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【小説】 僕と悪魔と彼女… : 第9話(最終話)「僕と悪魔と彼女…」

ザミエルと僕は僕のマンションの近くにある公園に降り立った。

 僕のマンションの前には警察のパトカーが4台に、消防車両が3台、それに救急車も2台止まっていた。野次馬も大勢押し寄せて来ている様だった。

「あちゃあ… あれじゃあ、当分部屋に帰れないかなあ…? なあ、どう思う?」
僕はザミエルにたずねながら、大場エリカを見下ろした。

 ここは公園の中央辺りにある大きな木の根元だ。ザミエルは僕を地上に降ろした後、その木の根元に座り込んだのだ。
 もう限界だったんだろう。座ってすぐに疲れのために眠ってしまった…

 見下ろした僕の目に映ったのは、きちんとそろえた足を斜めに投げ出し木にもたれながら眠る美しい乙女の姿だった。
よほど疲れていたんだろう。彼女は可愛らしい寝息を立てていた。

 そんな彼女を見つめた僕は、その姿の余りのひどさにため息をいた。
 彼女の着ているワンピースは、腹部がガイラの舌で開けられた穴が無残むざんにも大きく開き、その穴の周辺は流れた彼女の血と体液で赤黒く染まっていた。
 見えていないが、もちろん背中にも穴が開いているだろう。悪魔の翼が背中から飛び出した事によってかれた箇所もあるだろうから、彼女の服はあちこちズタズタでボロボロだった。
 僕は自分の着ていたスポーツシャツを脱いで、彼女の身体にそっと掛けてやった。といっても、そのスポーツシャツもまたガイラの舌で長そでの両袖部分がズタズタにされて、やはり血まみれだったが無いよりはましだろう…

 彼女の顔をそっとのぞき込んだ僕は、その美しい彼女の顔が血で汚れているのに気付いたが、その血まみれの顔でも彼女の美しさはそこなわれていなかった。
 むしろ、その整った顔にすさまじいまでの妖艶ようえんさが加わった様にさえ感じた。
 でも、その無邪気ともいえる寝顔には少女のあどけなさも表われていた。

 僕は彼女の寝顔を見ているうちに、愛しさとは別に悲しい気持ちがいてくるのを押さえきれなかった。
僕もそうだが、彼女はもう普通の人間では無いんだ…
 大場エリカは外見は美しい18歳の乙女の姿のままだが、中身は悪魔のザミエルとなってしまった…
もう、彼女は僕の憧れていた大場エリカではないのだ。
 僕は自分が『魔弾の射手』となってしまった事よりも彼女の今後を考えると、どうしようもなくつらく悲しい気持ちになった。

 僕は大場エリカの眠る木のそばを離れて、近くに有る公園の水飲み場に行き、蛇口じゃぐちひねって流れ出した水で顔をジャブジャブと洗った。
 そして、ゴクゴクと水を飲んだ後でポケットに入っていたハンカチを出して水で洗い、しぼってから大場エリカの元へと戻った。
 濡れたハンカチで彼女の顔に付いていた血や汚れを、優しく綺麗にき取ってやった。
 汚れの落ちた彼女の顔は、やはり血まみれの時よりもずっと美しさが増した。清楚せいそで美しい彼女に血の汚れは似つかわしくないのだ。

「うっ…ううん…」

ザミエルが気が付いた様だった。
僕は顔をのぞき込んでザミエルに話しかけた。

「気が付いたか、ザミエル? もう大丈夫なのか?」

閉じていた目がゆっくりと開いた。

「私…眠ってたのね… ここは、どこ…?」
目を上げた彼女の目が僕を認めた。

「あ、あなた… 井畑君…?」
 問いかけてきた彼女の顔が、にじんだ涙でかすんでしまった…
 僕は、左目からとめどなくあふれてくる涙をぬぐう事もせず、彼女の両肩に手をかけた。

「そう…だよ、大場さん… 僕…井畑大河いばた たいがだよ… 僕の名前、おぼえててくれたんだ…」
 僕は、こみ上げてくる自分の感情をおさえきれずに、彼女を力いっぱい両腕で抱きしめた。
 そして、彼女の左ほほに涙でグシャグシャになった自分の左頬を強く押し当てて、力いっぱいの頬ずりをした。

「ど、どうしたの? 井畑君…? く、苦しいわ…」

「ご、ごめん… ごめんね、大場さん。僕、嬉しくて…」
 僕はようやく彼女の頬に押し当てていた自分の顔を離し、まじまじと彼女の顔を見つめた。

「大場さん… とても綺麗だ…」

僕の心からのつぶやきに、大場エリカの顔は真っ赤になった。

「もう… 何言ってるのよ、いきなり… 恥ずかしいじゃない…」

 そんな少女の恥じらいが、悪魔のザミエルに有るはずが無かった。
 間違いなく、今目の前にいるのは大場エリカ本人だ… 僕は嬉しくて仕方のない気持ちをおさえる事が出来ない。

もう一度彼女を抱きしめたかった。でも…

「井畑君、私達…何でこんな所にいるの? それに私のこの格好は、いったい…?」

 僕が力強く抱きついたせいで、彼女に掛けていた僕のスポーツシャツがずり落ちてしまい、ボロボロで血まみれになった彼女のワンピースがのぞいていたのだ。
自分の姿を見下ろした彼女の目に、恐怖の色が浮かんでいた。

『大場さんは何も覚えてないのか…?』

「キャ… ん⁉ んんっ… 」
 大場エリカが大きく息を吸い込んで、今にも悲鳴を上げそうになったので僕はあわてて彼女の口をふさいだ… 僕の口で…
 仕方無かったんだ… 彼女の暴れ出そうとする両手を僕の両手でつかまえてなければならないから… 口でふさぐしかないじゃないか…

 僕は誰がどう見てもキスをしている状態で、彼女の目を見つめた… 
 彼女の目は最初、驚きで大きく広げられていたけど、僕の目をじっと見つめながら…だんだんと、うっとりとした様に目が細められていった。

やがて… 
 大場エリカの目は完全に閉じられ、彼女の全身に入っていた身体の力が抜けていった…

 そして、彼女は浮かしかけていた腰を地面に下ろして、もう一度背後の木にぐったりと背中をもたれかけた。

「また、眠ったのか…?」
 僕はもう一度、ずり落ちてしまったスポーツシャツを彼女の身体にかけようとした。すると、ズタズタになった彼女のワンピースの胸元から少し中が見えていた…
 そこに覗いていたのは、彼女の汗ばんだ白い肌と小ぶりだが形の整った胸のふくららみだった。悪魔の翼のせいで彼女のブラジャーの背中のベルト部分がはじけ飛んだのだろう。
「ゴクリ…」
 僕は生唾なまつばを飲み込んだ。僕は生まれて初めて、母親以外の女性の胸を目の前で見たんだ… しかも、無防備に胸をさらして目の前に眠っているのは僕の憧れの女性なんだ。

今まで…どれだけ、彼女に個人的に話しかけたかった事か…
彼女に告白する事を僕は夢にまで見た…
 その僕の恋がれた大場エリカが、今…僕の目の前で半裸に近い状態で気を失っているんだ…
 僕は心臓が口から飛び出してきそうに思えるほど、自分のドクンドクンという激しい鼓動が耳鳴りの様に鳴り響いていた…
僕は身体の震えを歯を食いしばって耐えた…

風邪かぜ…引いちゃうよ、大場さん…」

 僕は大きく息をいてから、もう一度自分のスポーツシャツで彼女の首から太ももまでおおってやった。
「ダメだ。ダメだよ… 彼女は僕以上に辛い目にって、今は疲れ果てて眠ってるんだ。
そんな彼女を僕がまもってやらなくてどうする…?
 ごめんね、大場さん… ちょっとだけ、君の事を… 本当にごめん。
 あのね… さっきのキス… 僕の…ファーストキスだったんだ。
 君には悪かったけど、ありがとう… 君が相手で、僕はとっても幸せだよ…」

 僕はそっと、自分の唇に指をわせた。まるで、彼女の唇の余韻よいんがまだ残ってでもいるかの様に…

その時だ… 
 僕が見下ろす姿勢で見つめていた大場エリカの目がパチッと開いたんだ。

なんだ、もう終わりなのか…? どうしたんだ、大河?
せっかく人間の交尾が見られると思ったのに… しかも、自分で体験できるチャンスだったのに… チェッ、面白く無い!

 大場エリカの美しい唇かられた来たのは…
なんてこった…
ザミエルの声だった…

「お前… いつから見ていた…聞いていた…? 答えろっ!」

 僕は恥ずかしさと怒りでワナワナと身体を震わせながら、ザミエルを問いめた。

えーとな… この娘が気を失ってからだ、俺が目覚めたのは。
どうやらな、大河…
 俺が眠るか気を失うかすると…エリカが目覚めて、逆にエリカが眠るか気を失うかすると…俺が目覚めるみたいだな。
どうやら… 俺とエリカはそういう関係になっちまったらしいな。
ハハハハッ! 面白いよな?

僕はザミエルを拳骨げんこつなぐってやろうと思った…
でも、その殴ってやりたい相手が大場エリカの身体なのだ…
まったく…
何てこった!

ああっ、神様…
僕と悪魔と彼女の三人は、今後どうなるのでしょうか…?

あっ…
悪魔の神様に願うべきなのか…?

もう… 
どうにでもなれ!


「僕と悪魔と彼女…」第一部『魔弾の射手の誕生』篇 完




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【あとがき】

 第一部完としましたが、残念ながら…現時点で第二部以降の続きを書くつもりはありません。
 この小説は、ほんの思い付きで書き始めたのですが、自分でも登場人物達を気に入ってしまい書き続けました。
 書き始めて一週間程度でここまで書き上げるのは、私にしては珍しい事です。何しろ、私は他にも四本の連載小説を抱えております。
 それら他の連載をそっちのけで、当小説「僕と悪魔と彼女…」を書きまくっておりました。
 私にとっては生み出した全ての作品は、どれも等しく可愛い子供達です。
 それを依怙贔屓えこひいきに、一つの作品のみを集中して書き続けておりました。

 最近、他の作品のキャラクター達が私に訴えてくるのです。
「依怙贔屓ばっかりすんな!」
「早く俺達の話の続き書け!」
「早く俺を活躍させろ!」
「書かねえならぶっ殺すぞ、てめえ!」
等々、騒がしい事と言ったら…

 ですので、今後は停止していた他の小説の続きを書こうと思います。
私には彼らを生み出した責任があるのです。
 
 「僕と悪魔と彼女…」という作品と、そこに登場するキャラクター達を愛して下さった方々、最後まで読んでいただいた事に作者として感謝の気持ちでいっぱいです。感無量であります。

 ここで一旦終了いたしますが、いつかまた「僕と悪魔と彼女…」の第二部以降を書いてみたいと思っています。この作品も私の生み出した他の作品と同じく、私の可愛い子供ですから…
 
 またいつの日か、大河とザミエルにエリカ達三人が大暴れする機会がありましたら、その節は彼らを応援していただきたく存じます。
 
 この場を借りまして、作者の幻田恋人より感謝を申し上げます。
 本当に最後までお読みいただき、ありがとうございました。


令和4年5月7日   幻田恋人 記 

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