君と二人で駆け抜けた戦場… 第5話「姿を現した古の超兵器…」
俺はユヅキと走った。二人が持つ水晶の導くままに…
この外観上は遺跡にしか見えないが、内部は超近代的な…いや、もっと文明が進んでいるのかもしれない技術で造られた建築物の中を必死で走った。
どのくらい走っただろうか?
今では水晶の発する光の明滅は止まった様に見える…
つまり、明滅の「滅」が無くなり二人の水晶は光ったままだった。
と、いう事は… 俺達の目指していた場所に到達したという事なのだろうか?
だが…ここにあったのは、周囲が明らかに人工の物では無い天然のそびえ立つ壁と、数十メット(1メットは地球での長さの単位1メートルに等しい)の壁の上部からはるか下へと、延々と大量の水を流し続ける幅広い滝があるのみだった。
滝の幅は30メットはあろうか…
「ドドドドドドドッー!」
まさに大瀑布だった。これだけ大量の水が途切れる事無く、どこから流れてくるんだ…?
だが…滝に阻まれているため、これ以上前には進めそうにはなかった。
まだ遠いが、後ろの方から人の叫び声が聞こえてきた。おそらくユヅキを追う追撃隊の兵達だろう。俺達は水晶の導くままにここまで来たが、目的とは逆に袋小路に追いつめられてしまった…
戻ればユヅキは捕まってしまい、俺も敵国の兵士だからただでは済まないだろう…
「大瀑布、道を塞ぎし時…
二つの光り翳さん…
さすれば大瀑布割れ、真実の道現れん…
真実の道…
すなわち、神の御使いへと辿り着かん…」
急にユヅキが、意味不明の詩を口ずさみ始めたので俺は驚いた。
「何だい、それは?」
「私が小さかったころに、何度もお祖父ちゃんに聞かされた詩の一節よ。この滝を見たら、急に思い出したの…」
ユヅキは遠い昔を見る眼差しをしながら、俺に向かってつぶやくように言った。
「二つの光… それって、この俺とユヅキの持ってる光る水晶の事じゃないか?」
俺は興奮した声でユヅキに問いかけた。
「うん、私もそう思う… やって見ましょう、ハガネ!」
ユヅキは俺に愛くるしい笑顔を向けて力強く頷いた。
「よし… やるぞ、ユヅキ!」
俺はユヅキに頷き返して、自分の持つ赤く光輝く水晶を目の前の滝に向かって掲げた。隣でユヅキも自分の緑色に光る水晶を同じ様に掲げる。
すると驚いた事に、二つの水晶から同時に光がほとばしり出た。俺はこんな光を見たことが無い… 光線とでも言えばいいのだろうか、真っ直ぐに水晶から伸びた二本の光の線は滝の一点に向けて一直線に進んで行った。
光線が滝に達してから、数秒もかからずに…
「ゴガガガガガ…」
実際に地面を揺るがし大音響を引き起こしながら、目の前数メットの距離にあった滝が真っ二つに割れた…
二つに分かれた滝は流れ落ちる水を止める事無く、それぞれが左右反対方向へ向かってゆっくりと動き出した。
「これが詩に詠われた『真実の道』なのね…
あの詩に書かれていた事は本当だったんだわ…」
ユヅキが両手で光り輝いたままの水晶を握りしめながら、心から感動したようにつぶやいた。
俺自身も目の前の光景に、驚いて開いた口をしばらく閉じられないままだったのに自分でも気付かなかった。
「あそこに姫がいたぞうっ!」
後ろから叫び声が聞こえてきた。遂に奴等がここまで来やがった…
左右に開いていく滝の動きはまだ止まらなかった。遅い…
だが、人が通れるほどの隙間はとっくに広がっていた。
「ユヅキ! もう待ってられない、飛び込むぞ!」
そう叫んだ俺は、ユヅキにぶつかる様にして彼女を小脇に抱き抱えると同時に滝の割れ目に向かって走った。
夢中だった俺は、流れ落ちる滝の水を浴びて倒れそうになりながらも、ユヅキを小脇に抱き抱えて無我夢中で走る。
「待てえっ!」
「ダダダダダッ!」
後ろから聞こえてきた叫び声と共に、俺達二人に向けた小銃の斉射が始まった。
「バシュ、バシュ、バシュッ…!」
銃弾のほとんどが滝の水の流れの中に消えたが、一発が俺の左大腿部を貫いた。ちょうど別れた二本の滝の真ん中を走り抜けるところだったのに…
「ぐっ!」
俺は噛みしめた歯の間から洩れそうになる叫び声を必死に噛み殺して耐えた。
『このまま俺が倒れれば、ユヅキが奴らに…』
その必死の思いが、俺に思いもかけない力を与えた…
「ぐおおおうっ!」
俺はユヅキを死んでも離すまいと抱える手に力を込めて、そのまま滝の水しぶきの中を駆け抜けた。
「だ、だめだ… もうっ!」
俺は左足に走る激痛で、滝を越えて水しぶきのかからなくなった所まで来てよろけてしまった。そして、身体の左側から地面に倒れ込んだがユヅキだけは地面に叩きつけさせまいとして、彼女の頭を両腕で抱えて護り、華奢な彼女の身体を俺の全身で包み込むようにして背中から受け身を取るようにして転がった。
「キャッ!」
俺の腕の中でユヅキの小さな叫び声が聞こえたが、背後に聞こえる滝の水の流れ落ちる音と小銃の乱射による音でかき消された。
だが、それらの音も割れていた滝が元に戻る音と共に聞こえなくなった。
俺達が通り抜けたと同時に、滝が元の状態に戻り始めていたのだ。
「ゴガガガガガ…! ガシィィンッ!」
滝が元に戻る地響きと共に、周囲の全ての物音が搔き消えた。
滝の動きが止まった後に残った音は、俺とユヅキの荒い息遣いだけだった。
「うっ…」
俺は抱きかかえたままのユヅキを自分の身体から離そうとしたが、左大腿部の貫通銃創の痛みに顔をしかめて呻き声を上げてしまった。
「はっ…! ハガネ! どこか怪我をしたの⁉」
俺の胸に埋めていた顔を上げたユヅキが、心配そうに俺の顔を見上げて問いかけてきた。
「ああ… ちょっとな… ユヅキは大丈夫なのか…?」
俺は顔をしかめながらも無理して笑顔を浮かべ、ユヅキに聞かずにはいられなかった。
「うん… 私はハガネのおかげで何ともないわ。でも、ハガネは私を庇ったから怪我を負ったのね…」
そう言いながらユヅキは目にいっぱいの涙を浮かべている。
俺はそのユヅキの顔を見て、左大腿部の痛みよりも自分の胸の奥が何故か少し苦しくなった様な気がした… だが、それは不快なものでは無く、切なく感じる胸の内から生じたとでも言うべきものだった。
『もう一度… ユヅキを抱きしめたい…』
俺は、唐突に場違いな考えが頭に浮かんでしまった自分に驚いた。
頭を振って、俺はすぐにバカな考えを打ち消した。
「俺がそうしたかったから君を護った… それだけだ。」
俺がそう言うのをユヅキはまるで聞いていなかった。
「怪我はどこっ?」
そう言いながら彼女は、俺の身体中を両手で撫でまわすようにして怪我を確認している。そしてユヅキの手が俺の左大腿部に達した時、彼女の手が真っ赤に染まった。
「うっ! 痛…!」
痛みに俺が小さく叫ぶと、ユヅキはすぐに自分が首に巻いていた紫色のスカーフを外して二つに裂き、つなぎ合わせて丸めると俺の銃創の少し上をきつく縛った。
「これで止血出来たわ… 弾は貫通している様ね。早く消毒をしなきゃ…」
俺はユヅキのテキパキとした行動を、口をぽかんと開けて見ているだけだった。彼女は俺の血で両手を真っ赤に染める事を、少しも厭わない様子だった。
俺は目の前のユヅキを見直すとともに、彼女の可憐な顔をじっと見つめ続けた。
ユヅキはそんな俺の視線に気付くことなく、自分の腰に下げていたウエストバッグから消毒液を取り出し、俺の大腿部の銃創周辺のズボンの布地を持っていたナイフで切り広げて傷口の消毒を始めた。
この目の前にいる王女様が行う適切な処置に、俺は驚くとともに感心した。
『このお姫様… 何でこんな事が出来るんだろう…?』
俺は心の中でそう思った。
すると、まるで俺の心を読んだかのようにユヅキが顔を上げて俺を見た。
「驚いた? 私がこんな事を出来るなんてって…」
ユヅキはそう言ってニッコリと、まるで天使の様に微笑んだ。
「マクガイヴァー王家ではね、王女だからって何でもかんでもお付きの侍女や侍従がするのでは無いの。
王家の一員としての教育はもちろんの事だけど、一般の人々が基本的に知っておくべき当たり前の知識や常識についても学ぶのよ。いつ、王家が滅んでも生きて行けるようにね。この教えはマクガイヴァー1世陛下の当時から、ずっと受け継がれてきたのですって…
それが私にとっては、実際に役に立つ時がいよいよ来たと言う訳ね。」
俺はユヅキの説明を聞いて驚いたし感心もした。
ユヅキを通して、王族の方々の国民の知らない所でのご苦労が多いのを初めて知り、不敬ながらもマクガイヴァー王家の人々を見直した。
とにかくユヅキのおかげで、俺の左大腿部の適切な応急処置は済んだ。俺は実際に気分的にも楽になって、彼女に心からの感謝の気持ちを伝えた。
「ありがとう、ユヅキ… 君のおかげでだいぶ楽になれたよ。本当に君を見直した。正直に言うけど、俺は君の事を何も出来ないお姫様だなんて勝手に思い込んでいた自分が恥ずかしいよ…
本当にありがとう、ユヅキ。」
ユヅキは顔を真っ赤にして俯きながら言った。
「そんな…おおげさよ、ハガネ… 私は当然のことをしただけなんだから。ハガネこそ自分の身を挺して私を護ってくれたんだから…
私の方こそ、どれだけあなたに感謝している事か…」
俺達二人の間がグンと近づいた気がした。ユヅキもそう思っているに違いない… 俺はそう思った。
だが、こんな事で感動し合ってばかりしている訳にはいかなかった。とりあえず追手からは逃れたが、俺達の飛び込んだこの場所が、二人の目指す場所であったのかどうかだ…
そう思った俺は、自分の手に握った赤水晶とユヅキが首から吊るしている緑水晶を交互に見た。
二つの水晶はまるで点けっぱなしの懐中電灯の様に、瞬きすること無く安定した光を放ち点灯し続けていた。
「やはり、ここで間違いないようだな… そう思わないか、ユヅキは?」
俺はユヅキに向かって話しかけた。
すると… おかしな事に、ユヅキは上の方に顔を向けて何かを見つめていた。俺の話も聞こえていないかの様だった。
俺もユヅキの見上げている方向に自分の視線を向けてみた。
「な、何だ… あれは…?」
割れる滝の入り口から入ったこの場所は随分と天井の高い場所だったのだが、上の方に赤と緑の光を放つ部分を持つ巨大な何かがそびえ立っていたのだった。
「こ、これが… 古の超兵器…重神機兵ラグナス…なの…?
これが… 800年前にマクガイヴァー1世が神より賜わりし伝説の人型機動兵器…?」
ユヅキは驚きに茫然としながらも、感動の響きのこもったつぶやきを漏らした。
「これが…お祖父ちゃんの生涯をかけた研究の対象だった、神の造りし古の超兵器…」
ユヅキの声に泣き声の様な響きが混じっているのに気が付いた俺は、隣に立つ彼女の顔を見た。
ユヅキの美しい双眸からは涙が流れ落ちていた。
無理も無かった… 今、現実に目の前に立っているのはユヅキの祖父が生涯研究し続けた対象であり、彼女の遠い祖先が神から与えらえたと言う古代兵器なのだから。
彼女にとっては二重の意味で感慨深くもあり、祖父の話から必ず存在すると信じてはいたが、目の前に実際に存在する事が奇跡の様に未だ信じられなくもあるという…複雑な心境だったのだろう。
だが、実際にそれは俺達の目の前にあった… 伝説では無かったのだ…
「ユヅキ… これが、そうなのか…?」
俺はカラカラになった口の中から言葉を絞り出すように言った。
ユヅキは俺の方に涙の止まらない顔を向けて頷いた。
「うん… そうよ、ハガネ。これが、お祖父ちゃんが私に言い残した『重神機兵ラグナス』に間違いないわ。あなたと私の水晶を見て。」
彼女に言われるまでも無く、俺もそれに気が付いていた。
俺達の持つ水晶が発するそれぞれの光と、『重神機兵ラグナス』の人間でいう額に当たる部分に縦に並んだ赤と緑の二つのやはり水晶らしき物とが、双方から発する光の線で結ばれているのだ。
赤と緑の光の線を放つそれらは、全く同一の物質で出来ている様に俺には見えた。ユヅキも同じように思ったに違いない。
俺達の目の前にある、このバカでかい代物はユヅキの祖父ケンゾウ・ラル・クリマの研究していた、神の造りし古の超兵器『重神機兵ラグナス』に間違いあるまい…囲
俺は、そんなに明るいわけではない周囲を見回した。この場所は、『重神機兵ラグナス』が兵器である以上は格納庫と言ったところか…
なら、この遺跡は神々の造った基地なのだろう…
「ドドーンッ!」
滝の入り口の向こう側で、爆発らしい音と地響きがした。
グランバール兵のヤツら、入れないものだから滝ごと入り口を破壊するつもりらしい… あんな無茶しやがったら、あの入り口もそんなに長く持たないぞ。
俺がユヅキを見ると、彼女も俺を不安そうに見つめている
俺は考えた末に思いついたことをユヅキに言った。
「ユヅキ、あの『重神機兵ラグナス』… あれが兵器だと言うんなら、俺達が乗り込んで動かせないだろうか…?」
ユヅキは俺の問いかけに『重神機兵ラグナス』の方を向いて考えながら答えた。
「分からないけど… やるしか無いわね、ハガネ。
ここでグランバール帝国に『重神機兵ラグナス』を渡すわけにはいかないし、私達も捕まるわけにはいかない。私が捕まれば、アズナバル城のマルカス王子殿下に対するグランバールの人質になってしまうわ…それだけは絶対にダメよ。」
ユヅキの美しい双眸には強い決意の色が浮かんでいた。
俺は言葉を発するよりも、ユヅキの両肩を強く握りしめて同じ気持ちである事を示した。
「よし、やろう! この『重神機兵ラグナス』を、俺達の手で動かすんだ!」
そう言って、俺はユヅキの両手を握りしめた。
すると… 何という事か、いきなりユヅキは俺の左頬に自分の唇を強く押し付けてきたのだ。
そして、唇を離した彼女は頬を少し赤く染めて言った。
「やりましょう、ハガネ! 私達の手で!」
俺は自分の左頬を右手で押さえながら、大きく頷いて彼女に答えた。
「ああ! やってやるぜ! 待ってろよ、ラグナス!」
俺は目の前の巨人に向かって大声で吠えた。
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