【R-18】ヒッチハイカー:第32話『激闘!! 重機 vs 巨大魔獣! 伸田よ、安田巡査を救え!』
「さあ… 俺が来たからには、てめえらの一方的な殺戮ショーは、ここまでで幕を下ろさせてもらうぜ。
ライラにバリーよ、お前らが俺に向けてぶっ放してくれた荷電粒子砲のお返しをさせてもらおうか?」
車重が2.5tを越す『ロシナンテ』を軽々と持ち上げた牛頭人身の姿をした怪力無双の怪物バリーが、突然体当たりを食らわして来た白虎が背中に載せた右前脚一本を振り払って逃れる事が出来ずに手足をジタバタと動かすしかない様子を見た島警部補と皆元 静香は感動し、実際に拍手喝采を送りたい様な気分だった。
「白虎… アンタ、やっぱり生きてたんだね。
それにしても、荷電粒子砲でも死なないなんて…本当にしぶとい野郎だよ、まったく。
この、不死身のバケモノめ!」
そう白虎に向かって口汚く罵ったライラだったが、美しく魅力的だが酷薄な彼女の顔に、わずかだが嬉しそうな表情が浮かんでいるのに気付いた者は誰もいなかった。
もちろん、厳しい言葉を投げかけられた当の白虎自身も気付いてはいない。
「はっ! どの口からそんな言葉が吐けるんだ? お前らだけにはバケモン呼ばわりされたくねえ。
とにかく、お前らの撃った荷電粒子砲なんざ、俺をビビッて避けて通ってったさ。」
逃れようと暴れる巨漢のバリーを前脚一本で力強く押さえ込んだまま、白虎が即座にライラに軽口で応じた。聞いている限りでは、まるで人外の者同士の掛け合い漫才の様だった。
「その薄っぺらでマヌケな憎まれ口は、紛れもなく正真正銘の白虎のようだね。
とにかく、バリーの背中からアンタの前脚をどけな! さもないと、その前脚を叩っ切るよ!」
もうライラの口調には、残忍な響きしか聞き取れなかった。
そして彼女の右手には、いつの間にか黒革の表面張りをした長さ30cmほどの鞭の柄が握られていた。そして、彼女がだらりと地面に垂らした皮で編まれた鞭の表面には、金色に光る細かい金属の刃が無数に埋め込まれていた。
「この、地上最強の金属『オレイカルコス(オリハルコン)』の刃をちりばめた鞭の威力は、あんたも知ってる筈だね。
それに、音速の何倍も速いアタシの鞭さばきが加われば、どれだけ恐ろしいか。
ご覧っ!」
そう言ったかと思うと次の瞬間にはライラの左掌に、どこかで見た事のある黒い物体が載っていた。不思議な事に、その物体はまるで手品の様に突然ライラの左手に出現したのだ。
ライラが左手に載せてくるくると弄んでいる幾何学的な物体は、一つの面が鏡で出来ていた。よく見ると車のドアミラーである。
「ラ、ライラ! てめえ! なんて事しやがる! 俺の愛車のドアミラーを!」
目を剥いた白虎がライラに向けて吠えたてた。
そうなのだ。ライラは『ロシナンテ』から十mほど離れた地点に立って白虎に対峙していたのだが、彼女は人間の目では捉えられない速さで右手に持った鞭を一振りして『ロシナンテ』の運転席側のドアミラーの基部を切断し、また凄まじい速度で鞭を手元に手繰り寄せる事で巻き付けたドアミラーを自分の左手へと瞬時に移動させたのだった。
一連の動きの全てが人間の目には止まらぬ速度で一瞬の内に起こったため、『ロシナンテ』の運転席に座っていた鳳 成治にさえ気付かせはしなかったのだ。
この場において、ライラの神速の鞭さばきを目視で認識出来たのは、唯一白虎だけだったのだ。
「ふ… さすがは白虎だね。アタシの電光石火の鞭さばきを見切るとはね。でも、躱す事が出来るかい?
次は、この鞭でバリーの背中に載せたあんたの右前脚を狙うよ。もっとも…不死身のアンタなら、切断してもまた新しいのが生えてくるのかね?」
不気味に笑いながらライラが言った。彼女は間違いなく本気の様だった。
「確かにお前の『オリハルコン』の刃を埋め込んだ鞭と、その見事な鞭さばきなら俺の前脚は切断出来るだろうさ。だが、それと同時に俺の牙がバリーの喉笛を噛み切るぜ。
いいから試して見ろよ。俺は前脚一本だけで済んでも、俺の牙にやられたお前の双子のアニキはこの世から確実に消滅しちまうぜ。」
「・・・・・・・」
ライラは動けなかった。
神獣である白虎の牙と爪に傷を負わされれば、魔界の生物の肉体は消滅する。いかなる攻撃にも無敵で不死身を誇るバリーの肉体も、この点においては例外では無かった。
「おまけに今日は満月だ。悪いが、お前達以上に満月と相性のいい俺は無敵だぜ。
お前ら二人が寄ってたかって俺と相手をしても、残念だが勝ち目は無いと思いな。それに、お前らも今回の目的は別の所にあるんだろ?
ライラ、悪い事は言わん。今日の所は大人しく手を引け。」
ライラは白虎からの一方的な申し入れに、すぐには返事をしなかった。彼女の狡猾な脳細胞は目まぐるしく回転して考えていたのだ。
『確かに白虎の言う通り、アタシの鞭ならヤツの前脚一本くらいは簡単に切断出来るだろう。それに、あの車の連中だって皆殺しにするのは簡単だ。
でも…バリーはどうなる? それにアタシだって、神獣相手にバリー抜きで勝てるとは思えない…返り討ちに逢うのが落ちだ。
今回のアタシとバリーの任務は暗号名『ヒッチハイカー』の回収であって、神獣白虎との命懸けの闘いじゃない。』
ここまで瞬時に考えたライラは、白虎に向かって即答した。彼女の決断に少しの躊躇も無かった。神速を誇るライラは決断するのも早いのだった。
「はん… 確かに、あんたの仲間達を皆殺しにするってのは今回のアタシ達の目的じゃあない。成り行きでこうなっただけさ。
あのポンコツ車には前に痛い目を見せられたし、内調(内閣情報調査室)の特務零課課長の鳳 成治さんとあっちゃあ、アタシらの商売ガタキでもあるしね。
特務零課が出張ってるとくりゃあ、アンタらの目当てもアタシ達とおんなじ『ヒッチハイカー』なんだろ? でも、そっちは譲れないよ。」
ライラが時折『ロシナンテ』に乗る鳳の方にも目を向け、白虎の表情も窺いながら悔しそうな口調で言った。どうやら、彼女は白虎の申し出を飲む気になったらしい。
「俺のお気に入りの愛車をポンコツ車呼ばわりするんじゃないぜ、ライラ。
だが、お前の言う通りだ。俺達の目的も、お前らと同様ヒッチハイカーの確保だ。
だから、お前さん達には残念だが…そっちの方も諦めてもらおうか?」
「はっ! バカなこと言ってんじゃないよ! 誰がアンタの言いなりになんかなるもんか!」
ライラが怒りの形相凄まじく、汚いものでも吐き捨てる様に答えた。
「そう言うだろうと思ってたぜ… だが、これならどうだ!」
「ブモオオオオーッ!」
突然、白虎の前脚で押さえつけられて起き上がれないバリーの叫び声が上がった。
「バリーッ!」
それは一瞬の出来事で、ライラの神速の鞭さばきに匹敵するほど速く、人間の肉眼ではとらえられない動きで起こったのだった。
やはり今度も、白虎のその動きを目にする事はライラにしか不可能だった。だが、彼女も何が行われたかが認識できても止め立てする事は不可能だったのだ。
白虎の口には、いつの間にか噛み千切られたバリーの機械仕掛けの右前腕部が咥えられていたのだ。
前にも言ったが、バリーは右腕の肘から先を白虎との以前の戦いで失ってしまったのだ。不死身の再生能力を誇るバリーの肉体でも、天敵ともいえる神獣白虎の牙によって付けられた傷は再生出来なかった。
それ以降、バリーは失った右腕部分に機械化したパーツを交換可能なアタッチメントとして、目的や用途に応じて装備していたのだった。
今回の作戦で使用した『荷電粒子砲』ユニットや『電動式ミニガン』ユニットも、そうした交換パーツの一つである。
『黒鉄の翼』との空戦で使用不能となったミニガンを外して飛び降りる際に、ライラが相棒バリーのために『汎用型マシンアーム』を持ち出して来たのだった。
今、白虎がバリーの右腕から噛み千切ったのがこの汎用型『機械義手』だったのである。この『汎用型マシンアーム』は『荷電粒子砲』や『電動式ミニガン』の様な武器としてよりも、バリーの普段の義手として用いられてるパーツなのだ。
先ほど、『ロシナンテ』を持ち上げる際にも威力を発揮したが、通常の右腕としての作業は全般的にこなす事が可能だった。しかも、この特殊チタン合金製の義手はバリーの怪力で用いられれば、工事用の重機以上の威力を発揮する事が可能なのだ。格闘戦に用いれば、戦車の装甲を大きく凹ますほどのパンチを生み出すほど頑丈な代物なのである。
その特殊チタン合金製の『機械義手』を、白虎は一瞬にして噛み千切ってしまったのだ。バリーの生身の腕と『機械義手』の接合部分は残った状態なので、白虎は堅牢な特殊チタン合金部分を自前の牙で切断してしまった事になる。恐るべき白虎の牙…
白虎は大きく首を振って口に咥えていた『機械義手』を遠くへ放り投げると、ライラに向かって言った。
「次は手加減抜きでバリーの生身の部分を噛み千切ってやるぜ。俺の牙にかかったら、バリーの運命はどうなるか分かってるよな…?」
「アンタがその気なら、こっちだって!」
「ギャギャギャッ! ブオオオオオーッ!」
ライラが『オレイカルコスの鞭』を握って『ロシナンテ』を振り返った時、鳳 成治が車をバックで急発進させていた。前方に立っていたライラから『ロシナンテ』が急速で後退し遠ざかって行く。
「ちぃ! 待ちやがれ!」
ライラが歯ぎしりしながら、『ロシナンテ』を追おうとした時だった。
「キュイーンッ! ズッドーンッ!」
ライラと『ロシナンテ』とを結ぶ直線上の中央付近で半径2mにも渡る範囲の地面が突然爆発し、降り積もった雪と大量の土砂を吹き飛ばした。まるで、戦車の砲弾が飛来して炸裂した様な有様だった。
いったい何が起こったのか、ライラだけでなく、その場にいた誰にも分からなかった。
「ライラ! 次は、この『超電磁加速砲』をアンタに当てるわよ!」
突然の地面の爆発に続いて上空からスピーカーを通した女性の声が響いて来た。地上にいた全員が見上げた上空に吹き荒れる吹雪の中で静止飛行していたのは、光学迷彩を施していない『黒鉄の翼』の真っ黒な機体だった。
『黒鉄の翼』は、先ほどのライラ達の乗っていた『ブラックホーク』との戦闘で見せた『白銀の翼』から本来の姿へと戻っていた。
「またお前か! この女、アタシに命令しようってのか!?
このライラ様が、そんな腐れダマに当たってたまるかよっ!」
余裕たっぷりの表情で不敵に笑いながら、ライラが上空の『黒鉄の翼』を見上げて吠える様に叫んだ。
「確かに、アナタの神速の動きなら当たらないでしょうね。
でも…うちの所長の足元で地面に這いつくばっている、あなたの相棒のバリーの方はどうかしら?
いくら不死身のバリーだって、この距離で超電磁加速砲の直撃を喰らって木っ端微塵になったら、元通りにくっついて再生するにはさぞかし時間がかかる事でしょうね。」
上空から聞こえる風祭 聖子聖子の声は、怒り狂うライラに反して冷ややかだった。
「くっそお… バリーのマヌケめ!
あんな人間のクソ女に、このアタシが一晩に二度も舐められるなんて…」
ライラが白虎に前脚で押さえつけられて横たわるバリーの方を振り返り、妖しくも魅惑的な唇を血の滲むほど噛んで悔しがった。
誇り高い彼女には腸の煮えくり返る思いだったのに違いない。
「ううむ… お前の妹のライラといい、うちの聖子君といい…どっちも飛び切りの美女なのに 女の戦いほど恐ろしいものは無いぜ。
なあ、バリー?」
白虎が自分で前脚一本で地面に押さえつけているバリーに向かって語りかけると、バリーが呻き声で答えた。
「ブ…ブモオ…」
どうやら、賛成しているのだろう。現状においても、この点に関してはバリーも白虎に同感の様だった。
********
「キュラキュラキュラッ! ガガガガガガーッ!」
「くっそお! このクソユンボ野郎があっ!」
一方、所変わって白虎達から少し離れた場所では、SIT(Special Investigation Team:特殊事件捜査係)の安田巡査の運転する重量が13t余りある油圧ショベルが巨大な蜘蛛型の姿をしたの怪物ヒッチハイカーとの間で、重機対巨大魔獣の超重量級の戦闘を繰り広げていた。
すでに怪獣とでも言うべき巨大な存在と化したヒッチハイカーがSIT隊長の長谷川警部とウインドライダーの伸田を追おうとするのを阻止するべく、製材所の敷地から持ち出して来た大型トレーラーに積載されていた油圧ショベルで安田巡査が攻めかかったのだ。
安田巡査は〇✕県警に採用される前は陸上自衛隊での勤務歴があり、そこで特殊車両の免許取得と運転技術を身に着けたのだった。
彼には戦車の運転経験もあったのだが、この陸上自衛隊の駐屯地でも無い山中で戦車が存在する筈も無く、パワーだけでも怪物に対抗するために製材所の敷地内に油圧ショベルを積載したまま駐車されていた大型トレーラーを、長谷川警部と安田巡査という二名の現役警察官が無断で勝手に拝借して来たのである。
大型トレーラーの方は長谷川警部が怪物ヒッチハイカーに対して特攻を仕掛けて大破炎上してしまったが、油圧ショベルに搭乗した安田巡査はいつでも動き出せる様にエンジンをかけたまま、少し離れた地点で状況を窺っていたのだった。
「ギリギリギリッ!」
「ギシギシッ!」
ヒッチハイカーの巨大な前脚二本を受け止めている油圧ショベルのアームが悲鳴を上げていた。掘削用アームのブームと呼ばれる部分を動かすための油圧ダンパーが軋み、俗に『キャタピラ』と呼ばれる足回りのクローラーが雪の積もった地面で空回りを起こしていた。
つまり、安田の操る重機の油圧ショベルはヒッチハイカーを前方へと押そうとしているのだが、実際には怪物の圧倒的な力で逆に押し返されているのだ。
ヒッチハイカーの力は既に、重機である油圧ショベルの馬力をも上回っていた。
この巨大な蜘蛛型をした怪物の動きを止めるためには、更なる大型の重機か戦車の様な陸戦型機動兵器を持って当たるしか方法は無かった。
もちろん、この場にそんな便利な代物が都合よく存在する筈も無かったが…
「くっそおっ!」
安田は怪物をパワーで押し返すのをあきらめ、クローラーを逆回転させた。そして互いのがっぷりと組んでいた姿勢から急速後退して抜け出すと同時に、本体とクローラー接続部の旋回モーターを急回転させ、アーム先端に付いた鋼鉄製の掘削用バケットをヒッチハイカーの前脚めがけて水平に薙ぎ払った。
「バキバキ! グッシャーッ!」
「ぐわあああっ!」
胸の悪くなる様な音と怪物の上げた悲鳴が、周辺に響き渡った。
緑色の体液を噴水の様に撒き散らしながら怪物の左前脚が第二関節部から千切れ飛んだ。予想外の油圧ショベルの攻撃に怯んだ蜘蛛型の怪物に向けて追い打ちをかける様に、安田巡査は掘削用バケットの鋭い先端部を前方に突き出したまま急速で前進をかけた。
「食らえっ! バケモノっ!」
「ぐっしゅーッ!」
ヒッチハイカーから見て左斜め前方から特攻をかけて来た油圧ショベルの鋼鉄製バケット部の先端が、怪物の針金状の剛毛に覆われた巨大な卵型をした腹部に半分ほど突き刺さった!
またもや噴き出したヒッチハイカーの体液が吹雪の中を飛び散り、地面に降り積もった雪を緑色に染めた。
「ぐっっぎゃああーっ!」
「やったか!?」
ハッキリとした手ごたえが安田巡査の握る操作レバーに伝わって来た。ヒッチハイカーの身体に突き刺さったバケット部からアーム部へ、そして油圧ショベルの運転席に乗る安田にまで怪物の身体が痙攣する様な振動が感じられたのだ。
「これはヤツの断末魔の痙攣か…?」
安田は運転席を覆う強化樹脂製の風防を通して、頭上に位置する怪物の人間体部分を見上げた。今は眼を閉じ動きを止めたヒッチハイカーの人間形態を残した裸の上半身も、ブルブルと細かい痙攣を繰り返すのみだった。
「ふううう…」
安田は深いため息と共に、油圧ショベルを操作するのに力が入りっぱなしだった手足の緊張をゆっくりと解き始めた。
元来アメフトを含めてスポーツ万能でSITでの日々の訓練で鍛え上げた安田の肉体も、これまでは極度の緊張で何とか踏ん張ってはいたが、重なる疲労と厳寒の吹雪の中での体温の低下により限界を超えていたのだ。
「へっ、へへへ… いい線いってたぜ、お巡りさんよお。」
安田は自分の耳を疑った。
嘲笑の響きを帯びた声の聞こえた頭上を見上げた安田の顔に恐怖の表情が浮かんだ。遂にとどめを刺せたと思っていたヒッチハイカーが閉じていた目を開き、自分を見下ろした顔に薄笑いを浮かべていたのだ。
「たしか、お前はチェーンソーで俺の太ももをぶった斬ったポリ公だったよなあ。
今度はユンボまで持ち出して来やがって。お前の執念と根性は認めてやるぜ。だが、相手が悪かったな…
俺は人間捨てちゃったからなあ。なかなか死ねないらしいや。」
ニヤニヤ笑いを浮かべながら話すヒッチハイカーの声を聞いていた安田の感情は、次第に恐怖から怒りへと変わって来た。
怒りが疲弊していた安田巡査の闘志に点火し、再び彼の全身に力を呼び覚ました。
「くっそお! もう一度だ!」
「ギギギギーッ!」
安田はシフトレバーをリアに入れると右足でフットペダルを目いっぱい踏み込んで油圧ショベルの車体を急速で後退させ、ヒッチハイカーの腹部に突き刺さっていた鋼鉄製のバケットを引き抜いた。
「ぐぼっ!」
再び胸の悪く音が鳴ると共に緑色の体液を散らしながら怪物の身体から抜き取ったバケットを前方に突き出したまま、全力でクローラーを前進させた。
「もう飽きたんだよ、ポリ公!」
「キン、キン キンッ!」
ヒッチハイカーが喚くのと同時に、金属同士をぶつけたような音が三回響いた。
「ドシーンッ!」
「ガガガガガガッ!」
何が起こったのか安田には分からなかった。
突然力を失った油圧ショベルの重い掘削用アームが地響きを上げて地面に倒れ込み、重量バランスを失って後方部分が浮き上がった油圧ショベルのクローラーが空中で空しく回転した。
車体の後方が浮き上がったため、運転席の安田巡査の身体はシートから離れて不自然な格好で操作盤に押し付けられた。
「な、何だ? 何が起こった!?」
ヒッチハイカーの人間形態の左腕から伸びる触手の先端部が変形した金属さえも簡単に切り裂く刃が、油圧ショベルの掘削用アームを支持して動かすための三か所の油圧ダンパーの金属製シャフトを4本、瞬時に切断したのだった。このため支えきれなくなった前方に突き出したアーム自体の重量で、安田の乗った運転席のある本体部分がバランスを失って前のめりの状態となったのだった。浮き上がってしまったクローラーは空中で回転するだけで、安田の油圧ショベルは後退して逃げる訳にもいかなかった。
「くそっ! これまでか…」
安田は床に置いてあったSIT主要装備のSMG(サブマシンガン)を拾い上げて、外で戦うべく運転席のドアを開けて飛び出そうとした。
「ガシャッ! ガシャガシャ!」
安田の意に反していくら把手を動かしてみても運転席のドアは開かなかった。
「はっはははははあーっ! 逃がすかよ、ポリ公!
お前はその運転席の中に閉じ込められたままペシャンコだ。覚悟しな!」
「メキメキッ! バキバキバキッ!」
ヒッチハイカーの残った七本脚のうち右前脚で運転席ドアを押さえたまま、他の脚も安田を乗せたままの油圧ショベルを包み込んでいった。
鋼鉄製のフレームがへしゃげ、透明だった強化樹脂製の風防が圧力を受けて白濁してくると共に幾つもの細かい亀裂が走った。ヒッチハイカーは恐るべき力で抱え込んだ油圧ショベルの運転席を、乗っている安田ごと圧壊させようとしているのだった。
「やめろ! やめてくれえええっ! うわああああぁーっ!」
「メキメキメキメキッ!」
やがてヒッチハイカーの数本の脚に包み込まれた運転席部分は見えなくなり、安田の上げる絶叫だけが吹雪の中に響き渡った。
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「長谷川隊長! 『夕霧橋』が見えてきました! もうすぐです。
あの近くに鳳さんや島警部補達がいる筈です。」
ウインドライダーシステムをフル稼働させてSIT隊長である長谷川警部を両腕で抱えながら飛行する伸田が、視界に広がって来た『夕霧谷』一帯と『木流川』に架かる『夕霧橋』を見て言った。
「ああ、私にも見えるよ。足手まといで済まない、伸田君…」
「何を言ってるんですか、長谷川隊長。もうすぐですよ。」
弱気になって恐縮したままの長谷川を力づけながら、伸田は『夕霧橋』を目指して飛び続けた。
『早く戻らないと、安田さんがヒッチハイカーにやられちゃう…』
伸田は心の中で、自分達を逃がすために油圧ショベルで怪物を引き留めた安田巡査の無事を案じた。
『今のヒッチハイカーの巨大さとパワーに、あの油圧ショベルでどれだけもつか…
僕が早く戻らないと。』
伸田は長谷川に対しては落ち着いた態度を見せてはいたが、内心は安田の身が心配でならなかったのだ。
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「警告! 南西方向の低空より『夕霧橋』に接近する飛行物体あり。味方機です。
識別信号より試作型『wind rider』1号機と判明。伸田氏の装着した機体です。もう一名の人間と共に、こちらに向けて飛行中…
超望遠カメラで姿を捉えます。」
突然、『ロシナンテ』車内に車載型自立思考人工知能である『ロシーナ』の声が響き渡った。
「伸田君だと? いったい、彼は誰と一緒だというんだ…?」
運転席に座る鳳 成治が首を傾げながらつぶやいた。
だが、その疑問は超望遠カメラで捉え液晶モニターに映し出された映像で、すぐに判明した。
「あっ! あれは、うちの長谷川隊長だ!」
後部座席に座る島警部補が、液晶モニターに拡大された飛来者の姿を見て叫んだ。
隣りに座る静香も両手を組み合わせてモニターに映る映像に見入っていた。
「なんで彼が伸田君と一緒なんだ…?」
運転席の鳳は、まだ納得出来かねるという様に首を捻ってつぶやいている。
この時、『ロシナンテ』の車内にいる3人は、自分達から少し離れた地点で繰り広げられた伸田と2人のSIT隊員達の壮絶な戦いを知らなかったのだ。
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「ん? 伸田が戻って来たようだな。」
バリーの身体を前脚で俯せに押さえつけたまま白虎がつぶやく。
「ありゃ…何だい? ちっこいのがこっちに向かって飛んで来やがった。人間を一人抱えてるようだね…」
白虎と同様に、ライラもウインドライダーの方を見て言った。
この人外の者達は航空監視レーダーや望遠カメラなど無くとも、数百m離れた吹雪の中を飛ぶウインドライダーシステムのドローンのプロペラを回転させるモーター音ですら聞き取れる驚異的な聴力と目視出来る視力を備えていたのだった。
「おっと、アイツにも手を出すんじゃないぜ。あれも俺の連れだ。」
「はん! お友達の多いこった。
分かったよ。ホントなら皆殺しにしてやりたいところだけど、今は我慢してやる。」
ライラが口にした物騒な台詞は冗談などでは無かった。彼女がその気になれば、ここに居る白虎以外の人間達は簡単に皆殺しにされてしまうだろう。これまでの付き合いから、それを十分に承知している白虎はライラに対して一刻も気を抜く事が出来なかった。
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「ん? 白虎さんの足元に巨漢が一人と、少し離れて向かい合ってる魅力的な女の人… どうやら、二人とも敵の様だけど…いったい、ここで何が起こってるんだ?」
ようやく『ロシナンテ』の傍にたどり着いた伸田は車内から出て来た3人の前に運んで来た長谷川警部の身体をそっと下した。
「隊長! 大丈夫ですか?」
長谷川の身を心配して駆け寄った島が、地面にしゃがみ込んで上司の安否を確認する。
「ああ、私は大丈夫だ。伸田君と安田に助けられた。
私の事よりも、安田が怪物と戦っているんだ。頼む、一刻も早くヤツを助けてやってくれ。」
地面に座り込んだままの長谷川が、部下である島警部補にすがり付くようにして必死に訴えた。
「何ですって! 安田が?」
島を含んだ3人が長谷川と伸田の二人を交互に見つめながら同時に口にした。
「僕は安田さんを助けに戻ります。シズちゃん、すまない。待っててくれるね?」
伸田は逢いたくてたまらなかった愛しい恋人の静香に向かって、それだけを言った。
本当は互いの無事を喜んで力強く抱きしめて優しい言葉をかけてやりたかった。もう二度と彼女から離れたくは無かった。
だが、自分達を逃がすために命懸けでヒッチハイカーと戦っている安田を見殺しにする訳にはいかない。悲しいけど、これは僕の戦いなんだ。死んでいった仲間達のためにも、自分自身のためにも…
言葉にこそしなかったが、その強い思いを心に抱きながら静香を見つめる伸田の眼は不思議な事に澄み切っていた。
その愛しい恋人の眼が自分に訴える思いを確かに読み取った静香は、しっかりと伸田の目を見返したまま何も言わずに大きく頷いて見せた。
心の通じ合った二人にはそれ以上の言葉は必要無かったのだ。
「行くんだな、伸田君?」
「安田を助けてやって欲しい。頼みます。」
鳳と島がそれぞれ伸田に声をかけた。
「はい、必ず安田さんを助けます。」
伸田は二人に向かって力強く頷いた。
『待ちなさい、伸田君。』
伸田が被るウインドライダーシステムのヘルメットに内蔵された通信デバイスから、女性の声が話しかけて来た。
新宿カブキ町の『千寿探偵事務所』の秘書である風祭 聖子聖子の声だった。
「聖子さん…?」
『そのままじゃ、ウインドライダーシステムのバッテリー残量が心許ないわ。そんな状態じゃヒッチハイカーと戦うどころじゃない。一度『黒鉄の翼』に戻って。
フル充電された予備のバッテリーパックがあるから、それに換装し直しなさい。それに、現場まで送ってあげるわ。』
「でも、今ここの状況で『黒鉄の翼』までいなくなったら…」
伸田がライラとバリーを交互に見て、心配そうに聖子に言い返した時だった。
「ぐわおおおおおーっ!」
突然、大地を揺るがすような猛獣の雄叫びが響き渡った。その場にいた全員が仰天して雄叫びの上がった方を見た。
「びゃ、白虎さん?」
「小僧っ! てめえ、俺を誰だと思ってやがる! 『黒鉄の翼』がいなくなったって、こんなチンピラ二人組ごときに俺が後れを取る筈がねえだろうが!
安心しろ! お前の大事な人は俺が必ず守ってやるから、友達を助けて来い! それに、今度こそヒッチハイカーにとどめを刺すんだぞ!
早く行けっ!」
さっきの雄叫びほどでは無かったが、遠くまで通る白虎の叫び声が伸田達全員の耳に痛いほど突き刺さって来る。
「分かりました。白虎さん! 静香を…僕の未来の妻と、彼女のお腹の子を頼みます!」
そう言った伸田は、もう一度静香に向かって微笑みかけながら力強く頷き、鳳と島、長谷川達の3人にも手を振ると、上空で空中停止飛行している『黒鉄の翼』に向けて飛び立った。
吹雪の中を上昇していくウインドライダーを見上げながら、白虎がニヤリと不敵な笑みを浮かべてつぶやいた。
「頼まれたぜ。任せろ、相棒…」
【次回に続く…】