【R-18】ヒッチハイカー:第27話『空と陸の激突!! 白虎vsライラ&バリー! ヒッチハイカーvsフル装甲ロシナンテ!』
ヒッチハイカーは向こう側が透けて見えているのに、どうやっても自分が『疑似結界』の壁を通り抜けられない事実に対して猛烈にイラついていた。
「くそっ! ダメだ… この緑色のオーロラみたいな壁は俺にはどうやっても壊せないし、通り抜けも出来ねえ…
この壁は…あいつらが作ったのか⁉」
そう忌々し気につぶやいた彼は、空中で停止飛行している自分の真下に駐車中の『ロシナンテ』の車体に目を向けた。
「なら、シズちゃんを取り戻してあのクソ車をブチ壊してやれば、この壁も取っ払えるのかな?
どっちにしろ、あの車は気に入らねえ… シズちゃん以外は全員ブチ殺して、クソ車はスクラップにしてやる!」
自分の怒りの矛先を『ロシナンテ』の破壊へと向けたヒッチハイカーは、地上へと真っ直ぐに降下し始めた。
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「ふっ…あの緑色をしたオーロラのドームの真上に、さっき俺を追い抜いて行った『黒鉄の翼』がいやがる。やはりあのドームは、聖子君の作った『疑似結界』だったという訳だ。
以前、彼女に実験に付き合わされたが、あの時と同じだ。
俺や妖怪の野衾の様な『人外』の存在は通り抜けられねえ。
だが…これじゃあ、ヒッチハイカーの野郎をブチのめせねえ…」
完全な白虎の姿をした風俗探偵の千寿 理は、『疑似結界』に阻まれて立ち往生(?)したままの飛行妖怪野衾と、その背中に乗った自分自身を苦笑しながらつぶやいた。
「ん?あれは…? 『疑似結界』の反対側にステルス迷彩をしたヘリが近づいてる…
あれは鳳の手の者か? いや、なんだか胡散臭いヘリだ… イヤな感じがプンプンしやがるぜ。
よし…野衾よ、『疑似結界』の向こうへ回り込んで、あのヘリに近づくんだ!」
妖怪野衾が命じられた通り、緑色をした『疑似結界』のドームを迂回しながら正体不明のヘリに近づいて行く。
それにしても、おかしな事に正体不明の迷彩仕様のヘリも『疑似結界』の手前でホバリングを続けて立ち往生している様に見えるのはなぜだろうか? まるで自分達と同じ様な様子だった。
「おかしいな… 人間だけが乗ったヘリなら、『疑似結界』の壁の通り抜けは何の支障も無いはずだ。
それが出来ないとなると、あのヘリには俺達の様な『人外』の存在が乗っているって事か…?
おい、野衾。油断するなよ。何だか面白くなってきやがったようだぜ。」
不謹慎にも、白虎は今の状況を楽しんでいるようだった。
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「ミズ・ライラ! ミスター・バリーも! お二人ともどうされました? 大丈夫ですか?」
ステルス迷彩を施したの特殊作戦用仕様ヘリ『UH-60 ブラックホーク(UH-60 Black Hawk)』の機体内では、副操縦士が、緑色に光るオーロラの様なドームの前方付近でいきなり停止を命じた後部乗員室にいる上官のライラを振り返り、怪訝そうに問いかけた。
「どうもこうもあるか! お前は…あ、あの緑色のドームに近づいて何ともないのか? き、気分が悪くならないのか?」
身体にぴったりとフィットした皮の上下に身を包んだ、妖艶で全身から男を惑わせるフェロモンを放出させた美女ライラが、後部乗員室内の座席の一つに震える左手で掴まり、真っ青な顔をして右手で美しい額を押さえたまま副操縦士に応じた。
「ブ、ブモゥ…」
ライラの後ろで、三つ分の搭乗員用座席を潰して独り占めする様に座っていた灰色グマの様な巨漢もまた、大きな体を折り曲げながら牛が苦しむ時の様な唸り声を上げていた。
「はあ… 自分は別に何ともありませんが… なあ?」
困惑した表情の副操縦士は、苦しそうにしている後部乗員室のライラとバリーを交互に見ながら答えると、隣りの操縦士に意見を求めた。
「はっ! ミズ・ライラ、自分も何ともありません!」
操縦士が前を見ながら、問いかけてきた副操縦士にと言うよりも後ろにいるライラに対して答えた。このヘリの乗員達は必要以上にライラの機嫌を損ねるのを気にしているようだ。
ライラは非常に美しく、男なら誰でもむしゃぶりつきたくなる程の魅力的な女性だが、怒らせると平気で人を殺すと言うのが彼らが所属する部隊内での彼女の評判だったのだ。
「バリー…あんたも同じようだね… だが、こいつら人間どもは何ともないらしい…
となると…原因は、あのでっかい緑色したドームか… どうやら…あいつは、『人外』の者にだけ作用する『結界』の様だね…
おい! ヘリをあの緑色のドームから遠ざけろ!」
ライラから命じられた操縦士は機体を右方向に旋回させ、ヘリを元来た方角へと戻そうとした。
「うわっ! あ、あれは何だ⁉」
操縦士よりも先にそれを見つけたのは副操縦士だった。彼の指さす方向を見た操縦士も、その方角の空域で吹雪の中に浮かんでいるモノを見て度肝を抜かれた。
「うわああーっ! な、何だ! あれはっ⁉」
「何だ? 騒がしいぞ!」
ヘリが『疑似結界』から遠ざかり、気分が良くなったライラが操縦席で騒ぐ部下達に向けて叫んだ。
「ミ、ミズ・ライラ! 当機前方に未確認飛行物体を発見!」
副操縦士のけたたましい叫び声を聞いたライラが操縦区画へと身を乗り出した。
「貴様! 何をバカ言ってるんだ! む⁉」
自分より大柄な副操縦士の胸ぐらを、華奢とも見えるライラのほっそりとした右腕が掴むと、彼の身体を人間離れした怪力で軽々と自分の方へ引き寄せた。
そして、吸い込まれそうに美しい緑色の瞳でライラが副操縦士を睨み付けながら問い質すと、彼が震えながら指さす方向を見た彼女は自分の目を疑った。
「何だ、あれは…? 魔界の生き物か…? 日本の妖怪? 二匹…いるのか。
あの茶色い空飛ぶ絨毯みたいなのが飛行妖怪だな。そして…その上にもう一匹…!!!
バリーッ! 来い! や、ヤツだ! 白虎だあっ!」
ライラは飛行妖怪『野衾』の背中に乗った白虎の姿を認識した途端、彫りが深く端正で美しい顔を怒りに歪めながら自分の後ろにいるバリーに向けて甲高い声で叫んだ。
「ブ…? ブモオオオーーッ!!」
ライラの叫び声の中に『白虎』という単語を聞き取った瞬間、バリーは腰かけていた三つ分の座席からいきなり立ち上がった。
何という巨体だろうか…立ち上がったバリーの身長は2m50cmをも優に超え3m近くあった。
「バキッ! メキメキッ!」
立ち上がったバリーの頭がヘリの天井にぶち当たり、物騒な音を立てた。
「バリーッ! 気を付けな! あんたが中で暴れちゃあ、こんなヘリひとたまりも無いんだ!」
「ブ…ブモウ…」
もう一歩で怒り狂って、このヘリを中から破壊する所だったのを、双子の妹ライラの一喝で危うく制止されたバリーは面目無さそうな唸り声を上げた。
だが、ライラには双子の片割れで自分の相棒でもあるバリーの気持ちは痛いほど分かっていた。
ライラとバリーは以前に白虎と数回、激突していたのだ。しかも不死身のバリーの上をいくほどのしぶとい白虎に手痛い目に遭ったばかりか、一度バリーは瀕死の状態に陥ったのだった。
そして、自分達双子の長兄であるチャーリーの上司の手によって、なんとか復活を果たしたのだった。
しかし、戦闘の際にバリーが白虎に噛み千切られた左の角と右手首に右足首は不死身のバリーの肉体を持ってしても、再生する事は無かった。
そう…バリーの正体は、ギリシア神話に登場する不死身の怪物、牛頭人身のミノタウロスだったのだ。
では、バリーとは双子の兄妹であるライラは…?
ライラ&バリーは白虎こと風俗探偵の千寿 理に何度も煮え湯を飲まされたため、二人が我を失うほどの怒りに身を焼かれそうなのも無理は無かったのだ。
「おのれ、白虎め… ここであったが百年目… 『ヒッチハイカー』の回収のついでに、ヤツを葬ってくれる…
今のバリーが以前と同じでは無いという事を思い知らせてくれる。
バリー! あんたの新しい右手で、白虎を粉々にしてやりな!」
「ブモオオオオーッ!」
バリーはライラの命令に、怒りと喜びの混じった雄叫びを上げた。
********
ガラガラガラッ!
白虎の乗った飛行妖怪『野衾』の前方50mほどの空域で空中停止し、機体の左側面を白虎の方に向けた特殊作戦用仕様ヘリ『UH-60 ブラックホーク(UH-60 Black Hawk)』の後部ドアが開いた。
「やっこさん… いったい、何のつもりだ?」
開いた後部乗員室の扉の前には、ピッタリと体にフィットした黒い服に身を包んだ一人の人物が立っていた。その均整の取れた美しいプロポーションからして若い女性の様だった。
「女…? ここから見ても分かるほど、バツグンに素晴らしいプロポーションをしてやがる。
へっ、あの女…俺を空のデートに誘ってるってか?」
白虎はニヤニヤと笑っていた。人間としての千寿 理は、もちろん女嫌いでは無かった。相手が魅力的な容姿をした女性なら是非にもお相手願いたいと言う欲望をいつでも持ち合わせた男なのだ。
その彼の能天気な発情男の性格は、いつも美人秘書の風祭 聖子を呆れさせていた。
その時、またしても鼻の下がだらしなく伸びかかった白虎の、人間を遥かに凌駕する聴力を持つ耳に、ハスキーで甘く魅力的な女の声が聞こえてきた。
「ふふふ、白虎! 久しぶりだねえ! 元気に発情してたかい、このエロ探偵!」
女の声を聴いた白虎の脳裏に、すぐに美しいが残忍な一人の女の姿が浮かび上がった。
「この声…ライラか! 間違いない、あの暴れじゃじゃ馬のライラだ! 何でライラがこんな所に? あの女がいるって事は…バリーも一緒か?」
「ブモオオオウウーッ!」
聞き覚えのある雄叫びが白虎の耳に響いて来た。
白虎と同じで、ライラとバリーも常人を遥かに超えた聴力を持っている。この程度の距離なら、猛吹雪の音やヘリのローター音の中でも互いの声を聞き取る事に不自由をしなかったのだ。
「うっ! 間違いない…あれは、忘れたくても忘れさせてくれない牛野郎のバリーの声だ。
この忙しい時に、またバリーの野郎と不死身同士の戦いをしなきゃならねえのか…?」
魅力的な美女のライラと違って面倒くさい相棒のバリーには、心底うんざりしたという表情を浮かべた白虎は溜息を吐いた。
一方、約50m離れた空域で白虎の乗る『野衾』に対峙するヘリ『ブラックホーク』の中では、妖艶な美女だが恐ろしい殺し屋でもあるライラが宿命の敵である白虎を見つめてつぶやいていた。
「白虎… こんな所でヤツに再会できるなんて…
だが、考えてみりゃあ…内調(内閣情報調査室)の特務零課長の鳳が動いてるんだ。ヤツのダチであるエロ探偵の千寿が現れても不思議じゃないか…
とにかく、ヤツはアタシ達『殺戮のライラ&バリー』のコンビが初めて敗北を喫したにっくき野郎だ。ヤツのおかげでアタシ達二人は、兄貴のチャーリーとあの方に対しての面目丸潰れになったんだ。
よく考えれば、このヤツとの再会はアタシとバリーにとってチャンスかもしれない。
汚名挽回のために今度こそ、あの不死身の風俗探偵の息の根を止めてやる!
バリー! 荷電粒子砲の準備をしな! 白虎をぶっ飛ばすよ!」
ライラが背後にいる相棒のバリーに命じた。
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「きゃあっ!」
『ロシナンテ』の車内に皆元 静香の悲鳴が響き渡った。フロントガラスの向こうに突然ヒッチハイカーの顔が現れ、燃える様に赤く光る眼で舐める様に車内を見回し始めたのだ。
ヒッチハイカーの顔貌は、彼が怪物化した今もなお人間の時の形状を残したままだった。
人間としての彼の顔立ちは彫りの深い端正で、非常に男前と言えるマスクをしていたのだが、その彫像のように美しい顔立ちに浮かんだ表情は、もはや人間のものとは思えないほど残忍で不気味な怪物のものと化していた。
爛々と燃える様に赤く輝くヒッチハイカーの双眸が、遂に車内の後部座席に座る静香の姿を発見した様だった。
鬼のように残忍なヒッチハイカーの表情に喜悦の表情が浮かんだ。
「ギャギャギャギャーッ!」
運転席に座った鳳が『ロシナンテ』のシフトギアを『リア』にぶち込み、アクセルを踏み込んで急いで車体を後退させた。
「ロシーナっ! シールドを下ろせ!」
「了解ッ!」
鳳の命令に即座に『ロシーナ』が応じた。
「シャーッ! カシャンッ! シャシャーッ! カシャカシャンッ!」
『ロシナンテ』の全ての車窓に、一斉に特殊チタン合金製の装甲シャッターが下ろされた。このシャッターは優れた耐衝撃性と耐熱性を併せ持ち、中の乗員を外部からの攻撃から安全に保護するための特殊装甲であった。
車体自体も特殊チタン合金の複合素材で作られた『ロシナンテ』がフル装甲モードになった時、戦車並みの頑丈で強固な車体へと化すのだった。
「バンパーガン撃てっ!」
「ガガガガガガッ!」
バックでジグザグに走行させながら鳳が命じると、『ロシナンテ』の前部バンパーに内蔵された5.56x45㎜NATO弾を発射する機銃が火を吹いた。
もちろん、ヒッチハイカーの機動力に敵うはずが無い事など十分承知した上での、鳳の機転を利かした目くらまし攻撃だった。
「ビシッ!ビシビシビシッ!」
斉射されたフルメタルジャケットの5.56x45㎜NATO弾は、そのほとんどがトンボの様な飛翔能力を持ったヒッチハイカーに躱され、その身体に当たる事無く白く煙る吹雪の中に消えていった。
それでも確実に何発かは怪物の身体に命中していたのだが、鋼のように強靭な彼の筋肉を突き抜けて主要臓器に達する事は出来ず、虚しく雪に覆われた地面へと落下した。
しかし、『ロシナンテ』に乗る鳳達も、その信じられない様な化け物じみたヒッチハイカーの肉体の機動性と防御力を、ただ黙って見ていた訳では無かった。バンパーガンの斉射終了後に一瞬飛び回る動きを止めたヒッチハイカーに対して、次の矢を放ったのだ。
「今だ! 島警部補っ! PSキャノン三連バースト、撃てぇ!」
「ドンッ!ドンッ!ドンッ!」
鳳自身は『ロシナンテ』の運転に集中するため、様々な銃火器に精通し国内の警察でもトップクラスの射撃の腕前を持つSITの島警部補に、20㎜機関砲であるPSキャノンの射手を任せたのだ。もちろん、『ロシーナ』の火器管制システムの補助もあった上での攻撃だった。
三連バースト砲撃とは、この場合20㎜機関砲弾を同一目標に向けて三回連続して砲撃する事である。この攻撃により、単発砲撃による威力の三倍以上の破壊力を目標に与える事が可能だった。
島警部補は鳳が命令を叫び終えるよりも前に、自分の判断で5.56㎜バンパーガンの斉射終了後にヒッチハイカーが一瞬だけ見せた空中での静止した瞬間を狙って砲撃を加えたのだ。
「ブシュッ! ブシュッ! ズバッ!」
ヒッチハイカーの腹部に見事命中した三発の20㎜徹甲砲弾の内、二発まではヒッチハイカーの身体を貫通する事は無かったが三発目がようやく怪物の硬い腹筋を突き抜け、背中から空中へと飛び出した。
「ぐっはああーっ!」
さすがのヒッチハイカーも、身体の中心に喰らったこの三連バースト攻撃に無事では済まなかった。
地上から数mの空中を飛翔していたヒッチハイカーは着弾の衝撃で後方へと吹っ飛び、雪の降り積もった地面へと落下した。
「やった! 化け物をぶっ飛ばしたぞ!」
PSキャノンの照準用火器管制モニターで、自分の撃った三連バースト弾の命中でヒッチハイカーが吹っ飛ぶ様を見ていた島警部補が喜びの歓声を上げた。隣に座る静香も、そんな島の様子を嬉しそうに何度も頷きながら見つめている。
後部座席で喜ぶ二人の姿をチラッとだけ見た鳳は、すぐに『ロシナンテ』をバックさせると墜落したヒッチハイカーの身体から30mほどの距離を取った。
「手を緩めるな! 墜落したヒッチハイカーに向けてバンパーミサイルをぶち込むぞ!」
「了解!」
先ほどまで斉射していた『5.56㎜バンパーガン』の両横に10cm四方ほどの大きさの開口部が開いたかと思うと、中から小型ミサイル射出筒の先端が数cmせり出して姿を現した。
『ロシナンテ』の主力武装の一つである、この対戦車ロケット砲『バンパーミサイル』は、直撃すれば現在世界最強と言われるドイツの戦車『レオパルト2A7+』を一発で行動不能に出来る威力を持っていた。
「『右側バンパーミサイル』照準セット完了!」
島が鳳に伝えると、『ロシナンテ』の車内に鳳の号令が響き渡った。
「撃てえっ!」
「ボシューッ!」
左右に二基装備された『バンパーミサイル』の内、右側の一発が発射され、オレンジ色の炎と白煙の尾を引いた対戦車ロケット弾がヒッチハイカーに向かってまっしぐらに突き進んで行った。
「ドッガーン!」
地面を揺るがす爆発の衝撃と同時に、墜落したヒッチハイカーの身体が横たわっていた地点一帯の地面が吹き飛び、吹き荒れる吹雪の中に火柱と黒煙が上がった。
約30m離れた距離にいた『ロシナンテ』の車体にまで、粉砕された石の破片や土が飛んで来て降りかかった。
「やったか…?」
車内にいる全員が、フロントガラスの内側に映し出された前方の映像に注目した。
フル装甲モード中の『ロシナンテ』は全ての窓ガラスが特殊チタン合金製のシャッターに覆われる事は先に述べた。
そうすると当然、乗員の目に見えなくなる外部の状況は、車体外部に取り付けられたカメラで撮影されたリアルタイムの360度全方向の外部映像として、前後左右それぞれのガラス自体に投影されるのである。
このため、車内にいる人間にとって、装甲シャッターに覆われる前と比べて視覚的に困る事は全く無いのだった。
しかも、なお素晴らしい事には任意で選んだ地点をズームアップして観る事も出来るのである。
爆発で燃え上がった炎は、吹きすさぶ強風により間もなく鎮火し、黒煙は風に吹き飛ばされて吹雪の中ながらも、視界がある程度晴れてきた。『バンパーミサイル』の爆発で地形が変わってしまったヒッチハイカーの倒れていた場所に全員の視線がくぎ付けになった。
「ん…? ヒッチハイカーの死体は、木端微塵になって吹き飛んだのか?」
後部座席に座る島警部補が身を乗り出して、フロントガラスに映し出された映像に目をこらしながら言った。
だが、爆発によって地面に開いたばかりの生々しい穴はハッキリと映っているが、ヒッチハイカーの肉体の残骸らしきものは見当たらなかった。
「おかしい… ヤツの死骸の欠片なりが、少しくらいはあってもいいだろうに…」
常に冷静な鳳さえもが眉間にしわを寄せて首を傾げている。
「上よ! みんな、気を付けて!」
スピーカーを通して叫ぶ風祭 聖子の声が車内に響き渡るのと、『ロシナンテ』の天井に外部から何かを叩きつける様な衝撃が加わえられたのは、ほとんど同時だった。
「ガッシィーン!! メキメキッ! バキバキッ!」
「キャアアーッ!」
何か重いものが叩きつけられた後にも天井に対して圧力が加えられ続けられる内に、『ロシナンテ』の車体全体がグラグラと揺れ、屋根が恐ろしい音と共に軋み始めた。
『ロシナンテ』はPSキャノン(Passenger seat cannon)を武器として展開中だった。このため助手席シートがサンルーフから外へと突き出されているのだが、シートの基部となる油圧式アームが加えられた外圧により、「ギシギシ」と今にも破壊されそうな軋み音を発している。
屋根に乗った何者かが驚異的な力で、PS砲ごと『ロシナンテ』の天井装甲を引き剥がそうとしているのだった。
屋根に乗った敵の姿が車内の者達からは見えないため、よけいに恐ろしいこの状況に耐え切れなくなった静香が悲鳴を上げ、隣に座る島警部補の身体にしがみ付いた。
「いかん! ヤツはPSキャノンを引き千切ろうとしているんだ! このままじゃ、特殊チタン合金製の屋根も破られちまう! 鳳さん!」
島警部補が恐ろしさに怯えブルブルと震えながらしがみついてくる静香を、たくましい腕で力強くしっかりと抱きしめながらも、自分も鳳に対して救いを求める様に悲痛な叫び声を上げた。
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「くっそうっ! ヒッチハイカーのヤツ! シズちゃん達を!」
『黒鉄の翼』の操縦席で地上の状況を映し出したモニター画面を見つめていた伸田が握りしめた両手の拳をブルブルと震わせながら絶叫を上げた。
上空から望遠カメラで撮影された地上の映像では、爆発を逃れたヒッチハイカーが『ロシナンテ』の屋根に取り付き攻撃を加えている姿がハッキリと映し出されていた。
「伸田君、『黒鉄の翼』はここを動けないわ。いよいよあなたの出番よ!
手順はさっき教えた通りよ。お願い、みんなを助けに行って!」
風祭 聖子が通信を通して伸田に語りかける声からも、彼女の必死さが伝わって来る。
「もちろんです! もう黙って見ているなんて、僕には出来ない… 行きます!
スペードエース、キャノピーを開けろ!」
「了解!」
『スペードエース』の返答と共に操縦席を覆うキャノピーがスライドし、上空を吹き荒れる外部の吹雪が容赦なく伸田の身体に吹き付けてきた。だが、伸田は吹雪をものともせずに立ち上がった。
立ち上がった伸田の背中には大型のバックパックが装着されていた。そして彼は、頭にはヘルメットと目には大型ゴーグルを着用し、風よけのため口元をマフラーでしっかりと覆っていた。
「プロトタイプ装着型飛行ドローン『ウインドライダー(wind rider)』展開!」
伸田の掛け声と共に、彼が背負った長方形のバックパックに四隅に折りたたまれて収納されていたアームが四方に展開した。四本のアームの先にたたんで取り付けられていたプロペラが展開され、それぞれ回転し始める。そしてバックパックの両側面に穿たれた細いスリットから三段階に伸縮する細長い翼が飛び出して補助翼として広がった。
最後に、本体に重ねてたたまれていた二つの大型プロペラが取り付けられたアームが起き上がって来て、左右に広げられて回転を始めた。
これで伸田は、背中に大小合わせて6つのプロペラと2枚の補助翼を持つ飛行型ドローンを装着した『The wind rider』となったのだった。
「脳波操縦システム正常に作動。伸田伸也! ウインドライダー、発進します!」
吹雪の中、そう叫んだ伸田が『黒鉄の翼』の機体外部の装甲を、両脚で力強く蹴った。
大小合わせ6つの回転するプロペラと2枚の補助翼を展開したバックパック型のドローンを背中に装着した『風に乗る者』となった伸田が地上からの高度約200mの空に飛び立った。
「ヴィィーーン!」
怪物ヒッチハイカーが4枚の翅で飛ぶ際に立てる飛翔音によく似た響きを上げながら、ウインドライダーは飛んだ。そして、一度右に旋回すると『黒鉄の翼』の下に広がっている緑色のオーロラの様な『疑似結界』のドームへと突入した。
『疑似結界』の光の障壁は、人間である伸田と背負った機械のドローンにとっては何の障害にもならなかった。
「頑張ってね、伸田君。あなたは我々の希望なのよ!
さあ! 行きなさい、ウインドライダー!」
伸田が頭に被るヘルメットに内蔵された通信デバイスを通して、風祭 聖子の声が明瞭に聞こえてきた。
「了解です、聖子さん。今度こそヤツを倒します!」
伸田の被るヘルメットは、彼の脳が思考する時に発する微弱な電気信号を読み取る事が出来、その信号を即座に6枚のプロペラに伝えて微妙に羽根をコントロールする事によって、『ウインドライダー』のバランスや進む方向に加え、推進力までもを装着者の意のままに操作する事が可能なのだった。
これで伸田は、ヒッチハイカーに匹敵する機動性に富んだ飛翔能力を手に入れたのである。
伸田は『ウインドライダー』となって、ヒッチハイカーに空中戦を挑むつもりなのだった。あまりにも無謀な作戦だと言うしかなかった。
だが、賽はすでに投げられたのだ。もう後戻りは出来なかった。
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「荷電粒子砲だと…?」
神獣である白虎のずば抜けた聴力を誇る耳は、この50mほどの距離を隔てた空間に吹きすさぶ吹雪の音をものともせずに、おそらくライラがバリーに対して発したのであろう命令の中に含まれた言葉をハッキリと聞き取ったのだった。
だが、悲しい事に白虎こと千寿 理の知る語彙の中に、その言葉は無かった…
「何だそりゃ? だが、何だか分からんが…俺の自慢の勘がヤバいと告げてやがるぜ。
それも、とんでもなくヤバい事だってな…」
満月期で能天気なはずの不死身の白虎が、身ぶるいするほどの悪寒を感じたのだった。
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「ブモウーッ!」
ブラックホークの後部乗員席ではバリーが副操縦士に手伝わせて、自分の背中に重そうなバックパックを背負っている最中だった。
相棒のライラはと言うと、50m隔てた空域に浮かぶ飛行妖怪『野衾』の背中に乗る白虎に対して、大声で話しかけている最中だった。おそらく彼女は、バリーの準備が整うまでの時間稼ぎをしているのだろう。
「あんたが何でこんなとこにいるのさ?」
ライラが白虎に問いかけた
「それは、こっちのセリフだぜ。ライラ!
相棒のバリーと二人で、こんな雪の山ん中まで来て何してやがるんだ?
どうせ、ろくなこっちゃあるまい?」
白虎はライラを挑発する様に答えた。どうも彼は、この残忍な美女をからかってみたいらしい。
「やかましい! お前みたいなゲス探偵野郎に言われたくないわ!」
ライラは頭が切れ、残忍でずる賢い頭脳をもった女だったが、白虎を相手にすると、いつも調子が狂うのだった。
「クソッ! こいつと一緒にいると、いつも調子が狂っちまう…
でも、それも今日で終わりにしてやるよ。バリーの新しい武器…荷電粒子砲でな。
バリーッ! 出番だよ!」
ライラは美しい顔に残忍な微笑みを浮かべながらバリーの名を呼び、準備の出来たらしい相棒のために自分の身体を横にずらして場所を譲った。
「ブッ! ブモウウウウーッ!」
ライラに場所を譲られたバリーが猛牛の様な雄叫びを上げながら前に進み出て、ブラックホークの左側後部ドアの開口部に立った。
何という事だろうか…
今までバリーはブラックホークの照明を消した真っ暗な後部乗員室に座っていたので、彼の姿形はよく分からなかった。
今、すっくと立ったバリーと呼ばれた男は身の丈3m近い巨漢だったのだが、もっと恐ろしいのは彼の筋肉の塊の様な巨大な肉体の肩の上に載っている頭部が、人間のそれでは無く…灰色をした巨大な水牛の頭だった事である。
ミノタウロス… バリーと言う男の正体は白虎が先に言っていた通り、紛れもなくギリシャ神話に登場する牛頭人身の怪物そのものだったのだ。
バリーの黒目の無い眼球が、白虎の姿を捉えて血走っていた。
「ブウッモウウウウーッ!」
「ドンッ!ドンッ!ドンッ!」
バリーは興奮のあまり、雄叫びを上げながら左足で床面を踏み鳴らしていた。その姿は、さながら闘牛で正闘牛士に対峙した牛が今にも相手に襲いかかろうと地面を蹴っている姿とそっくりだった。
「よお、何度俺にやられても懲りねえバカ牛野郎のバリーさんよお。
あんまり興奮してると、自分で自分の乗ってるヘリをぶち壊しちまうぜ。べっぴんのライラ姐さんもろとも雪山に落っこちるつもりかい?」
白虎がバリーを挑発するように言った。
だが、懲りないと言うなら、まさしく自分自身の事だろう。
この男は自分がピンチになるほど、その状況を楽しんでしまうという危険極まりない性格なのだ。今もライラの言った『荷電粒子砲』という言葉に恐ろしさをひしひしと感じながらも、にやけて緩みっぱなしの表情で相手をからかってしまうという悪癖を、自分でもどうしようもないのだった。
この挑発を聞いたライラは、バリーの怒りを宥めるどころか、楽しくて仕方が無いというかの様な表情を浮かべて白虎に言った。
「バカ野郎はバリーよりもあんたの方さ、あんた、本当に死にたいらしいね…
だが、その挑発に乗ってやるよ。あの世で自業自得だったって後悔するんだね。
いくら今が満月でも灰になっちまっちゃあ、その不死身の身体も再生出来ないだろうさ。バリー! いいから、やっちまいな!
あんたのでっかいイチモツ、ぶっ放してやれ!」
背中に大きなバックパックを背負ったバリーが右足(以前、白虎に握りつぶされてから再生する事が出来無い)で床を踏んだまま、左ひざを床面について立てひざの姿勢を取った。そして、左手で肘の部分を押さえた右手(ここも白虎に噛み千切られた部分から先が再生しない)の先を白虎に向けた。
バリーが失った右肘から先には直径10㎝程の内腔を持った金属製の砲身が取り付けられていた。その砲身の基部には、バリーの背負ったバックパイプから伸びた数本のケーブルとジャバラ状のパイプが繋がっていた。
彼は自分の失った生身の部分を武器化してしまったのだった。
「キュイィィーン…」
白虎は目を見張った。
「何だ、あれは…? おい、なんかヤバそうだ… 逃げろ、野衾!」
バリーが白虎に向けた右腕の砲身の砲口から見える内部がオレンジ色に輝き始めた。そして砲身の周囲の空間に生じたオレンジ色に光る無数の粒子が、砲口に向けて吸い寄せられるように集まっていく…
「バリーッ! ぶっ放せーっ!」
ライラの絶叫が『夕霧谷』の夜明け前の空に響き渡った。
オレンジ色の光の輝きが最高潮に達した瞬間、バリーの右腕から眩いばかりのオレンジ色の光の束となった荷電粒子ビームが白虎に向けて発射された!
「バッシュゥウウーーーッ!」
「ま、間に合わねえっ! うっぎゃあああー!」
白虎を乗せた飛行妖怪『野衾』が、バリーの発射したオレンジ色に輝く荷電粒子ビームに飲み込まれていった…
荷電粒子ビームの輝きが完全に消え去った後も、辺り一帯に空気の焼けた後に残るオゾン臭が漂っていた。それ以外には何も無かったかのように吹雪が元通りに吹き荒れている。
しばらくの間、白虎を乗せた飛行妖怪『野衾』が飛んでいた方角を見つめていたライラが、足元に視線を落とすと静かにつぶやいた…
「バイバイ、白虎…
アタシさ… 本当は、あんたの事・・・・・・・」
「ふうう…」
口から一つついて出た深い溜息を振り払うように首を勢い良く左右に振ったライラの瞳から、一瞬…光る何かが飛んだように見えた…
【次回に続く…】
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