妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「由井正雪と魔槍『妖滅丸』」(⑩拾)" 襲撃! 柳生但馬守宗矩 "
「何…?
柳生十兵衛が動いておるとな…
それはあまり旨くないのう
十兵衛は元大目付の柳生但馬守宗矩が嫡男…
但馬守と言えば将軍家の信任厚く
一介の剣豪から将軍家兵法指南役に加え
一万石の大名にまで成り上がりおった男…
大目付の役目こそ引退致したが
依然として幕閣に目を光らせ力を及ぼしておる…」
徳川頼宜が紀州藩上屋敷の一室にて
某(由井 正雪)を前に脇息に肘をのせて頬杖を突き
眉間に皺を寄せながら宣った
「御意にございまする」
某は平伏したままで答える
「正雪、面を上げよ
差し許す故、儂と二人きりの場では座って物を申せ」
御前の許しが出たので
某は正座にて御前に対面した
「正雪、思う所を申して見よ」
「はっ、ありがたき幸せに御座います
さすればお言葉に甘えて御前様に申し上げまする
柳生但馬守宗矩は剣豪よりの成り上がりとは申せ
禅に通じ公方様の信頼厚く智慧に優る者でございます
文武両道に通じ、一万石の小大名と言えども
並みの大名とは器が違いまする
しかも、但馬守の立ち上げし柳生新陰流に於いては
表立っては将軍家御流儀としての顔を持って居りまするが
裏においては嫡男の柳生十兵衛を筆頭とした
『裏柳生』を組織致しておりまする
『裏柳生』は公儀隠密として全国の藩に忍び入り
幕府に対する各藩の動向を調べ上げ
十兵衛を通じて但馬守へと逐一報告しております
全国の大名達にとっては誠に煙たき男と言えましょう」
某の進言に御前の表情が曇った様であった
「但馬守めは、誠に目障りな奴よのう…」
某は御前の言葉に大きく頷き
「御意にございます
我らの目的達成の前に立ちはだかる誠に邪魔な輩…
御前様、排除致しまするか…?」
某を見る御前の目が大きく開かれた
「その方に出来ると申すのか?」
「はっ! いかに但馬守が新陰流の達人と申しても
所詮は人間でございます
私の使うは妖の技にて、彼奴の剣技など通用致しませぬ」
御前は某の言葉に嬉しそうに目を細めて言う
「ふっ… よう申した
柳生の始末はお前に任せる故、好きに致すが良い」
「ははっ! ありがたき幸せ…
ご満足頂ける報告を致します故、しばしお待ちを…」
再び平伏した某に
御前の高らかで楽しそうな笑い声が浴びせられた
「ふははは! 余はその報告を楽しみにしておるぞ!」
********
「ふっ…
江戸城での評定が長引いた故、帰りが遅うなったわ…」
儂は江戸城より帰宅途中の駕籠の中に居た
本来、武人の儂は駕籠に乗るのは好きでは無いが
上様や同輩の大名達の手前、致し方ない
儂も剣一筋に生きておりし頃とは違い
一万石と小さくはあるが今では大名と相成った
大名として、また幕閣の重鎮としての立場上
移動と言えども身軽と云う訳には参らぬ
一介の剣豪として生きておった昔が懐かしい
倅の十兵衛の自由奔放さが羨ましい…
十兵衛の顔を思い出し笑みが浮かんだ時だった
「ビシュッ!」「ぐわあっ!」
「ビシュシュッ!」「ひいっ!」
「ガタンッ!」
風を切り裂くような音と悲鳴に引き続き
儂の乗った駕籠が地面に落とされた
「ぐっ!」
悲鳴が聞こえた瞬間より身構えておった故
身にさしたる衝撃を受けずに済んだ
儂は駕籠内に必ず大小二本の差し料を携行致す
その二本の刀を手に持つや駕籠の引き戸を開け放ち
すぐさま外へと飛び出した
すぐに二本の刀を腰に帯び太刀の鯉口を切る
駕籠の周りを見回した儂の目に入りしは
供の者達の全身をバラバラに切断されし遺骸であった
家来の者どもは全滅しておった
だが、妙な事に切り口から血があまり流れておらぬ…
「何じゃこの切り口は…? 何者がこの様な…」
その時じゃ…
頭上より男の声が響いて参った
「ふふふ…
柳生但馬守様…
お初にお目にかかりまする
某の名は申せぬが貴方様の命を
もらい受けに参った者とだけ申しておきましょう
某、但馬守様に恨みはございませぬが
御命頂きたく御座候
何、お供の者どもは先に三途の川にて
但馬守様をお待ち致しておる由…
ご安心召されよ」
声のする方を見ると
道端の巨木の枝に総髪の侍が一人で立って居った
見た目は軍学者風の容姿をしておる
そ奴の右手には長さ五尺余りの手槍が握られていた
槍使いか…
「儂を柳生但馬守宗矩と知った上での狼藉か…
貴様、何奴じゃ!」
儂は叫ぶと同時に太刀を抜き放ち
狼藉者に対し正眼の構えを取った
「残念だが死んでいく者に名乗る名は持ち合わせておらぬ
『妖滅丸』よ、もう一度鎌鼬じゃ!」
狼藉者は鋭い掛け声と共に
持っていた手槍で空中に円を描く様な仕草をした
これは如何なる妖術か…?
円の中から大きさは人間の幼児くらいの
鼬に似た姿の生き物が現れ出でた
妖か…?
しかし、その妖の四本の足先は獣の指に非ず
四つ足とも一枚の鎌の刃先の様な鋭い爪となっておる
鎌鼬じゃと…?
まさか…
「鎌鼬よ、遠慮は要らぬぞ!
相手は老いたりとは言え、仮にも江戸柳生新陰流の始祖じゃ!
放て! 真空乱れ刃!」
「ヒュィーン!」
「ヒューンッ!」
「シュバッ! シュババッ!」
な、何だ?
無数の何かが空気を切り裂く凄まじい音と共に
儂の方へ向かって来るっ!
「うぬっ! 駄目じゃ! やられるっ!」
この記事が参加している募集
もしよろしければ、サポートをよろしくお願いいたします。 あなたのサポートをいただければ、私は経済的及び意欲的にもご期待に応えるべく、たくさんの面白い記事を書くことが可能となります。