ねえ、マスカレード… 君の素顔が見たいんだ ①「きっかけはSNSの返詩だった…」
僕の名前は、朝倉 邦彦…
19歳で大学2年生の、自分で言うのもおかしいけどつまらない男だ。
今、大学生活の中で特に熱中している事なんて何も無い。
世界中を混乱に陥れたコロナ禍は、数年前に終息した。
僕が物心ついてから幼稚園と小学校生活を、マスクを付けて過ごした記憶が残っている。でも、そのコロナ禍も終わって数年が経った。
もう必要は無くなったのだが、今でもマスクをする人は普通にいた。一種のファッションとして残ったのだ。それに自分の素顔を見せたくない人が利用している。
僕に関して言うと、着用してると息苦しいマスクとはおさらばした。
今では、世の中はコロナ禍以前と全く同じでは無いが、様々な分野で従来のシステムが復旧してきたと言っていい。大学生活もその一つだった。
数年前は、あれほど大学でキャンパスライフを満喫出来ないと言われたが、今では学生達が不満の無い状態に戻ったんじゃないかな…と、僕は思ってる。
もっとも… 現役大学生である僕はコロナ禍の最中も、それ以前のキャンパスライフなんて物も知らないけれど…
今… 僕には嵌っている事が一つだけある。それは学資を出してくれている親には申し訳ないけど、残念ながら大学生活に置ける事じゃない…
それはコロナ禍の最中に誕生したSNSだ。人々がコロナの蔓延で家に閉じ籠らざるを得なかった時期に、そのSNSは生まれたらしい。
そのSNSは、名前を『seclusion』という。英語だけど読みは『セクルージョン』で、意味はズバリ『引きこもり』だ。
引きこもりの時代の引きこもりによるSNSという事で、コロナ禍に出来た当時は結構話題になったらしい。時代にマッチしたと言うんだろうか…
もちろん、僕は『seclusion』が設立された当時の事なんて知らない。まだ僕は幼かったからだ。
弱小SNSの『seclusion』は、コロナ禍が終息した今でも細々とだが続いていた。
僕は大学生になってから、『seclusion』でつぶやいたり詩を書くようになった。今では毎日のように暇な時間に投稿している。
詩を書くと言っても僕のは、人の詩の見様見真似だ。『seclusion』に参加するまで詩なんて書く事はもちろん、読む事さえなかった…
でも、自分で詩を書いてみると結構楽しくて嵌った。自分で詩を書いて投稿したり、人の書いた詩に勝手に返詩をしたりした。
僕の書いた詩に『いいね』がついたりフォロアーが増えたりすると、『seclusion』をするのがますます楽しくなってきた。
ある日…
『seclusion』で、こんな詩の投稿を見かけたんだ。
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コロナが終わっても
マスクを外せない人がいる
私もその一人
誰にも素顔を見せたくない…
そう、私は…
マスクの中の引きこもり
#詩 #マスク #引きこもり
********
詩のアカウントを見ていて何て事も無く、ただ目に止まった詩だった。投稿者のバンドルネームは『マスカレード』となっている。マスカレード…仮面舞踏会か。
でも今どき、こんな詩の内容なんて特に珍しい訳じゃない。コロナ禍の終わった現在では、そんな人は世の中に掃いて捨てるほど大勢いる。
でもなんとなくだけど、この詩が気になった僕は早速思いついた返詩を書いて『マスカレード』に返信した。
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なぜマスクを外せないの…?
もうコロナ禍は終わったんだ
僕は君の素顔が見たいよ
マスク越しじゃない君の声を
聞きたいんだ
コロナ禍なんて引きずってちゃダメだ
さあ、マスクを外して
僕と一緒に外へ出かけようよ
********
その夜、寝るまで待ってても僕の返詩に対して『マスカレード』からの返信は来なかった。『いいね』も付かなかった。
見知らぬ相手なんだから、どうって事ないかもしれないけど僕は少し心外だった… なんか肩透かしを食ったみたいな気がしたんだ。
でも… 気を取り直した僕は他の人のつぶやきや詩を見たり、自分のつぶやきや詩を書く事を再開して、寝るまで『seclusion』に没頭した。
そうするうちに、いつの間にか『マスカレード』の詩は僕の念頭から消えて無くなっていた
次の日の夜…
田舎から都会へ出て来てアパートで独り暮らしをしている僕は、一人での夕食を取り終えてからパソコンで『seclusion』を始めた。
前日の僕の投稿に返信がいくつかあったけど、中に『マスカレード』からの返信を見つけた。返詩の形を取っていて、内容はこうだった。
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ねえ…
あなたに何が分かるの?
コロナ禍は終わっても
私はマスクを外せないのよ…
それがいけないって
あなたは言うの…?
もう返詩なんかしてこないでよ
私はマスカレード
仮面無しでは踊れない…
#詩 #返詩
#あなたなんて嫌いよ
********
なんだよ、これ…?
僕が何か悪い事をしたか? 言ったか?
ちょこっとお前の詩に返詩しただけだろ… お前の事なんて知るかよ!
最初は『マスカレード』からの頭ごなしの拒否にも思える返信に頭にきた僕だったが頭の熱が冷めてくると、この返信が少し気になりだした。
まず第一に、この『マスカレード』というバンドルネームの人物は女性のようだ。しかも、年齢は若いと思われる。
『マスカレード』のアイコンは、蝶のような形状の目の部分を覆うマスクの絵だった。ネットの記事で見た事がある、たしか…ヴェネチアンマスク…って言ったっけか?
『マスカレード』の『seclusion』における自己紹介欄を参照してみる。まだ僕は見ていなかったのだ。
そこには次のように書いてあった。
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はじめまして、『マスカレード』です。
私は詩や小説を読むのが大好きな女子大生です。
小説は書けませんが、この場所では詩をときどき書いて投稿しています。
『seclusion』は大学に入ってから始めました。
私にとっては、自分から初めて参加したSNSなんです。
こんな私ですが、どうぞよろしくお願いします。
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何だ、『マスカレード』は僕と同じ大学生なのか…
自己紹介は普通に書いてるじゃないか。僕に送って来た返詩の態度とは大違いだ。
住所や本名なんてもちろん分からないけど、大学生って事はほぼ同世代って事か。じゃあ、こいつもコロナ禍を同じ様に体験したんだろうな…きっと。
そう思うと、僕は少しだけ『マスカレード』に親近感を感じた。
でも、あの返信は失礼だよな…
だけど、まだこうやって『マスカレード』のつぶやきや詩を見られるって事は、こいつは僕の事をブロックしていないって事か…
へっ、こいつの返詩には頭に来てるから「返詩するな」ってんなら、お望みとは逆に返詩してやるか…
本来の僕は、こんなイヤな性格では無いしSNSではマナーを守る事にしてるんだけれど『マスカレード』の返信に対して腹が立っていたので、相手の嫌がってる返詩をパソコンで入力し始めた。
********
ああ、何も分からないさ…
だけど
君だけがコロナ禍で
辛い思いをしたんじゃない
マスクを外せとは言わないし
着用がいけない訳じゃない
でも…
いきなり「返詩するな」なんて
失礼じゃないか
君こそ何も分かっちゃいない
マスクするのは君の自由だけど
返詩するのだって
僕の自由さ
ほっといてくれ…
#詩 #返詩
#こっちだって嫌いだよ
********
ここまで書いて『返信』をポチっとクリックした。
だけど…
自分の書いた返詩を読み返してみて、恥ずかしくなってきた。
これが詩か? まるで子供の喧嘩だな…
これは詩なんてもんじゃない、ただの売り言葉に買い言葉の喧嘩の文章じゃないか… 僕は返信した自分を後悔した。
すぐに削除しよう… そう思った僕は、実際に削除しようとした。
でも、その時だった。
『通知』の表示欄に①の文字がついた。これは僕のアカウントに、誰かからの一通の着信があった事を意味する。
僕は条件反射の様に… たった今、僕宛に届いた通知を確認してみる。
なんてこった…
相手は『マスカレード』だった。
受け取った僕への返信には、こう書いてあった…
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返詩してこないでって
言ったでしょ!
あんたなんて
大っ嫌いっ!
#詩 #返詩
#バカ!
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「なんだこりゃ…」
僕はつぶやいてから、絶句した…
【次回に続く…】
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