風俗探偵 千寿 理（せんじゅ おさむ）：第３話「スーパー秘書・風祭聖子」

　秘書が俺の顔と、俺のイチモツに喰くらいついているシズクの後ろ姿を交互こうごに見ていた。幸さいわいなことに俺のイチモツそのものはシズクの頭の陰かげになって秘書からは見えていないだろう。
　しかし、間抜けな光景である。下半身を丸出しにしてフェラチオをされている自分の上司と、数ｍの距離で向かい合って目と目を合わせている秘書…

　俺に何の言い逃のがれが出来ただろうか？　男女の関係でもない女性の部下に性行為もしていないのに、射精の瞬間の恍惚こうこつとした表情まで見られてしまったのだ。
　浮気現場を女房に押さえられた男よりも悲惨ひさんだった。穴があったら入りたかったが、俺のイチモツはすでにシズクの口の穴に入ったままだ。秘書の表情を見ているうちにだんだんとしぼんではきていたが…

「オホンッ！」

　秘書がわざとらしい咳せきをした。シズクはちょうど飲みにくいと思われる俺の濃厚な精液を全て飲み下したところだった。
　彼女は尿道に残った精液まで丁寧ていねいに絞しぼり出して吸い尽くし、イチモツ全体を綺麗きれいに舐なめ清めてから、やっと口から俺を開放してくれた。
　俺は解放されたイチモツを、みっともなく左手で隠しながら右手でパンツをずり上げた。シズクは口の周まわりを舌でペロペロと拭ぬぐいながら甘えた声で俺に言う。

「もうう…オサムちゃんったら、さっきあんなに濃いのをシズクの口に出したばっかなのに、またこんなにいっぱい濃い精子を出すんだからあ…美味おいしいんだけど、シズク喉のどが痛いし顎あごも疲れちゃったあ…」

　そこまで言ったシズクは、ようやく俺の指さす方を振り返り秘書と目を合わせ、さすがにバツが悪そうになって苦笑しながら放り出してあった自分の荷物をまとめ、腕組みをして立った秘書の横をすり抜ける際に軽く会釈えしゃくをして入り口に向かった。
　そして、入り口で俺を振り返ったシズクは秘書の前であろうがお構いなく、俺に向かって大きな声で叫んだ。

「シズク、今日オサムちゃんの精子いっぱい飲んだね。今度はあたしのアソコの中にいっぱい出してねえ！」

　そう言い終わるとシズクは秘書に向かって舌を突き出しながら、俺に手を振って事務所を出て行った。俺も少しだけ手を振り返しかけたが、目の前の秘書の突き刺さるような視線が怖こわくてすぐにやめた。
　そして思い出したように、苦笑にがわらいを浮かべつつズボンを引き上げてベルトを締しめた。

秘書はまだ腕組みをしたままで俺を怖こわい目で睨にらんでいた。

　ここらで俺の秘書を紹介しなければいけない…　彼女の名前は風祭かざまつり聖子せいこ、俺の非常に優秀な秘書だ。

　現在、午後０時10分…　うちの事務所は午前９時に開業なのだが、何故なぜこんな時間に出勤してくるのか不思議に思うに違いない。用事があった訳でも無く、体調が悪かったわけでも無い…俺が思うにおそらく単なる寝坊だろう…いつもの事だ。

　所長は俺で、風祭かざまつり聖子せいこは俺の秘書だ。やはりどう考えてもおかしい。俺は午前９時には事務所を開業しているのだ。もっとも、ここは事務所兼俺の自宅でもあるから出勤する苦労は無いのだが…

　秘書である風祭かざまつり聖子せいこの、この様に傍若無人ぼうじゃくぶじんな所業が許されるのには実は訳があるのだ。
　それは、この『千寿せんじゅ探偵事務所』のある『wind festivalかざまつり』ビルのオーナー…つまり所有者は風祭かざまつり聖子せいこその人なのである。
　ここは彼女の持ちビルで、俺は大家である聖子にテナントとして事務所を構えさせてもらっている身なのだ。しかも、格安の値段で…　
　だが、その家賃も数か月分が未払みばらいのまま滞とどこおっていた。したがって、俺は彼女には頭が上がらないのだった。

　風祭かざまつり聖子せいこは、俺の事務所のある『wind festivalかざまつり』ビルの前のオーナーだった風祭かざまつり弦蔵げんぞうの未亡人なのである。
　夫の弦蔵げんぞうの死後、この『wind festivalかざまつり』ビルを含めたカブキ町の地所の多くを相続したのが、年の差のかなり開いた妻であった聖子せいこなのである。
　彼女が若くして夫から受け継いだ資産は、地所を含めて数十億に上るとカブキ町界隈かいわいでは噂うわさされている。

　そんな風祭かざまつり聖子せいこが、多くの持ちビルの一つにしか過ぎない『wind festivalかざまつり』ビルの中のテナントの一つである、『千寿せんじゅ探偵事務所』の秘書などに何故納なぜおさまっているのかは、誰も知らなかった…　もちろん、俺も知らない…

　おそらく、彼女の有閑ゆうかんマダムとしての道楽なのだろう。有り余る金は投資や株式でさらに増やしていく傍かたわら、探偵稼業と言う非日常的でスリリングな仕事の一端を担にないたい…てなところなんじゃないか。

　しかし、風祭かざまつり聖子せいこは、ただ金と暇ひまを持て余すだけの有閑ゆうかんマダムではない。
　前章で述べた様に、聖子は国家的規模の情報に仕掛けられたどんなに困難なセキュリティでも、容易たやすく突破してしまうほどのスーパーハッカーなのであった。
　彼女には何重にも張はり巡めぐらされたセキュリティ上の、対ハッカー用の落とし穴や罠わなを物ともせずに目当てのコンピューターにたどり着き、相手の支配を完全に乗っ取ってしまう事までやってのけた。それも彼女は市販のノートパソコンを使って、相手は国家の中枢を担うスーパーコンピューターである。

　しかも、痕跡こんせきを残さず追跡もされずに持ち出したい情報のみを抜き出してしまうという、スーパーハッカーどころか電脳世界を支配する女王である…と言うのは俺の感想だが、とにかく物凄ものすごい女性なのだった。

「で…？」と、聞いてくる聖子。

「え…？」と、答える俺。

「え、じゃなくて何をしていたんですか…？　神聖な職場で所長のあなたが！」

「ドンッ！」と、俺のデスクを拳骨げんこつで叩たたく聖子。俺はどう答えていいものなのか一生懸命考えたが、思いつかなかった…

「い、いや…　その…　今朝、依頼人があって…　捜索対象が…　シズクが…　情報を…　顔を覚えてて…　モンタージュを…　………」

　俺は自分でも何を言ってるか分からず、語尾はゴニョゴニョと尻すぼみになってしまった。

「何を言ってるのか分かりません！　ハッキリおっしゃい！」
と、聖子のカミナリが落ちた。
　俺はさっきシズクが飲み残した水を飲んだ後に深呼吸をして心を落ち着けた。なに、見られちまったもんは仕方ない。そう俺は開き直る事にした。

　そして今日、川田氏が来所して来てから依頼を引き受けたまでの経緯けいいを、詳細に聖子に話して聞かせた。もちろん、シズクのフェラチオに関してはすっとぼける事にした。

　話の顛末てんまつを聞き終わった聖子は、キッチンに立ってコーヒーを淹いれ始めた。彼女の入れるコーヒーは俺のほどでは無いが結構うまいのだ。

「それで、所長はあのフェラチオ娘に聞いてモンタージュ写真を作って見たら、所長の昔の親友に似ていたと仰おっしゃるんですね。」
と、コーヒーを淹いれながら聖子が言った。いい香りがしてきた。

「似てるなんてもんじゃないさ、聖子君。あれは、間違いなく俺の旧友の鳳 成治おおとり せいじだ。あのシズクって娘は多少頭は軽いが、自分の興味ある事柄ことがらに関する記憶力は抜群ばつぐんなんだ、俺が保証する。」
　そう言った俺を、何か汚いモノでも見るような目つきで冷ややかに見つめた後、聖子は一つ大きなため息をついてコーヒーを飲みながら言った。

「それじゃあ、その鳳 成治おおとり せいじさんの事を私が調べてみましょう。所長は現在の彼の事を、どの程度ご存じなんですか？」
　そう言った聖子は秘書用の自分の机に向かい、椅子に腰かけて机上きじょうのパソコンを叩たたき始めた。早出勤はやしゅっきんの俺の日課でパソコンは起動済みだった。

　俺は、現在自分の知る限りの鳳 成治おおとり せいじの情報を聖子に話した。と言っても、俺は高校卒業後のヤツの消息は知らない。だが、俺から聞き出したヤツの珍しい名前と実家の住所、親父のへんてこりんな商売から聖子は情報を絞り込んでいく。
　ヤツの親父は陰陽師おんみょうじなんて妙ちくりんな商売をしていて、神社の神主の様な事をしてやがる。俺は何度か親父さんと顔を合わせたし、話をした事もあった。一見気難しそうだが、なかなか面白い親父さんだった。
　
　これだけの情報で恐るべきスーパーハッカーの未亡人秘書、風祭かざまつり聖子の手にかかれば鳳 成治おおとり せいじの情報が引き出されていく。彼女にかかれば情報と名の付く物は何も隠しておくことが出来ない。
　そして、聖子の調べ上げた情報では鳳 成治おおとり せいじは高校卒業後に俺とは違う大学に進み、大学卒業後は陸上自衛隊に勤務、自衛隊の防諜ぼうちょう部隊である「自衛隊情報保全隊」に所属していた。階級が三尉まで務めたが中途退官した。

　ここからが聖子の腕の見せ所だった。鳳 成治おおとり せいじの自衛隊退官後の情報は機密扱いとなっていて、通常のアクセスではたどり着けないセキュリティがかかっていたのだ。だが電脳世界の女王の異名を取るスーパーハッカー風祭かざまつり聖子にとっては、その程度のセキュリティなど、コーヒーブレイクのスイーツを食べながらでも突破可能だった。

　そして得た鳳 成治おおとり せいじの自衛隊退官の理由は、内閣情報調査室に勤つとめ、ヤツの大学の先輩でもあった北条 智ほうじょう さとるが、内閣情報室内で新しく組織される北条が率ひきいる特務零課とくむぜろかに引き抜くためだったと、関係者以外閲覧えつらん不可能な扱いとされた公式記録に記載きさいされていた。
　この特務零課とくむぜろかという内閣情報室内のセクションの存在自体がトップシークレットの様だと聖子は言った。
　その後、課長である北条が辞職したために、後継として内閣情報調査室特務零課とくむぜろか課長職に就ついて現在に至いたっている。
　ここまでが聖子の調べ上げた、俺の知らない鳳 成治おおとり せいじの経歴であった。

「それにしても、鳳おおとりのヤツは俺の知らない間に、一般人の知るところではない国家の諜報ちょうほう機関を渡り歩いて来たってわけか。鳳おおとりは筋金すじがね入りのスパイ野郎になりやがったんだな…　あの物静かで優しい男だったアイツがなあ…」
　俺はガキの頃からなぜか馬の合った鳳 成治おおとり せいじの面影おもかげを思い出してつぶやいた。ヤツは物心ついた頃から高校三年までの期間を、いつも一緒に過ごした俺の旧友だった。

「所長…　フェラ娘の記憶だけでなくて、フェラ娘が鳳おおとりと一緒にいた依頼対象の川田明日香あすかを目撃したと言う、ラブホテルの監視カメラの映像を検証してみましょうか？」

　聖子はいやに『フェラ』という言葉を強調してくる。俺への嫌味いやみのつもりだろう。だが、実際に聖子にフェラチオの現場を押さえられた俺は、ぐうの音ねも出なかった。

「そ、そんなことが出来るのか？　だいたい、プライバシーの面でラブホテルに監視カメラが仕掛けられてるなんて話は、俺ですら聞いたことが無いぞ。それに、なんでお前さんがそんな事知ってるんだい？」
　俺は当然の疑問を聖子にぶつけた。これには聖子の方が少したじろいだ様だった。

聖子は答えにくいのを無理して口に出すようにして言った。
「ラブホテルっていうのは、密室で隠れやすいため犯罪行為がとても起こりやすい場所なんです。プライバシーを保つと言う点で安全であるかの様に錯覚されがちですが、中で犯罪が行われた場合に情報を提供する事から警察関係も承知の上で、各個室及び廊下や階段などにも隠しカメラが仕掛けられてるんです。ですから、中で何が行われ誰と誰が存在したかなんていうのは簡単に確認可能なんです。
　しかし、これ自体が犯罪行為に該当がいとうするために公表する事が出来ないので、一般には知られていませんが…」

　俺は聖子の説明に開いた口が塞ふさがらない思いだった。ラブホテルってのは真まっ当とうな関係の男女やそれ以外のカップルだって、愛し合うのに使う場所じゃないか…　犯罪が起こりやすい場所ってのは理解出来るが、そんな事が許されていいのか？　俺は関係している連中に怒りが湧わいてきた…　許せん。
　待てよ…　たしか聖子の所有する不動産関係の物件の中にラブホテルもあったはずだ。彼女自身がラブホテルのオーナーでもあるのだ。という事は、俺の怒りの対象に聖子も含まれることになる。
　そんな俺の気持ちが聖子を見る視線に表れたのだろう、彼女は俺の目を真っ直すぐに見られないようだった。

「まっ、そういうもんだってんなら仕方が無いか…　お前さんを責めてみたって世間の仕組みが変わる訳じゃない。その代わり…　今度俺に録画した盗撮動画を回してくれないかな。後学こうがくのために…」
　俺は気まずくなった雰囲気を和やわらげるために聖子にウインクして言った。彼女は俺のそんな心情を理解して、ホッとしたように身体の力を抜いた。
　聖子は非常に頭のいい女性だから、俺の言いたい事は理解しただろう。こんなくだらない事で彼女との関係性を壊こわすつもりは、俺にはさらさら無かった。
聖子の目には、俺の態度への感謝の気持ちが表れていた。

「それじゃあ、ラブホテルの監視カメラに映った鳳おおとり達の動画ってのを見つけ出してもらおうか。あんたなら簡単な事だろう？」
俺は何も無かったように聖子に指示した。

「もちろんです、所長。」
　ラブホテル自体もだいたいの日時も分かっているのだ。聖子にとっては児戯じぎに等しい検索だった。すぐにパソコンの画面に監視カメラによって撮影された当時の映像が映うつし出された。
　シズクと問題の二人がすれ違う廊下の地点では、ちょうど対向するカメラが仕掛けられていて一人で歩くシズクの顔も、シズクに向かって歩く男女の顔もハッキリと捉とらえられていた。俺が指示するよりも早く聖子は男女の顔をそれぞれ拡大して表示し、画面上のノイズを取り除いて顔が鮮明に表示される処理を施ほどこした。
　女の方は川田明日香あすかに間違いなかった。しかし、彼女の表情はシズクが言っていた様に虚うつろで、自分の意志で歩いている様には見えなかった。男に引っ張られて、ただついて行っている様に見える。

そして、ハッキリと映し出された明日香あすかを引っ張る男こそ…

間違いなかった。俺の竹馬ちくばの友…鳳 成治おおとり せいじ本人だった。