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風俗探偵 千寿 理(せんじゅ おさむ):第24話「屋上からヘリへ! そして、空での攻防の決着は…?」

 このエレベーターの停止が故障であれ罠であれ、こんな所でグズグズしていられない。
 俺のずば抜けた聴覚では地下にいた時から、屋上からヘリコプターのメイン・ローターの回転音が聞こえている。
 このままでは、連中に空の彼方に逃げられてしまう。

このケージから、すぐにでも脱出するぞ。
 俺は以前にもエレベーターに閉じ込められた事がある。
 よく映画や小説なんかでは天井から脱出するシーンが描かれているが、天井にあるのは脱出口では無く、外から救出するための救出口なのだ。
 通常は外からカギがかけてあり、中から開ける事は不可能だ。
 だが、獣人モードの俺を閉じ込めて置けるエレベーターのケージなんてこの世に存在しないのさ。
 俺は天井を見上げて膝を曲げ、一気に真上に跳躍した。そして握った右拳で天井の板をぶち抜いた。天板は一応鉄製なのだろうが、中央部に俺の拳で外側に向けて大きな穴を開けられ、そのまま施錠部と蝶番部を引き千切られて吹き飛んだ。
 力ずくで開けた救出口からエレベーターケージの上部へと出た俺は、真上を見上げた。正確には分からないが残り5階分程度の高さは、あと十数mと言ったところか…
 屋上階あたりの扉が開いたのか、急に光がしてエレベーター昇降路しょうこうろ内が明るくなった。

「探偵ーっ! 下まで一気に落下しなっ!」

ライラの声だった…

「ビシュッ! ビシッ! ブチィッ!」
 俺の並外れた聴覚に伝わって来たのは、例の『オリハルコン』の超音速鞭を二度振るった音と、それによって何かが切断された様な音だった…
 音と共に、俺の目の前のエレベーターをるしているワイヤーケーブルが一気に張力を失った…
 と、同時に… 俺が屋根に乗っていたエレベーターケージが、足元で落下を始めた!

「ライラの女狐めぎつねめ、『釣合つりあいおもり』のケーブルを切断しやがったな!」
 エレベーターは人が乗る『かご部』と『釣合おもり』との重量バランスを調節して昇降させているのだ。その『釣合おもり』のケーブルをライラが切断したので、俺の乗っていた『かご部』が落下を始めたのだ。
 
ライラめ、俺を誰だと思ってるんだ…?
 天下無敵の獣人白虎じゅうじんびゃっこ様を、こんな子供だましの手で殺せると思ったのか?
 俺はケージが落下し始めた瞬間に、ケージの屋根から昇降路のコンクリート壁に飛び移った。
 ライラに切断されたケーブルワイヤーの鋭い断面部が、空気を切り裂きながら俺の目の前をかすめ過ぎて行った。俺は動物のかんで、文字通り間一髪の差で身をかわしたのだ。
 あのワイヤーの切断部がちょっとでも触れただけで、人体などは真っ二つにされていただろう。

「ドゴーンッ!」
「グラグラグラッ! バラバラバラッ!」

 数秒ほどして、落下したエレベーターケージが地下の地面に激突する大音響が昇降路内に響き渡った。
 そして、その衝撃の凄まじさは地震のようにビル全体を揺るがし、頭上からがれ落ちたコンクリート片が俺の頭に降り注いできた。
 
 何の用途で設けられているのか俺には不明だったが、昇降路の壁には数mおきの間隔で幅10㎝程度のコンクリートの段が横木の様に張り渡されていた。それが昇降路の強度を高めるためなのか、本当に人が横方向に移動するのに使うものなのかは、俺には分からなかった。
 俺は咄嗟とっさの判断で、ケージの屋根からそこに飛び移ったのだった。
 ケージの落下に巻き込まれていたら、いくら不死身の俺でも数分程度は行動不能におちいっていただろう。危なかった…

「コイツは使えるぞ…」
 そうつぶやいた俺は、数mおきのコンクリートの横木を次々に飛び移って上へと進んで行った。この程度の跳躍ちょうやくは俺にとっては、どうという事も無かった。

 それから俺は、エレベーター昇降路の中を7階、8階、9階へと跳躍を繰り返して飛び移りながら上がって来たが、その間にライラ達が再び攻撃をして来る事は無かった。
 ライラとバリーが、あれしきの攻撃で俺が死んだとは思っているはずがないから、これ以上の邪魔はあきらめたというところか…
 だが、俺にはホッとしている余裕などは無い。攻撃が止んだと言う事は、もう俺を足止めする必要が無くなったと言う事を意味するのだ。

「まずいぞ、このままじゃ… ヘリで逃げられる!」
 
 俺は昇降路内での跳躍のスピードを上げ、屋上の扉付近にたどり着いた。しかし、当然の事ながら扉は閉まっていた。

「バラバラバラ…」

 扉の隙間から、ヘリコプターのローター音が聞こえてきた。おれの鋭い聴覚には地下にいた時からとっくに聞こえていたのだが、人間の耳にもはっきりと聞こえるくらいの距離にまで迫ったと言う事だ。
 俺は昇降路の壁から跳躍して扉に取り付いた。こんな油圧式の扉など俺の力の前では、暖簾のれん程度の障害でしか無かった。

「メキメキッ! ギシギシギシッ! バキバキッ!」
「むっ!」
 力ずくで左右に押し広げた扉の向こう側でヘリポートに駐機され、今まさに飛び立たんとメイン・ローターの回転数を上げていたのは、米陸軍でも採用されている中型多目的軍用ヘリコプターの『UH-60 ブラックホーク(UH-60 Black Hawk)』だった。
 機体は夜間活動用に真っ黒に塗られ、機体が識別出来る番号や所属を示す表示等は全て塗りつぶされていた。まさに正体不明の機体だった。

 俺の方に機体の左側を見せた『ブラックホーク』の開かれた後部ドアからのぞいていたのは、機体側面ラックに固定されたミニガン『M134』を俺に向けて構えたライラの美しい顔だった。

「はあ~い! ハニー! 私からプレゼントをあげるわっ!
受け取ってね!」

 馬鹿げたライラのあざけりの叫び声に続いて、不気味な音が響き渡った。

「ブヴゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!」

 ライラの奴… 夜の屋上とは言え、本当に新宿街のど真ん中で俺に向けてミニガンをぶっ放しやがった!

「ブヴゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!」

 ミニガンなんて可愛い名前で呼ばれているが、『M134』は6本の銃身を持った電動式ガトリングガンだ。
 毎分2,000~4,000発という単銃身機関銃を遥かに超える発射速度で7.62mm弾を射出する化け物みたいな機関銃だ。
 あまりにも銃弾の射出速度が速すぎて、回転する6本の銃口からの射撃は火を吐き続ける火炎放射器の様に見える。

「ババババババババババッ!!!!」
「ガガガガガガガガガッ!!!!」
 俺の背後にある屋上エレベーター室のコンクリート壁が、粉々に粉砕されてけずられていく…

あわてるな! リーっ!
 あれしきの機関銃など、お前の「無明陽炎拳むみょうようえんけん」を持ってすれば恐れるに足らん!
当たらなければ、どうという事も無いわ!』
 俺の頭の中で林大人リンたいじんの声が、俺を叱咤激励しったげきれいする。
 だが、すでに俺の身体は数百発の銃弾を喰らっていた…

「うおおおっ! 痛えじゃねえかああぁっ!」
 
 いくら不死身の俺でもミニガンの銃撃をまともに当たれば痛いし、凄まじいまでの銃弾の運動エネルギーでかなりの衝撃を受ける。
 だが… ミニガンの圧倒的な破壊力と言えども、俺のはがねの様に強靭きょうじんな筋肉をつらぬく事も俺の戦闘本能をぐ事も不可能だった。

 貫通すること無く俺の身体にめり込んだ数百発の7.62mm徹甲弾は、俺の筋肉や腹圧で押し返され、バラバラと屋上の床に落ちて転がっていく…
 そして銃弾に傷付けられた俺の体表組織は、瞬く間に再生され元通りに修復されていく。

 だが、頭と顔面にも数十発の徹甲弾を食らった。
その時だ…
 俺の頭の中で何かがはじけ飛ぶ様な音がした!

「ブツンッ!」

その途端とたん、俺の意識が消失した…


********


ったか…?」
 
 ライラは自分の撃った『M134』の銃弾が鉄筋コンクリート製の屋上エレベーター室を、原形の不明なほどに半壊させたのは確認した。
 だが、ライラを含むブラック・ホークの全乗員には『M134』から立ち昇る硝煙が風に吹き払われた屋上に、宿敵の千寿 理せんじゅ おさむの姿を見つける事が出来なかった。

「ヤツは、どこへ行ったんだ…?」
「なあに、『M134』の銃弾の雨で粉々こなごなに消し飛んだんだろ。」
 
 操縦席に座るパイロットと助手席に座る副操縦士が、屋上を見渡しながら互いに聞かせるわけでも無く、つぶやく様に口にした。

「いっ、いかん! 飛べ! 上昇しろっ! 逃げるんだ!」
 真っさおになったライラが、パイロットに向かって叫んだ。

「イエッサー!」
 そのあまりにもあわてふためく様子に不信を抱きながらも、上官であるライラに返事を返したパイロットが、ブラックホークを上昇させていく。

 ブラックホークが上昇して初めて、ライラは自分が座っていた後部銃座に安心した様に腰を落ち着けた。

その時だ…
 『M134』を撃つために、開け放していた機体左側後部ドアを閉めようとしたバリーの目の前に、突然ヌッとそいつが姿を現したのだった。

「ブモッ?」
 
  バリーが驚く間も無く突然に現れたそいつは、いきなり片手を伸ばして『M134』の銃身を握り、銃座に座るライラの足元に固定されていた『M134』を根元から引き千切った。
 新宿の夜景をバックに、ライラとバリーの目の前に現れたのは白い虎の姿をした怪物だった…
その白い虎の目は、青白い光を放っていた…
 白い虎は根元から引き千切った『M134』の銃身を、やはり青白く光り輝く牙の生えた口に持っていき、おもむろにくわえたかと思うと…

「メキメキメキッ! バキバキバキッ!」

何と言う事か… 
 鋼鉄製の6本の銃身を噛み千切ってしまった!

「ベッ!」
 そして、そいつは噛み千切った『M134』の残骸ざんがいを夜空に向かって吐き出した…

 そいつの黒いしま模様のある白い体毛に覆われた両手の爪も、青白く輝く光を発していた。そいつが今度は、その青白く輝く爪の生えた右手でブラックホークの後部左側スライドドアを強くつかんだかと思うと…

「バキバキバキィッ!」
 金属が引き千切られる甲高かんだかい音を立てて、スライドドアの一部がもぎ取られた。
 そいつはもぎ取ったドアの破片を、無造作むぞうさに夜空に放り投げた。

「ひいぃっ!! 化け物!」
 あの非情で恐ろしい女傑じょけつだったライラが、信じられないことに悲鳴を上げていた。

「ブモウーッ!!!」
 狭いヘリの中で巨体を窮屈きゅうくつそうにして立ち上がり、雄叫おたけびを上げたバリーが、右こぶしを固めて白い虎の顔面を思いっ切り殴りつけた。
 これだけの近距離ではずすはずが無い…
 バリーの怪力のパンチに白い虎の顔から血しぶきが上がるのを、バリー自身もライラを含めたその場にいた誰もが確信した。

だが…

「ブッ、ブモオォォーッ!」
 結果は、バリーが自分の右手を押さえながら大声でわめき散らしたのだった。
バリーの右手首から先は消失していた…
 自分に向かって渾身こんしんの力で殴りかかって来たバリーの右拳を紙一重かみひとえかわした白い虎が、バリーの右手首に噛みついて一瞬で食い千切ったのだ。

 そのまま白い虎の怪物が、ヘリの中に入って来ようとしていた。

その時だった…

「きゃああーっ!!」
 
 今度はライラでは無い女性の悲鳴が、ヘリの機体の中で甲高かんだかく響き渡った。

 ヘリの中に乗り組んでいた全員が悲鳴の方を見た。
 右腕を失って喚き散らすバリーも、白い虎の怪物とバリーを交互に恐ろし気に見つめていたライラでさえ、そちらを見た。
 そして驚いた事に、まるで正気を失っているかの様だった白い虎の怪物の青白い光を放っていた双眸そうぼうが、女の悲鳴を聞いた途端とたんに正気を取り戻したかの様に、青白い光が消えて通常の人間の目の色に戻った。

「はっ…! 俺は、何を…? ここはどこだ?」
白い虎の怪物は人間の言葉をしゃべった。
 そして… 悲鳴のした方を見た白い虎の怪物だった者は、甲高い悲鳴を上げた人物を見た。

「川田… 明日香あすかっ!」
 その女性の姿に思い当たったのか、白い虎の怪物…いや、探偵の千寿 理せんじゅ おさむは完全に意識を取り戻した。

 完全なる白虎びゃっこと化していた探偵、千寿せんじゅ の意識が拉致らちされていた川田 明日香の悲鳴を聞き、彼女の姿を見て正気に戻ったのだ。
 
 やはり、悲鳴を上げた川田 明日香の方から人間の言葉を発した千寿せんじゅ の方へと意識を戻したバリーが、ライラとヘリを守ろうとして失った右手を左手で押さえながら、意識は人間に戻ったが姿は白い虎のままの千寿せんじゅ の胸を蹴りつけた。
 体当たりと角で突く事が得意のバリーだが、その脚力も並外なみはずれた威力がある。
 軽自動車程度なら、破壊しながら十数mの距離は蹴り飛ばす程だった。

 そのバリーが何度も繰り返して手加減無しの蹴りを喰らわせたのだ。
「バキバキッ! ガタンッ!
 ヘリにしがみついていた千寿 理せんじゅ おさむの、青白く光り輝く爪が食い込んでいた機体の左後方のスライドドアが衝撃で外れた。
 いくら不死身の怪物と言っても、地球の重力に逆らえるはずもなく…白い虎の怪物だった千寿 理せんじゅ おさむは、千切れ飛んだスライドドアに続いてヘリから落下していった。


********


 ヘリから落下する直前、俺はバリーに蹴られながらもズボンの右ポケットに開いている右手を突っ込み、指弾用に用いるベアリング弾を入れた革製の巾着袋きんちゃくぶくろを右手だけで開いた。
 そして、手探りで目当てのモノを探す…

「あった!」
 俺は、巾着袋に数十発入った6㎜径のベアリングの中からつまみ出した一つだけ違う形状をしたソレを、得意とする百発百中の指弾でねらいを付けた目当ての場所にはなった。

そこまでだった…

 俺がハリーのバカ力で蹴られたために、左手でつかんでいたヘリのスライドドアが機体との接続部からはじけ飛び、俺はドアと共に空中へと放り出された。

「落ちてたまるかあっ!」

 俺は必死に右手を伸ばして、俺を蹴り飛ばしたバリーの右足首をなんとか右手の親指を含む三本の指の爪でつかむ事に成功した。
 指先だけだと言っても、獣人白虎の凄まじい力で食い込んだ爪はバリーの足首から離れない。
 だが俺の宙吊りになった身体には、ぶら下がっている自重に加えて上空に吹き荒れる風が容赦なく叩きつけて来る。

「ブモウーッ!」
 バリーは怒りの咆哮ほうこうを上げるが、自分も落ちてしまうため残った左脚で俺を蹴る事は不可能だ。
 
 俺はじわじわとバリーの足首を握る右手指の本数を増やしていく…

「よしっ!」
 ようやく俺は、右手の全部の指でしっかりとバリーの太い足首を掴む事に成功した。

「この手は、死んでも放さんぞ!」
 
 そう言って眼下を見た俺は、かなりの高度をヘリが飛んでいる事にあらためて気付いた。高度300mくらいか…
 
 眼下から視線をヘリに戻した俺は、愕然がくぜんとした…
 ライラがバリーの横に立ち、俺の方をニヤついた顔で見下ろしていたのだ。彼女の右手には例の『オリハルコン』の鞭が握られていた。

 ライラは手に握った鞭を俺に見せつける様に突き出していった。

「さっきは本当にビビったよ。正直に言うけど、あたし失禁しちゃったよ…
下着もズボンもビショビショなんだ…
 あんたは、本当にあたし達の想像を超える怪物だったんだね…
 でも、この高さから落ちたらどうなるんだろうね?
 さすがの不死身のあんたでも死ぬのかな…?
 試してみようか?
さよなら… my sweetheart…」

 ライラは右手に持った『オリハルコン』の鞭を超音速で振るった!

「ブモオオオーッ!」
バリーが吹きすさぶ風をつんざく叫び声を上げた。

 ライラはバリーの右足首の、俺の握った右手の少し上の部分を超音速鞭で切断したのだ。

 俺は切断されたバリーの右足首を握ったまま、今度こそヘリから落下していった…


【 to be continued …】

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