【小説】 僕と悪魔と彼女… : 第8話「想いを込めて… 一撃必殺の第7特殊魔弾!」
「第7特殊魔弾を自分で作り出す… この僕が自分で…?」
僕は、まだ信じられない思いでつぶやいた。
「ああ、そうだ。大河、お前の右手に持ってるそいつは何なんだ?
思い出せ。田辺の部屋で俺が『飛び道具を頭に思い描けっ!』て言ったら、お前は瞬時にそいつを右手に出現させたんだぜ。
俺はそんな形の銃なんて見た事も無い。お前が念じて作り出したんだ。
つまり… そう言う事だ。
お前が7番目の特殊な魔弾を念じる事で、それは具象化するんだ。」
僕はザミエルの説明で思い出していた。確かにあの時、僕はザミエルに言われるままにこのコルトパイソン.357マグナムの形状をした魔弾銃を、一瞬でこの世に作り出した…
これが『魔弾の射手』となった僕の力…
「特殊魔弾は他の魔弾と違い、お前の念じた効果を発揮する。つまり、お前が魔弾に要求する能力を念じながら作り出せば、その能力通りの威力を相手に与えられる。
念じる能力は大河、お前次第だ。俺にもどうしようもない…
戦いに応じて魔弾の能力をお前が決めるんだ。今の状況で、ガイラの身体をバラバラにする訳にはいかない。
こんな時、お前ならどうする? どうやってガイラの猛毒を封じる?
考えろ、大河… 『魔弾の射手タイガ』よ。」
背後で僕を抱きかかえて飛ぶ大場エリカの美しい姿をしたザミエルが、彼女の美しい唇で静かに落ち着いた声で僕に言った。
僕は決心するために、背中から回され僕の腹部で組み合わされている大場エリカの白くてほっそりとした手に自分の手を重ねた。
なんて華奢で美しい手なんだろう…
彼女自身も、田辺の部屋で二匹の魔物に怯えて僕にすがり付き、僕の手を握りしめていた。
その同じ彼女の華奢な手を、今度は僕がすがり付くような思いで…
今、握りしめていた。
一度失ってしまった大場エリカ… 生き返った彼女を二度と失いたくない。そのためには、目の前のガイラをこの世から滅し去るしかない。
今、僕の頭にあったのは身勝手だけど…ガイラの毒の巻き添えを食うかも知れない、真下で暮らす大勢の人々の事では無かった。
ただ… 僕は大場エリカを二度と失いたくないだけだった。
よし、やってやる…
僕と彼女とザミエルの失ってしまった物のためにもガイラを許せない…
絶対に、このまま放っては置けない。
ヤツを滅してやる…
そのための第7特殊魔弾… 僕は目を閉じて深呼吸をした。
そして、ガイラを滅するための特殊魔弾を頭に思い描いた。
そして、ザミエルに教えられた訳でも無く自分の自然な動作で左掌を夜空に向け、右目でその掌を見つめて心から強く念じた。
『ガイラを滅したい… 僕とザミエルと大場さんの大切なものを奪ったヤツを、この世から滅し去りたい…』
すると… 僕の左掌の表面が、見る間に赤く輝き出した。
そして、その赤い輝きは一点に集中し収束していき、一つの形を成していった。その形こそ…
一発の銃弾だった。
やがて赤い輝きは消え、真っ黒な色をした.357マグナム弾となって僕の左手の親指と人差し指と中指の三本の指でつままれていた。
「出来た… 僕の第7特殊魔弾が…」
僕は右手に握ったコルトパイソンから、回転シリンダー(弾倉)を振り出した。
しかし、シリンダーのチャンバー(薬室)に残っていたはずの二発の通常魔弾は消え失せていた。
不審に思った僕の思考を読み取ったのか、ザミエルが静かに言った。
「あの二発の通常魔弾は、俺が魔界の射手として最後にお前の銃のために作り出した弾だ。この戦いには、もう必要ないから消しといたぜ。
お前の作り出した特殊魔弾の一発があれば、他の通常魔弾なんて有ったって使う事なんて…もう無いからな。」
僕はゴクリと唾を飲み込み頷いた。
「分かった… 一撃必殺ってことだな。」
「そうだ。」
ザミエルは一言だけ、そう言った。その後に続く言葉は無かった。
「何ゴチャゴチャやってやがるんだあっ! 貴様に勝ち目などあるものか!
そうだ! 俺が食ってやるから、その美しい処女を俺様に寄こせ!
俺が思いっ切り気持ちいい事やってから、その処女の綺麗な顔も身体も…今度こそ生きたまま、丸ごと食ってやるぜ。」
ガイラのゲスな喚き声が風に乗って僕の耳に届いた。
僕は、自分への罵倒は我慢できるけど… 憧れの大場さんを辱めるようなヤツの言葉に、心の底からの怒りが沸々と沸き上がってきた。
「落ち着け、大河… その怒りの気持ちはお前の特殊魔弾に託せ。そして、それをガイラに熨斗つけてプレゼントしてやれ。ヤツへの最後の贈り物としてな。」
僕にかけられたザミエルの声には、思ってもみなかったほどの静かな落ち着きと意外なほどの優しさが込められていた。
もう、ザミエルと大場エリカは一体なのだ。ザミエルが大場エリカに加えられた侮辱を、何とも思わない筈が無いんだ。
僕よりも遥かに悔しい筈だった。
「ザミエル… 大人なんだな、お前って…
分かったよ、僕とお前と大場さんの怒りをこの一発に込めてヤツに見舞ってやるよ。
この一撃で必ずガイラを仕留める…」
大場エリカの姿をしたザミエルにかけられた言葉のおかげで気持ちが澄み渡り、僕の声は落ち着きを取り戻していた。
僕は自分の作り出した特殊魔弾を、魔弾銃である.357マグナムの薬室に装填した。そして回転弾倉を銃の元の位置にはめ込んだ。
「ふううう…」
僕は深い息を一つ吐いた。
「一撃必殺だな、ザミエル…」
「そうだ、お前に二撃目の必要は無い… そう自分を信じろ。」
僕とザミエルは互いを見ずに、ガイラだけを見つめて言った。
僕は左目を瞑った。そして、右目で狙いを定める。
「ロックオン…」
「喰らえ、ガイラ! 我が第7特殊魔弾をっ!」
僕は悪魔の声で叫び、魔弾銃の引き金を引いた。
「ドッゴッオオオーンッ!!」
僕の魔弾銃から、.357マグダム弾の形をした第7特殊魔弾が発射された。
「くっそうっ! ホントに撃ちやがったなあっ! あ、当たってたまるかあっ!」
ガイラがそれまで自分のエラそうに言っていた事とは裏腹に、マンティの翅を猛然と振動させたかと思うと、その場から高速で逃げ出した。
流石にゲスとは言え、ヤツも悪魔の端くれだった。
ジェット戦闘機の最高速度を遥かに上回る速さで飛び去った。その逃げ足の早さと言ったら、人間の目になど止まる事は無かっただろう。
悪魔の右目を持つ僕だからこそ、ガイラの稲妻の様な動きも見切る事が出来た。
だが、いくらガイラの飛行速度が速かろうが『魔弾の射手』に一度標的として定められた獲物は決して逃れることは出来ない。
僕の第7特殊魔弾がどこまでも追っていく。そう、文字通りにヤツの這い出てきた魔界の果てまでも…
しかも、ガイラがどんな軌道で逃げようが関係ない。ジグザグに逃げようが上下左右に軌道を変えようが無駄な事だった。必ず僕のロックオンした箇所に当たるのだ。
なぜだろう… 僕には確信があった。
ザミエルに聞かされた話だけでは無く、まるで自分の身体の一部の様に魔弾を理解する事が出来た。
これが、僕が『魔弾の射手』になったって事なんだろうか…?
「うわああああ~っ! 逃げ切れねえぇ! 助けてくれえぇっ!」
「ドシュッ!」
よし、着弾した…
見えないほど遠くでも、僕には分かる…
だが… 特に何も起こらなかった…
見てる間に数km離れた場所まで逃げていたガイラが、猛スピードで僕達の方へ戻って来た。
ちょうどヤツが逃げる前にいた辺り… 最初に僕達と対峙していた空域まで戻って来たところで、ガイラはホバリング(空中浮揚)で停止した。
「ガッハハハ~! 何だお前? へっ! 何が特殊魔弾だ、ああっ?
笑わせやがって!
俺様はこの通りピンピンしてるぜ! ええっ? クソ魔弾の射手さんよおっ!
何とか言って見ろおっ! コラアッ! このクソがあ!
お前らの話は聞こえてたぞう、お前もう弾がねえんだろうがあっ⁉」
ガイラが狂喜乱舞して喚き散らしている。
「じゃあ、今度はこっちから行くぜ! さっきの予告通り、その綺麗なねえちゃんを俺の舌で犯しまくってから食ってやるぜえ! 魔弾の射手さんを今すぐぶち殺してからなあ!」
相変わらず、下品な事を言ってやがる…
僕は大場エリカの方を見る事無く、ザミエルに言った。
「もう、いいかな…? ザミエル?」
「ああ… お前の作った特殊魔弾だ。好きにしな。」
僕の問いかけに対するザミエルの答えは簡単なものだった。まるで、もう興味を無くしたような言い方だ。
「分かった…」
僕ももう、ゲスなガイラの悪罵を聞いているつもりは毛頭無かった。アイツにはウンザリだ。
僕はガイラを見つめて大声で叫んだ。
「業火っ!」
その途端、ガイラが身体の内側から噴き出した炎に包まれた… しかも普通の赤い炎などでは無く、もっと超高温の青白い色をした…まさしく地獄の業火そのものだった。
「ぐぎゃあああっ!」
ガイラは断末魔の叫びを上げながら、生きたまま青白く眩しい地獄の業火に焼かれた。
不思議な事にガイラの燃え続ける位置は、まるでその空間に固定されたかのように、上空に吹きすさぶ強風でも変わる事は無かった。
最初の内は地獄の業火に焼かれる苦しみからか、悶え苦しみながら焼かれ続けたガイラもやがて動かなくなり、そのまま燃え続けた。
しばらく燃え続けたガイラの身体から地上に降り注ぐ破片などは一片も無く、ヤツの全身は完全に燃え尽きた白い灰となって風に吹かれて飛ばされていった。
恐らく… いや、間違いなくガイラの身体は全ての細胞に至るまで燃え尽き、ヤツに似合わない真っ白な美しい灰となったのだ。
これが言葉には聞いた事があるが『地獄の業火』の恐ろしさなのだろうな… 僕は自分が引き起こした目の前の現象の恐ろしさに身震いしながらも、最後まで目を離さず見つめていた。
僕には見届ける義務があると、何となくだけど…そう思ったんだ。
地獄の炎が消え、白い灰も全て風に飛ばされた後、それまで無言だったザミエルがようやく口を開いた。
「そうか… お前が特殊魔弾に込めた想いは『地獄の業火』だったんだな。
あの地獄の炎は対象を燃やし尽くすまで、絶対に消える事は無い。
お前の判断は正しかった。俺でもそうしたし、あれ以外に取る方法は無かっただろう…」
大場エリカの姿をしたザミエルが、僕の判断を認めてくれた様だった。
そうなんだ。
魔弾の射手が放つ第7弾目の特殊魔弾は、弾に込めた想いを射手自身の意志でいつでも発動させ解放する事が出来るんだ。
僕は自分の作り出した特赦魔弾に『業火』を念じ、弾に封じ込んだ。
そしてガイラの身体に着弾し、ヤツの体内に留まる特殊魔弾に込められた僕の『業火』の念をヤツが元の場所に戻って来てから発動させて、その力を全て解放したんだ。
これが『魔弾の射手』の放つ第7特殊魔弾の力だった。その発動された『業火』はあらゆる物を焼き尽くし、悪魔であっても逃れる事は出来ない。
「さあ、そろそろ帰ろうか。」
僕は背後で僕を抱きかかえてくれている大場エリカを振り返った。
「お前… 呑気だなあ。お前のマンション、今頃とんでもない事になってるぞ… 絶対にな。」
美しい眉間にしわを寄せて、大場エリカの顔をしたザミエルが僕を見下ろして呆れたような声で言った。
「えっ? そうかあ…
あああ… どうしよう… 帰れないじゃないかあ。ガイラのクソッたれのせいで田辺さんの部屋はメチャメチャだし、隣の僕の部屋も…」
僕は両手で自分の頭を抱えた。
その時にはもう、魔弾銃は僕の手から消えていた。
「しょうがないな、今日は自分の部屋に帰るのはあきらめろ。
だが… もう、俺も疲れた。このまま飛び続けているのは無理だ…
とにかく、下へ降りよう。」
ザミエルが珍しく弱音を吐いた。よっぽど疲れたんだろうな。
自分自身も瀕死の状態だったのに、99.9%死んでいた大場エリカと同化して彼女を生き返らせ、その上に僕を墜落から救ってそのままガイラとの戦闘空域まで猛スピードで飛んだんだ。
疲れて当然だよな…
僕のマンションの部屋なんて… それに比べたら、どうって事ない。
「よし、降りよう。とりあえず、僕のマンションの近くまで降りられるか?
でも、下にいる人達に見つからないかな…?」
僕は後ろを振り返って、大場エリカの顔を見上げた。
そこには、疲労困憊の表情をした大場エリカの顔があった。
でも…そんな顔でも彼女は美しかった。僕は自分を抱きかかえてくれている彼女のほっそりとした美しい手を、ギュッと両手に力を込めて握りしめた。
「ああ… そのくらいは大丈夫だ。だが、降りたら少し俺は休むぞ…
それに見つかる事は心配しなくてもいい。俺もお前も人間の目に見えない状態に自分の身体を調整出来る…不可視の状態にな。
なにしろ、俺達は悪魔なんだからな…」
ザミエルが大場エリカの美しい口元を少し緩める様にして言った。それは、とても美しいが疲れた表情の微笑みだった。
大場エリカの姿をしたザミエルが僕を抱いたまま、ゆっくりと地上へ降下して行った。