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風俗探偵 千寿 理(せんじゅ おさむ):第14話「敵本拠地潜入… そして衝撃の出会い!」

遂に決行の夜が来た。
 今は深夜の1時前だ。ここは新宿でも歌舞伎町とは違ってオフィス街だから、この時間帯では人通りも少なくなる。
 
 それにしても… この時間に中国マフィアの本拠地でドンパチをやれば通報されて、間違いなく警官隊が大挙してなだれ込むだろう。
 だが、今回の俺の行動は内閣情報調査室の特務零課長であるおおとり成治の知るところだったので、権力の介入は避けられるはずだった。
 それどころか日本で唯一の国家諜報機関である特務零課のバックアップまで期待出来るのだ。少々暴れても許されるだろう。
 だから、俺の行動を邪魔する厄介な連中は敵である中国マフィアだけと考えてよかった。
俺にとって今回の作戦はピクニックに出かけるようなものだった。
 
 俺は風祭かざまつり聖子と綿密な打ち合わせをして、準備を周到に済ませて来た。聖子に対しても誰にも遺言状は書いてない。俺は元気に自分の事務所に帰るつもりだったからだ。
 まあ… 月齢14日の俺にとっては、ちょっとした用事でのお出かけといったところかな…?

 しかし… 向かう先は最近、新宿界隈でも破竹の勢いで他の勢力を抑えて台頭してきた中国マフィアの本拠地なのだ。
 警視庁だって最精鋭の機動隊を二個中隊揃えても突入に二の足を踏んだに違いない場所へ何を考えているのか、たった一人で乗り込んでいく命知らずのバカだった。
 だが、そのバカな俺は口笛でも吹きかねないほどのニヤニヤとした表情で、『地獄會議ディーユー ホエィーイー』が所有する本社とでも言うべきビルの前に一人で立っているのだ。12階建ての堂々とした構えのビルだった。自社ビルのようだから、あこぎな商売で荒稼ぎをしているのに違いなかった。

 まず、俺はビルの正面玄関入り口に回って見た。聖子の情報通りに正面入り口はシャッターが下りていた。このシャッターはおそらく拳銃や自動小銃程度では傷がつく程度だったろう。
 これを破るとなると、『ロシナンテ』のPSキャノンかPSGランチャーでも持ってこない限りは無理の様だった。だが、こんな街中でそんな物騒な代物をぶっ放すのは到底無理な相談だ。

 俺は侵入するのに聖子の情報通り、ビルの裏手にある非常口を利用する事にした。もちろん、ビルの裏側とは言っても出入りできる扉に関してセキュリテイに穴がある訳では決して無かった。
 だが、俺と聖子の場合はビルとしてのセキュリティが万全な方がありがたいのだ。
 なぜかというと… スーパーハッカーの風祭かざまつり聖子にとっては、いかなる厳重なセキュリティでも簡単に解除出来るからだ。
 すでに聖子は、このビルの全てのセキュリティシステムに侵入を果たしていたから、どのドアであろうと電子ロックである以上は解除可能だった。
 逆に言うとインテリジェンスビルで使用するはずの無い、単純な構造の南京錠やダイヤルキーの様な物理的なロック方式の方が解除するのが難しいのだ。
 そういう方式の錠に関しては俺の方が適していた。満月の夜の俺にとってこじ開けることの出来ない錠など存在しないのだ。力づくで壊して開けるのは簡単な事だが、俺には生まれつき錠前破りの才能があるのだった。
 例えばヘアピンさえあれば、警察の手錠や牢屋などを破るのは朝飯前なのだ。俺としては、力づくよりもこっちの方がスマートで好みだ。手先の器用さと自分の才能を試すことが出来るからね。

俺は、ビルの北西側にある表通りから目立ちにくい非常階段へと向かった。
 非常階段の基部となる一階にも、もちろん非常口が付いている。ビルそのものは消防法に適応した造りのちゃんとしたビルなのだ。
 だが… 中で何が行われているのかは、まともな外観からはうかがい知れなかった。

 俺は聖子との通信用にヘッドセットを付けている。これはその辺の市販の物では無く、聖子自身が考案し一から設計して作り出した高性能の通信デバイスだ。
 聖子との直接の通信はもちろんの事、俺の目線とほぼ同じ高さから撮影する映像をリアルタイムで聖子に5Gで転送出来る。
 しかもGPS(全地球測位システム)機能も組み込まれているので、聖子には俺がどの場所にいるかがすぐに判別出来る様にもなっていた。聖子はカブキ町にある俺の事務所に居ながら、ハッキングして盗み出したビル内の図面にGPSを使った位置を表示させることによって、現在地及び目的地を俺に指示することが出来るのだ。
だから、目隠ししてても歩くことが出来るくらいだった。
 もっとも、そんな物が無くても俺の獣人としての嗅覚と聴覚を持ってすれば、視覚による情報が無くてもさして困る事は無かったが…
だが、便利なものは利用する…これも生き残るためには大切な事だ。
と言うのが俺のポリシーでもあった。この世は生き残ったヤツの勝ちだ。

 という事で、俺は聖子が考えられる全てのセキュリティを解除し、しかし解除した事は敵側に知られない様にしてくれたおかげで、安心して非常口の施錠を易々やすやすはずしビルの1階に侵入した。

 俺の目的は『strongestストロンゲスト』の一掃だ。生成する工場を叩きつぶして二度と世に出させないようにすることだ。
聖子の調べでは生成工場は地下2階という事だった。俺は階段に向かった。

 1階廊下を歩いていると、こんな時間にも関わらずに物音が聞こえてきた。「ギシギシ」というきしみ音とともに、男の荒い息遣いと女のすすり泣く声も聞こえて来た。それらが聞こえてくる部屋は「第一小会議室」と札が下がっていた。
 聞こえてくる音や声、それに鼻のく俺には中で何が行われているのかはすぐに想像がついたが、そっとドアを開けて見た。不用心な事に鍵は掛かっていなかった。
 おそらく、ビルの内部にいる人間はこんな時間に荒っぽい風俗探偵が侵入しているとは、夢にも思わなかったのだろう。
 部屋の中では、後ろ手に縛り上げた上半身をさらに会議室の机の一つに縛り付けた全裸の若い女に対し、下半身丸出しの男が鷲づかみにした尻に背後から挿入して激しく腰を振っている最中だった。
 俺の猫族のしなやかな足取りに気付く人間などいない。しかも男は夢中で女の尻に抜き差ししている最中だから、俺の存在など全く眼中に無かった。

「はっ、はっ、はっ… もうイキそうだ… おらっ、中に出すぞっ!」
 と、射精に向けた最後の激しい腰の動きに入った男を、俺はいきなり後ろから引っ張ってやった。非常に残念な事に男のイチモツは女の膣内に発射することが出来ずに、仰向けに倒れながら空中におびただしい精液をまき散らした。
 激しく射精しながら恍惚こうこつとした顔をした男は、みっともない恰好で背中から床に倒れ落ちた。
「ゴイーンッ!」頭を床にぶつけた鈍い音が響いた。
 女の方はと見ると、会議机に上半身を縛りつけられていたので男と一緒に倒れる事は無かった。
 しかも女の口には、女自身からはぎ取ったモノに違いないショーツとパンストを使って猿轡さるぐつわがされていた。これでは、どう見ても合意のセックスとは言えないだろう。力づくで無理やりに犯されていたに違いなかった。
 俺は女の縄を全てほどいて開放し、そばに落ちていた女の衣服を全て渡してやった。女は猿轡を自分で外し、化粧が取れてぐしゃぐしゃになった涙顔で俺とひっくり返っている男を交互に見た。
 そして、訳が分からないまま俺に向かって頭を何度も下げている。だが、新しい凌辱りょうじょく者が現れたのかもと警戒とおびえの表情が変わる事は無かった。

 俺は女に「行け、逃げるんだ。」と短く告げた。女は俺の気が変わらないうちにと急いで服を身に着けた。
 すると、ようやく起き上がった下半身丸出し男が「待てコラ! 逃げるな!」と叫んで女をつかまえようとしたので、俺は軽く足払いをかけてやった。バカな男はもう一度床に転がった…
「ゴイーンッ!」

女は一度も振り返る事なく、ドアを開けて出て行った。
 俺は女を見送った後、髪の毛を含めた身体中の体毛が逆立つ感覚を覚えて後ろを振り返った。その感覚は丸出し男が突然に発した気配から来ていたのだ。
 振り返った俺が見た男は、身体を激しく震わせながらうつむき加減に立ち上がるところだった。まるで何かの病気にでもかかったかの様に異常な身体の震え方をしている。
 
 そして俺を見上げた男の目は、見開いたまま光を失っていた。見覚えのある目…
 そうだ… カブキ町の暴力団『海援組』の事務所で、同じ組の者達全てを殺戮さつりくした挙句あげくに…最後は俺がこの手で始末した若いチンピラ… あの青鬼の様な化け物と化した男と同じ目をしている。

コイツも『strongestストロンゲスト』をやってやがるのか…?
 そう思って見つめる俺の目の前で、男の身体は変身メタモルフォーゼを始めた。俺と同程度かそれ以下の体格しかなかった男の身体がふくれ上がっていく…
メキメキメキッ! 変身による骨のきしむ音が響き渡った。
 下半身は裸だったが上半身に身に着けていた男の服はボタンがはじけ飛び、生地きじは裂けてズタズタの布切れと化し身体にかろうじて垂れ下がった。
 そして、全身の皮膚の色が紫色へと変わっていった。変身の止まった男のひたいからは一本のつのが伸びていた。変身後を終えた男の身体は2mを優に超え、天井に届かんばかりだった。

「紫のオニか… 仕方のないヤツだ。ヤクザもんに成った挙句あげくに、人間までめちまいやがって…」
変身を終えた紫のオニが物凄い勢いで、俺につかみ掛かって来た。
 俺はえてかわさずに鬼の攻撃を素手で受け止めた。ヤツの右手を俺の左手で、左手を右手で受け止めてプロレスや相撲で言うところの『手四つ』体勢で組み合った。
 オニの力は凄まじいものだった。これが普通の人間なら、両腕を簡単にへし折られて引き千切られていたに違いなかった。
 だが…この俺は、満月でフル充電された獣人白虎なのだ。相手が悪かったな。
 この天然の獣人である俺が、薬で作り出されたまがい物のオニ風情ふぜいにパワーでおとるはずが無かった。
 俺は渾身こんしんの力を込めているオニの腕を軽くひねり、組み伏せながらヤツの腕をそのままへし折った。そして情け容赦ようしゃなく、オニの両腕を肩の付け根から引き千切った。

「ぐぎゃおおおおうーっ!」
 オニは口から泡を吹きながら絶叫して床に倒れ込んみ、そのままころげ回った。だが、この程度でショック死する様なタマではない事は経験済みだった。
「あばよ、成仏じょうぶつしな…」
俺は言葉を掛けながら、床を転げ回るオニの頭を右足でみ砕いた。
 これで、このオニが復活する事は無い。さすがのオニも脳だけは再生出来ないようだからだ。

 俺は旧友で内閣情報調査室の特務零課とくむぜろか長でもある、鳳 成治おおとり せいじから『strongestストロンゲスト』で一度怪物化した人間は、心身ともに二度と元に戻る事は無いという情報を得ていた。
 そのまま怪物として他人を襲い続けさせる訳にはいかない。とどめを刺してやった方が世間はもちろん、そいつのためにもなる。俺は、すでにそういう結論に至っていたのだ。
だから、このオニの命を奪った事をいささかも後悔する事は無かった。
俺は人間を辞めたオニどもに容赦するつもりは無い。

 心配なのは、このビルのセキュリティは聖子が制御してくれてはいたが、今のオニの上げた絶叫がビル内にいる者に聞きつけられた恐れがある事だ。こんなスタート地点でぐずぐずしている訳にはいかなかった。
俺はヘッドセットを使って聖子に連絡した。
「聖子君、今のは見ていたな…
 どうやら、ここは正真正銘の『鬼ヶ島』のようだ。だが、ぐずぐずしてはいられない。『strongestストロンゲスト』の生成場所までの誘導を頼む。」

『分かりました…所長。それにしても凄まじい化け物でしたね…と言っても所長には負けるけど… いえ、失礼しました。
それと、所長に有意義な情報があります。』
聖子が興奮気味で俺に言った。

「ほう… で、どんな情報なんだ?」
俺も興味を覚えて聖子に聞いてみた。

『今のオニが人間からオニの姿に変わった際に、ヤツのバイタルサインが変化しました。心臓の拍動に変化が見られたんです。ヤツの心拍と心電波形が人間の物とは全く異なります。
 つまり、このデータをインプットして探索すれば、奴らのいる場所や数が特定出来ます。』

「それは素晴らしい… さすがは天才の聖子君だ。さっそくやって見てくれないか?」
俺の問いかけに間髪かんぱつ置かずに聖子の返事が返って来た。

『もう出来上がっています。オニが近づくと警告音で所長にしらせます。』
「ピー…ピー…ピー、ピッ…ピッ…ピッ、ピピピピピ…」
俺が聖子に話そうと思った途端にヘッドセットから警告音が聞こえてきた。

『所長! オニが2体そちらに向かっています。まもなく到着の模様!
そして、近くの倉庫にも静止したオニが1体…』
悲鳴に近い聖子の声が俺にしらせてきた。

「もう、おいでなすったか… 意外と早いな。3匹のオニ…さすが『鬼ヶ島』だ。今、この桃太郎が成敗に行くぜ!」
 俺は迫りくる敵を待ち構えることなどせずに、自分から部屋のドアを開けて廊下へ出た。
ちょうど1匹目のオニが廊下のかどを曲がってくるところだった。
 ありがたい事に、もうオニに姿を変えていやがる。これで何のためらいもなく成仏させてやれるぜ。
 現れたオニの姿は2mを超す巨体に額の角が一本なのはさっき殺したオニと同じだが、こいつの皮膚の色は茶色だった。

 茶オニに向かって俺の方から突撃した。廊下を駆けオニの手前で大きくジャンプし、そいつの顔面に必殺の右足を爪先からり込んでやった。
 そのオニは何が起こったのか理解する前に瞬時にくたばっただろう。何しろ前方から凄まじい勢いで走り寄って来た獣人白虎の飛び蹴りをモロに顔面にくらったのだ。
 そいつの頭部は血しぶきと脳漿のうしょうをまき散らしながら、一瞬で文字通りに消し飛んだ。

 次に反対側から角を曲がって来たオニが一匹いたが、俺は振り向きざまにやはり顔面に右の逆き手を叩き込んだ。俺の右手はそいつの後頭部まで突き抜けて顔の真ん中に大穴を開けた。
二匹とも即死だった。
 いかに『strongestストロンゲスト』で怪物化していようと、天然の獣人白虎に反射速度もパワーもかなはずが無いのだ。

『もう1体は所長の右手にある倉庫に隠れている様です。』
聖子が通信で教えてくれた。
確かに俺の右側にあるドアの上部に「倉庫」と表示のある部屋があった。
 俺はドアを開けようとしたが鍵がかかっている。中に閉じこもりやがった。オニは一匹たりとも生かしてはおけない… スチール製の重い扉と言っても全体が鉄の塊であるわけではない。せいぜいが厚さ2~3mmの鉄板だ。
 俺は深呼吸をして息を溜め、握りしめた右こぶしを正拳突きでドアノブのすぐ横を思いっ切りぶち抜いた。文字通り拳大の穴が開いて右腕が手首まで通った。
俺はドアを突き抜けた右手首を曲げ、手探りで鍵を見つけ出して外した。

「ピピピピピー!」

 ドアを開けた俺に、いきなり何かが突き出されてきた。俺はひょいとかわすとともに、突き出されてきたモノを右手の親指と人差し指でつまんで相手から奪い取った。奪ったモノは長いのマイナスドライバーだった。
 俺はステンレス製のマイナスドライバーを、片手であめのようにグニャリと二つ折りに曲げてやった。
 そしてドライバーを突き出してきた腕を捕らえて、そいつがひそんでいたたなの陰から引きずり出した。あらがおうとするが相手が悪かったな。いくら抵抗したって無駄だ。

「ピピピピピー!」

 倉庫の照明で照らし出された人物を見た俺は…驚愕して目をいた。オニじゃない…しかもこいつは…

「そんな… どうしてお前がここにいるんだ…?」
夢にも思っていなかった意外な人物との衝撃の出会いだった…

俺よりも一回り以上小柄で華奢きゃしゃな身体…
そしてふるえながらおびえている人物…

それは川田明日香あすかだった…

 俺が父親から捜索を依頼され、この一連の事件に巻き込まれる原因となった娘だった。
 この娘は榊原さかきばら家にいるはずだ。何でこんな場所にいるんだ? 俺とした事が少々パニックを起こしてしまった。
 相手がどんなに恐ろしくて強いオニだったとしても、これほどの衝撃は感じなかったろう…

「明日香… お前さん、川田 明日香だな…?」
俺はようやく衝撃から抜け出し、舌で唇を湿らせてから言葉を口にした。

「ピピピピピーッ!」

「ああっ、うるさい! 聖子君、ちょっと警告音を止めてくれ!」
 俺は聖子に命じた。警告音がうるさくて話が出来ない… 何でこんなに鳴りやがるんだ…?
聖子のおかげで静かになった。これで、やっと明日香と話せる。

「何でこんな所にいるんだ…? お前さんは榊原家で安全にアテナさんの治療を受けているはずじゃ無かったのか?」
 目の前の少女と言っても通用しそうな透明感のある可憐かれん華奢きゃしゃな若い女は、俺の質問に首を頷いたり横に振ったりした。この娘もパニックを起こしている様だった。
無理もない… 
 俺は彼女が鍵をかけたスチール製のドアを、外側から素手でぶち抜いて穴を開けたんだ。彼女は必死でその場にあったドライバーで自分の身を守ろうとしたんだろう。俺こそ化け物以外の何物でもないんだからな。
 だが、俺の突然の出現に驚いてはいるが… この娘の目にはしっかりとした知性の光が見える。少なくともアテナの治療は成功した様だった。

『だが、この匂いは…? それに聖子が言ったもう一体のオニは…?』

 しかし、何で明日香がここにいるんだ? おれが何度目かの疑問を目の前の娘に口にしようとした時だ…

「ピピピピピー!」
ちっ、オニが来やがった。

「聖子君! こっちに向かっているオニは何匹だ?」
俺はヘッドセットを使って聖子に呼びかけた。

『5体です! その倉庫に向かっています! でも、所長…その倉庫の中にもオニが1体いるはず…』
 聖子の返事を途中まで聞いた俺は、すぐに明日香に向かって言った。

「おい、お嬢さん! 話は後だ。俺は榊原家の知り合いだ。とにかく、ここに居たら袋のネズミだ! ここから出るぞ!」
 俺は返事を聞くより前に、明日香の腕を引き倉庫から連れ出した。

「聖子君! どっちに向かえばいい! とにかく彼女を安全な所へ連れて行く! 方向と場所を指示してくれ!」

俺の要請に即座に聖子の返事が返って来た。
『オニが来る方向は所長の後方からです。そのまま前方に向かって進んで下さい。1階は危険です、全てのドアが電子的にではなく物理的にロックされました。これでは私のハッキングでの操作は通じません!』

「分かった、取りあえず俺達は2階へ向かう! 階段はどっちだ?」

 俺一人なら、強行突破でオニどもを片っぱしから皆殺しにしながら進む事も難しい事じゃない。だが、明日香というお荷物がいてはオニどものいない方へ進まなければ、彼女を危険にさらす。
 まったく… 楽勝だと思っていたのに、とんだピンチが向こうからいて来やがった。
 俺は出来るだけ乱暴にならないように明日香の細く華奢な手を引いて、聖子の指示する方へ走った。

 ここは興奮して怒るか不安な顔をするのが当然の場面だが、また例によって俺の悪い癖が出て来やがった。
まったく、自分でも嫌になるぜ…

そう… 
俺の口元には、いつもの様にニヤニヤ笑いが浮かんで消えなかったのだ。


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