そして、その両目にまっていた涙が頬を伝って流れ落ちた。

「師匠… リン大人よ… あんたは人間として死んだんだぜ。
本当にあんたらしい、立派な最後だったよ…」
 俺は既に顔が消え、リン大人の残る左腕と両脚を見つめてつぶやきながら立ち上がった。

strongestストロンゲストの廃棄の他に、やる事が出来たな…
待ってろよ、ケルベロス… 俺が必ずこの手で貴様を叩きのめして、完全に滅ぼしてやる。」

俺は師であるリン大人に背を向け、一人むなしく歩き始めた。


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