
【R-18】ヒッチハイカー:第28話『空の女同士の激突!! 聖子vsライラ! 陸では女を巡る男達の戦闘!! W.R. vs H.H.!』
「バリー… アタシ達の本来の仕事に戻ろうか。
それよりあんた、いいかげんにその格好はやめな。あんたの右腕の荷電粒子砲は、一発撃ってオシャカになっちまってる…」
ブラックホークの後部乗員室の解放された扉前で、荷電粒子砲を撃った姿勢のまま固まったかの様に動かないでいるバリーの右肩に、ライラが諭すように話しかけながらポンと叩く様に右手を置いた。
「ブウゥモオォ…」
ため息の様な唸り声を上げたバリーの身体から、まるで呪縛が解けたように力が抜け、膝立ちのままだった姿勢が崩れた彼の巨体は床にドサッと|尻もちを付いた。
ライラに言われて初めて気が付いたように自分の右腕を眺めたバリーは驚いた。
荷電粒子ビームを発射した右腕に接続されていた荷電粒子砲の特殊チタン合金製の砲身が、半分以上溶けてしまっていたのだった。
荷電粒子ビーム発射時の反動は怪物バリーの強靭な肉体が抑え込んだが、あまりの威力と熱に砲身自体が耐え切れなかったのだろう。
「荷電粒子ビームの威力に特殊チタン合金製の砲身でも耐え切れないとなると…砲身の素材は『オレイカルコス(オリハルコン)』で作るしかないな。
ふっ、もっとも…オレイカルコスの製造は今じゃ失われた技術だけどね。
いくら威力のすごい兵器でも一発の使いきりじゃあ、コストが掛かって分が悪すぎる。バリー、そんなガラクタ、とっとと捨てちまいな。」
ライラに命じられたバリーは、半分以上が溶けてしまったの砲身の残骸を右腕との接続の部分から外し、背中のバックパックと繋がっているケーブルや蛇腹状のホースを乱暴に引き千切ると、開いている後部乗員室のドアからポイと投げ捨ててしまった。
さすがにバックパックは再利用するために捨てはしなかったが、背中から乱暴に外すと無造作に床に放り投げた。
「ドガッ! バキッ!」
50㎏もあるバックパックが大きな音を立てて後部乗員室の床を破損させ、バックパック自体もあちこち凹んでしまった。
「バカ野郎! 乱暴に扱うんじゃないよ!
あんたのクソ馬鹿力で放り投げちゃあ、ヘリもバックパックも両方とも壊れちまうだろうが!」
「ブモウゥ…」
怪力無双で怖い物など無い不死身のバリーが、唯一頭の上がらない存在が相棒であり双子の妹でもあるライラだったのだ。 その恐れている彼女に怒鳴られたバリーは、筋肉の塊のような3m近い灰色の巨体を縮めるように肩をすくめながら巨大な二本のツノがある頭をうなだれ、申し訳無さそうにライラに対して唸り声を上げた。
********
「よくも、やりやがったなあ! 俺の腹に風穴開けた上に、とどめとばかりにミサイルまでブッ放してくれやがって!
間一髪で逃げたから助かったものの、さすがの俺でも今のは危なかったぜ…
このクソ忌々しいボロ車めが! 溶解液で溶けないんだったら、俺の怪力で破壊してくれるわ!
ぐひゃひゃひゃっ!」
「メキメキメキッ! ギシギシッ!」
バンパーミサイルの爆発を逃れ『ロシナンテ』の屋根に取り付いたヒッチハイカーが、車内から屋根の外へと露出している助手席砲(Passenger seat cannon)の砲塔を凄まじい怪力で、もぎ取ろうとし始めた。
********
「くそおっ! 落ちろ! 化け物!」
「ギャギャギャギャーッ! ギギーッ! ブオオオーッ!」
運転席に座る鳳 成治は『ロシナンテ』を急発進させると、激しい加速の前進後退や、左右への滅茶苦茶な蛇行運転に急ブレーキを繰り返し、屋根に取り付いたヒッチハイカーを何とか振り落とそうと必死に試みた。
「キャーッ!」
「うわわあーっ!」
後部座席に座る皆元 静香が、自分の前の運転席のシートに必死でしがみ付きながら甲高い悲鳴を上げる。隣の座席に座ったsitの島警部補も職業がら荒っぽい車の運転には慣れているはずだったが、あまりにも滅茶苦茶な鳳の運転に静香と同じく喚き声を上げていた。
「PS砲のダメージ重大っ! このままでは、ヒッチハイカーに引き千切られます!」
車載AIの『ロシーナ』が悲鳴のような甲高い声で叫んだ。
「バキバキバキッ! メキメキメキッ!」
屋根上から加えられるヒッチハイカーの容赦ない怪力に耐え切れなくなったPS砲の基部が、今にも引き千切られるかの様な恐ろしげな軋み音を発していた。そして、軋むだけでは無く…さすがの特殊チタン合金で作られた『ロシナンテ』の堅牢な屋根も遂に亀裂が入り出した。
「ギシギシッ! バキバキ!」
「ひいいっ! キャアアーッ!」
自分達の頭のすぐ真上の天井板が軋みながら、止む事無くベコンベコンと上下するのに耐え切れない静香の叫び声も止まる事は無かった。
「メキメキメキーッ! ギギギギーッ!」
遂に頭に響くイヤな音と共に特殊チタン合金製の装甲屋根が外側にめくれ上がっていくと、内装に張られている布も裂け始め、広がっていく裂け目から外部の吹雪が吹き込んで来た。
「うわああっ!」
自分の身体を静香をかばう様に覆いかぶせながら、顔を振り上げて天井を見た島警部補が叫んだ。
屋根の裂け目に外から灰色をした手が挿し込まれてきたかと思うと、強引に屋根板を自分側へとめくり上げようとし始めたのだ。
「皆元さん! ここは危ない! 外に出ようっ!」
「バカ野郎! 駄目だ! それこそ、ヤツの思うつぼだぞ!」
現状にパニックを起こし、『ロシナンテ』の後部ドアを開こうとした島を鳳が厳しく叱咤した。
「しかし、鳳さん! このままでも全員やられる! せめて皆元さんだけでも!」
「バカ野郎! ヤツの一番の狙いは彼女の捕獲なんだぞ!」
鳳が自分より年上である島を容赦なく怒鳴りつける。しかし、その真実を突いた言葉が今まさにドアを開けようとしていた島を思いとどまらせた。
「うう… 申し訳ありません。自分が間違っていました。でも…鳳さん、このままじゃ我々全員ヤツに!」
「ギギギギギー! メリメリッ!」
外部の敵は車内の者達が陥っているパニックなど一向に構う事無く、『ロシナンテ』の屋根板に開いた穴を力任せにどんどん広げていく。広がっていく屋根の穴からは、吹雪によって暖かかった車内に外の冷気が急激に流れ込んで来る。
「バキーッ! メキメキ! ブチブチブチーッ!」
金属がへし折れる大きな破壊音と共に、遂に外部の敵はPS砲そのものである助手席シートを屋根上まで上昇させていた金属製油圧ダンパーのフレームと、砲と繋がっていた砲弾補給用の弾帯や電源ケーブル類を残った屋根板ごと一気に引き千切ってしまった。
これで30㎜PSキャノンとPSGランチャーという強力な武器が失われたと共に、破られた屋根の穴を通して『ロシナンテ』の車内が外にむき出しになってしまったのだ。
「ぐへへへぇ~! シズちゃん、見つけたあ!」
「きゃあああーっ!」
車内で島警部補の膝に身を伏せ、両手で頭を抱えて震えていた静香が自分の名を呼ばれた、あまりの恐怖とおぞましさに絶叫を上げた。
「これでも食らえ、化け物っ!」
「ドゴーンッ! ドゴーンッ!」
島の叫び声に続いて、車内に二発の銃声が轟いた。
銃声は、島が両腕で構えて撃った『ソードオフ・ショットガン』と呼ばれる、銃身と銃床を短く切り詰めた散弾銃によるものだった。この銃は銃身長が短いため、この様に狭い車内でも容易に取り扱えるのである。
敵に対して、ほぼゼロ射程で放たれた二発の散弾の破壊力は、当然凄まじい威力を敵に与えた筈である。いくら相手が怪物であろうと、致命傷に近い傷を負わせられたのではないか… 撃った島自身は、そう手ごたえを感じていた。
「びゅうううーッ!」
屋根に開いた大きな穴から覗いていたヒッチハイカーの顔は消え去り、吹雪の吹き荒れる夜明け前の寒空がのぞいていた。
すでに銃声の残響が消えた車内には、吹き込んで来る吹雪の音以外に外部から聞こえる音は皆無だった。車内の人々は恐怖におののきながらも息をひそめ、耳をそばだてて外の様子を窺った。
「やったか…?」
島がゴクリとツバを飲み込みながら、誰に聞くともなくつぶやいた…
しかし、そうつぶやきながらもSITのベテラン隊員であり射撃のエキスパートでもある島は、身に付いた習性から二連式のソードオフ・ショットガンに、ポケットから取り出した新しい二発のバックショット弾を詰め込む事を忘れなかった。
島の膝には静香がまだ身体を固くしたまま蹲り震えていた。恐ろしさの余り、まだ彼女は顔を上げられないのだった。
「・・・・・」
鳳は無言のまま、屋根に開いた穴から外の様子を窺っている。
吹雪の音と『ロシナンテ』の発する音以外、何も聞こえない状態が過ぎていく…
「鳳さん、やはりヤツをやったんじゃあ…」
島が運転席に座る鳳に話しかけた時だった。
「んな訳…ねえだろ! バーカ!」
突然、大声と共にヒッチハイカーの顔が再び視界に現れた。だが、怪物化する前の彫りが深く端正な顔立ちだったヒッチハイカーの、左頬の肉は散弾によってズタズタに弾け飛び、左耳は完全に消失していた。
「てめえ… よくも、俺の美しい顔を…」
左耳と頬の肉の大半を吹き飛ばされたヒッチハイカーの左顔面は、見るも恐ろしい状態を呈していた。
左耳から鼻に達するまで失われた顔半分は、上顎と下顎の骨が歯茎に至るまで剥き出しになり、彼がしゃべるたびに左顎関節部分を支点としてパクパクと気味悪く開閉するのが直接丸見えになっていた。
それはまるで悪夢かホラー映画に登場する怪物の様だが、目の前のヒッチハイカーは紛れもなく現実世界に存在する怪物なのだった。
しかもなお、おぞましい事に修復再生能力が低下していたはずのヒッチハイカーの顔面の傷全体を、グジャグジャの断面から溢れ出した血と混ざりピンク色と化した泡が覆いつくしていくのに運転席から見上げていた鳳は気付いた。
「まずいぞ! よく分からんが、ヤツの低下していた再生修復能力が怒りで活発化しているようだ!
二人とも、しっかり掴まってろ!」
鳳は叫ぶと共にアクセルを目いっぱい踏み込んだ。
「ギャリギャリギャリギャリーッ! ブオオオオーッ!」
急速にエンジンの回転数を上げて急発進した『ロシナンテ』の特殊スタッドレスタイヤが、蒸気を上げながら|凍った路面を削《けず》り取っていく。
「キャーッ!」
「うわっ!」
静香と島が悲鳴を上げながらも、鳳に言われた通り座席にしっかりと掴まった。
「クソッ!」
今にも屋根に開いた大穴から静香に対して手を伸ばそうとしていたヒッチハイカーが毒づきながら、前方に向けて急発進した『ロシナンテ』の屋根から一度身体を車体から遠ざけるべく、4枚翅を激しく羽ばたかせて吹雪く空中へと飛翔した、。
「クソ忌々しいボロ車めがっ! 走れない様に、あのタイヤを俺の溶解液で溶かしてくれる!
食らえ!」
ヒッチハイカーは遠ざかろうとする『ロシナンテ』の後部タイヤ周りを狙って、自分の下半身に当たる細長い尾部を湾曲させ、向けた尻尾の先端から猛毒性の溶解液を、マシンガンの斉射の如く続けざまに発射した。
「ドドドドドドドドドッ!」
「ジュジュジュジュジューッ!」
溶解液のかかった路面は、凍り付いた表面ごとアスファルトが『ロシナンテ』を追いかける様に手前から順に溶かされていく。
そして、いよいよ『ロシナンテ』の左側後輪の特殊スタッドレスタイヤに溶解液が掛かろうとした時だった!
「疑似結界シールド展開!」
誰かの叫び声と共に、『ロシナンテ』後方の路面すれすれの高さに緑色に光るオーロラ状の『壁』が突然現れ、左後部タイヤに今まさにかかろうとしていたヒッチハイカーの溶解液を、ことごとく弾き返した。いや…弾かれたと言うよりも、その『壁』より向こう側へ溶解液が達する事が出来ないのだった。
それはまるで、緑色の『壁』が『ロシナンテ』をヒッチハイカーの攻撃から護っているかの様に見えた。
「ジュジュッ!」
突然現れたオーロラ状の緑色に光る壁は、サイズこそ1m四方程度の小さな面積しかなかったが、上空で『黒鉄の翼』から放射される超音波と地面に置かれた発生器から放射される電磁波の共鳴によって発生中の『疑似結界』のドームに、そっくりの代物だった。
「げっ! あ、あれは!」
ヒッチハイカーは上空を見上げた。そこにはまだ、自分を閉じ込める『疑似結界』のエメラルド色をしたドームが展開中だった。
そして、もう一度『ロシナンテ』の後方に現れた緑色の小さな『壁』を見たヒッチハイカーは、そこに再び『壁』を認める事は出来なかった。
ほんの短い時間だけ現れて溶解液を弾き返した『壁』は、またすぐに消え去ってしまったのだ。
「どこを見てる? お前の相手は、この僕だ!」
その声に振り返ったヒッチハイカーは、驚いた事に自分と同じように吹雪の吹き荒れる空中を停止飛行している存在を認識し目を見張った。
その者はヘルメットと大きなゴーグルを着用し、首に巻いたマフラーで口元を覆っているので顔の判別がつかず、男である事しか分からなかった。
「な、何だ…お前は?」
ヒッチハイカーの上ずった声の問いに、現れた男が空中に停止飛行しながら答えた。
「僕か?
僕はウインドライダーだ。風に乗り、魔界の存在を撃退する者だ。」
********
「ミズ聖子! 当機右後方4時方向の白虎に対して対峙中だったブラックホークから、高出力エネルギーのビーム発射を検知!
大気中に大量に発生したオゾン及び二次放射線の分量から、発射されたのは荷電粒子砲と推測されます!」
『夕霧谷』上空で空中停止飛行を続けながら『疑似結界』を展開中の『黒鉄の翼』の完全自立思考型AI『スペードエース』が、カブキ町にある『千寿探偵事務所』内にいる風祭 聖子に慌てた女性の声で報告した。
「か、荷電粒子砲ですって! この日本で? 誰がそんな恐ろしい兵器を…?
スペードエース! しょ、所長は無事なの?」
荷電粒子砲の発射に驚いた聖子だったが、その恐ろしい兵器が誰に向かって発射されたのかを考えただけで恐慌を起こしそうになった。
「先ほどまで飛行妖怪『野衾』が飛行していた空域に生体反応無し… マスターの消息、不明…
荷電粒子ビームは、その軌跡の方向及び距離からマスターの乗った『野衾』に対して発射されたものと推測されます。ビームを放ったのは、現在当機右後方4時方向に飛行中の正体不明ヘリ『ブラックホーク』で間違いありません。」
『スペードエース』が悲し気な女性の声で報告した。
「スペードエース!
どこの国のでもいいから、現在『夕霧谷』上空付近を監視可能な位置に飛行中の監視偵察衛星をハッキングして、ここ数分間に撮影された『夕霧橋』付近の映像を『マザー』に転送して解析させなさい!
急いで!」
聖子が甲高い悲鳴のような声で『スペードエース』に命じた。
********
『マザー』とは、その道で国際的に『The Witch of the Cyber World』と異名を取り、一方で天才科学者でもある風祭 聖子自身が設計製作したスーパーコンピューターで、『千寿探偵事務所』のあるビル内に設置されている。
大きさは大型冷蔵庫二台分くらいの大きさしか無いが、その性能は国家が保有する『量子コンピュータ』に匹敵する。
『マザー』は、複雑で厳重なあらゆるセキュリティを突破して世界各国が保有するスーパーコンピューターとリンクし、国家規模の最重要機密情報まで閲覧およびダウンロードを可能とするレベルの能力を持っていた。
『マザー』の性能と風祭 聖子の天才ハッカーの手腕をもってすれば、アメリカの国防総省クラスのスーパーコンピューターからでも情報を盗み出し、場合によっては乗っ取る事も可能だった。いや、「だった」というのは正確ではない。実際に彼女はペンタゴン相手にそれをやってのけた事があるのだった。
米軍で使用されている生物兵器(Biological weapons)の一種である『BERS(Bio-enhanced remodeled soldier)計画』、日本語で言うところの『生体強化型改造兵士計画』の重要機密を盗み出したのである。
この機密は米軍内でもトップシークレット扱いとされ、将官クラス以上の階級で限られた者しか触れる事の許されない情報だった。
風祭 聖子は、現在自分達のビルが建つ新宿カブキ町で流通・蔓延している、人類史上で最凶のドラッグ『strongest』に繋がる情報を得るために、上司である探偵所長の千寿 理に命じられるまでも無く、たった一人の判断でハッキングを成功裏にやってのけたのである。しかも、アメリカ国防総省を相手に、決して痕跡を残す事なく…
これこそ、世界的規模の情報分野において彼女を『電脳世界の魔女』と呼ばせしめる驚異的な能力だった。
********
「創造主・聖子、現在、『夕霧谷』上空滞在中の国籍不明の偵察監視衛星『イーヴィルアイ ( evil eye )』に接触、システムに侵入して乗っ取りに成功しました。
ミズ聖子の命令に該当する動画を入手しましたので、『マザー』にアップロードします。」
『スペードエース』から、新宿カブキ町の千寿探偵事務所』内にいる聖子に対し任務成功の通信が入り、動画が転送されて来た。
「マザー! すぐに動画を解析!
白虎が乗った妖怪『野衾』を襲った荷電粒子ビームの発射された時点からの映像部分をピックアップして、モニターに表示しなさい。急いで!」
「了解。」
聖子の命令から1分とかからない内に、彼女の目の前にある液晶モニターに該当する動画が表示された。
「これね… 確かにオレンジ色に発光する荷電粒子ビームは、『ブラックホーク』の後部乗員室の開かれた左側扉から発射されてる。
はっ、あれは⁉ マザー、あの扉で右腕の砲身を突き出して構えてるヤツをズームアップして!」
マザーが聖子に命じられた通りに静止させた映像の該当部分を拡大し、鮮明な画像にクリーンアップして表示した。
「あっ! あれは…バリー! ミノタウロスのバリー!
あの殺し屋『ライラ&バリー』のバリーが何でこんな所に? ま、まあ…今はそんな事より…
マザー、動画の再生を再開してちょうだい!
『ブラックホーク』の左舷距離50mの空域に浮かんだ『野衾』に向けて伸びたビームが当たる…寸前の映像をコマ送りにして!
こ、これは…」
そこに映し出された映像を見た聖子は息を呑んだ。
「『野衾』が消えた…
白虎が…千寿所長が、荷電粒子ビームの発射と同時に口に咥えた魔槍『妖滅丸』に『野衾』を呼び戻したんだわ。その結果、当然…白虎は地上に向けて落下した。
つまり! 千寿所長は、間一髪で荷電粒子ビームの直撃から逃れたんだわ!
よっしゃあーっ!」
聖子は驚喜の叫び声を上げて立ち上がると、その場で大人げなく少女の様にピョンピョンと飛び跳ねた。
「不死身の所長なら、あんな200m程度の地上への落下なんかで死にやしないわ! なにしろ今夜は、満月なんだから!
よおし! 所長の仕返しに、私が『黒鉄の翼』の超電磁加速砲で、あの『ブラックホーク』をクソッたれのバリーごと…いいえ、きっと相棒のライラも一緒に乗ってる筈だわ。
ヤツら『殺戮のライラ&バリー』ごと、あのヘリを一気に撃墜してやるわ!」
********
「ウインドライダーだと? な、何だ、そりゃあ?」
島警部補が至近距離で発射したショットガンで吹き飛ばされたが、怒りで活性化した持ち前の驚くべき自己再生能力で修復しつつある左顔面をしかめながら、ヒッチハイカーが目の前数mの空中に浮かぶ男に対して叫んだ。
「『風に乗る者』だ。お前の様な魔界に落ちた極悪人を退治するために、この場にやって来た。
お前のこれ以上の悪行は、僕が許さない!」
「けっ! 死にやがれ!」
それ以上の問答無用とばかりに、ヒッチハイカーはウインドライダーに向けた尾部の先端部から猛毒性の溶解液をマシンガンの様に斉射した。
「ドドドドドドドドドッ!」
「疑似結界障壁!」
ウインドライダーが叫ぶのと同時に彼の前方1m程の位置に突然、またしても緑色に光るオーロラ状の壁が現れた。
「ジュジュジュジュジュッ!」
壁はウインドライダーに襲いかかる溶解液を全て受け止め、弾き返した。地面に飛び散った溶解液のしぶきが凍り付いた国道の路面に幾つもの穴を開けていく。
「くっそう! やっぱり、さっきのもテメエがやったのか!」
目の前に起こった現象に衝撃を受けたヒッチハイカーが悔しそうに叫ぶ。
「ああ、そうだ。この『疑似結界障壁』を魔界の存在は通過出来ない。お前自身も、お前の放った溶解液攻撃もな。」
ヘルメットを被り、ゴーグルで目を覆ったウインドライダーが冷静に言い放った。
彼が出現させた『疑似結界障壁』は、彼の背負う飛行ユニットである6つのプロペラと補助ウイングを備えたバックパックに内蔵された装置から発生する、特殊な超音波と電磁波をシンクロさせて作り出されていた。
原理的には現在上空に展開されている『疑似結界』のドームと全く同じである。小型の廉価版だと思って間違いない。
この装置の付いたバックパックは本来、風祭 聖子が対魔族用兵器として、空を飛べない千寿 理用の飛行用武装とするべく開発したユニットだった。
装着したヘルメット内の『脳波誘導システム』によって着装者の思考を瞬時に読み取って作動するので、事態を認識してから装置を操作するまでのタイムラグは存在せず、スイッチ誤操作を引き起こす事の無い画期的なシステムだった。
つまりウインドライダーとなった伸田伸也は思考するだけで、このシステムを自在に操作し、飛行も防御も思うがままに操る事が可能なのだった。
ただ、このウインドライダーを護る『疑似結界障壁』にも欠点があった…
障壁の大きさは約1m四方程度が限界で、出現させる事の出来る持続時間もごく短いのだ。これは特殊な周波数の超音波と電磁波を同時発生させるために必要な電力が、ウインドライダーの背負った飛行ユニット内のバッテリーを消耗させるためだ。
基本的に『ウインドライダー・システム』はユニットに搭載されたバッテリーパックの電気を使って6つのプロペラを回転させて飛ぶドローンである。このため、著しく電力を消費する『疑似結界障壁』を多用する事は出来ないのだ。
使えば使うほど飛行可能時間が短縮されてしまうのである。
つまり、伸田がウインドライダーとしてヒッチハイカーと戦う事の出来る時間は限られているのだ。しかも、戦い方によっては戦闘時間はさらに短縮されてしまうと言えた。『疑似結界障壁』を多用する防御一点張りの戦い方では、自分で自分の首をじわじわと絞めているのと同じ事になってしまうのである。
だが、戦闘は常に非情なものである。机上の理論と現実では、大きな隔たりがあって当然と言えた。
運も味方につけないと勝てはしないのだ…
「ヒッチハイカー! 今度はこちらから行くぞ!」
伸田は、ウインドライダーとしての自分の弱点を理解していた。彼は『黒鉄の翼』内にいた時に、風祭 聖子から戦い方のレクチャーを受けていたのだ。
「ヒュンッ!」
ウインドライダーは、それまでのホバリングの体勢から攻撃に切り替えた。『脳波誘導システム』で6つのプロペラを自在にコントロールし、半円を描く様にヒッチハイカーの背後に回り込むべく高速移動した。
だが… ヒッチハイカーとて、いつまでも黙ったまま見ている訳では無かった。背中の4枚の翅を高速で羽ばたかせ、さすがにウインドライダーに簡単に背後を取らせるような愚かな真似を見せはしなかった。
どちらも相手より早く敵の背後を取ろうと、互いに睨み合った姿勢のままの攻防が続いた。迂闊に敵に背中を見せれば致命傷を負わせられる事を、両者は知っていたのだ。
「ウインドライダー! 顔を隠してても、お前がノビタだって事は分かってるぜ!
人間を越えた進化で、俺の嗅覚はイヌ並みに利くんだ! 性懲りも無く、自分から殺されに舞い戻って来やがって!
待ってろよ、シズちゃんの目の前でお前をグジュグジュに溶かしてバラバラの肉片に変えてやるからな!」
そう大声で喚きながら、ヒッチハイカーは何度も溶解液を発射するのだが、ウインドライダーの方もヒラリヒラリと、まるで蜂の様な動きで身を躱す。だが、ヒッチハイカーの方も見た目と同様なトンボの様な飛翔で逃がさずとばかりにウインドライダーを追いながら、マシンガンの様な斉射で溶解液を発射し続けた。
時おり躱し損ねた溶解液のしぶきの一部が、ウインドライダーの背負うバックパックの6つのプロペラと2枚の補助翼にかかる時があった。
「うっ!」
「へっ! やったか?」
だが…驚いた事に、鋼鉄をも簡単に溶かすヒッチハイカーの溶解液を浴びても、飛行ユニットのプロペラも補助翼も溶け落ちる事は無かった。
もちろん、こういう攻撃を想定していた訳では無かったが、『ウインドライダーシステム』は飛行ユニットとして最も要求される軽量化を満たすために、軽量かつ頑丈な素材『特殊チタン合金』で作られていたのだ。
『ロシナンテ』の車体と同じ素材である、この『特殊チタン合金』は天才科学者である風祭 聖子が開発した特別な合金で、軽量で丈夫な事はもとより酸などによる腐食に対しても恐ろしく強い耐性を持っていた。
「くそ! 溶けねえってんなら、これでも喰らいやがれ!」
「ビュンッ!」
ヒッチハイカーが、左腕の先端が鎌のような形状に硬質化した触手を数mも伸ばして回転させると、『鎖鎌』の様にウインドライダーに向けて投げ放った。
「くっ!」
「カキーンッ!」
「何いっ⁉」
弾き返された左触手の硬質化した刃が、ヒッチハイカーの元へと戻って来た。鋼鉄さえも容易に切断する自分の触手の刃が跳ね返されたのだ…
いったい、何が起こったのか?
「忘れたのか? 僕には、この『ヒヒイロカネの剣』があるって事を!」
そう言ったウインドライダーの右手には、銀色に光輝く『安倍神社』に代々伝わる宝剣が握られていた。
********
この宝剣の材質である『日緋色金』とは、日本太古に栄えたと言われる文明で作り出された金属で、驚くべき事に剛性と柔軟性を共に併せ持ちながら、現代文明の高度な技術を持ってしても絶対に作り出せないほどの超硬度をも誇っていたのだ。
しかし、その古代文明が滅び去ると共にいつしか『ヒヒイロカネ』の生成技術も失われ、現在では二度と作り出せない超金属となってしまったのだ。この点は、一万年以上前に滅んだとされるアトランティス帝国に存在したとされる『オレイカルコス(オリハルコン)』と呼ばれた伝説の超金属と似ている。
この『ヒヒイロカネ』の生成技術が現代まで伝わっていたならば、日本は世界を圧倒的に優位な立場で制し得たであろうと言われている。
しかし、今では現存するのは古に作られ、遺物として残された物のみであった。
このウインドライダーの持つ『ヒヒイロカネの剣』も、その貴重な遺物の一つであった。
伝説の陰陽師であり、始祖でもある『安倍晴明』を千年以上祀り続ける『安倍神社』の祭祀に使う宝剣として納められている物を、鳳 成治が自分の実の父であり、『安倍神社』の現当主である『安倍賢生』から借り受けてきたのだった。
********
「くっそう… 取るに足らなかった人間風情が、生意気にヤバい存在になりやがって…
だがな、ウインドライダーよ。この勝負…どうやら、俺の勝ちだぜ。
見ろ!」
「ぐじゅるるるーっ!」
たった今までウインドライダーを攻撃していたヒッチハイカーの左腕の触手に突然亀裂が入ったかと思うと、2本に分裂した。そして、その内で太い方の1本の先端がさらに4本に枝分かれし、そのまま真下へスルスルと伸びていった。
「うっ!」
ウインドライダーはヒッチハイカーの真下を見て驚愕した。
いつの間にか、怪物ヒッチハイカーは停車中の『ロシナンテ』の数m真上で空中停止飛行をしていたのだった。
「しまった!」
現状にウインドライダーが気付いた時は遅かった。
「メキメキメキッ! バキバキバキーッ!」
4本に枝分かれした触手の先端がそれぞれ『ロシナンテ』の屋根に開いた大穴に取り付いたかと思うと、本体であるヒッチハイカー自身に向けて驚異的な力で引き寄せ始めたのだ。つまり、真上でホバリングする怪物ヒッチハイカーに向けて吊り上げられようとしていた。いや、実際に『ロシナンテ』の2tを越す重量の車体が凍った地面から浮き上がった。
そして、先に2本に分裂していた内の細い方の触手の先端が再び硬質化し、人間の形状を残したままのヒッチハイカーの右腕に握られたままの山刀に似た刃の形に変形した。
「ギシッ! ギシギシッ! メリメリメリーッ!」
ついに『ロシナンテ』の2tを越す車重と、引き上げられる力との拮抗に耐え切れなくなった屋根を支える支柱部分が悲鳴を上げ始めた。
「どこまでも頑丈なポンコツ車だが、ついに悲鳴を上げ始めやがったな。こいつで、どうだ!」
そう叫んだヒッチハイカーは、鋭い刃と化した触手先端部を空中に浮き上がった状態の『ロシナンテ』に向けて水平に薙ぎ払った!
「ビュンッ!」
「キンッ!キンッ! キンッ!」
驚くべき事に、薙ぎ払われた怪物の触手の刃が『ロシナンテ』の屋根を支える特殊チタン合金製の支柱全てを一気に断ち切ったのだ。
「ズシーンッ!」
空中に数十cm吊り上げられていた『ロシナンテ』の車体が、中に3人の乗員を乗せたまま凍り付いた地面に落下した。
「きゃああーっ!」
「うわあっ!」
「うっ!」
車内の皆元 静香に島警部補、鳳 成治の3人全員が落下の衝撃を受け、たまらずに声を上げた。
「へっへー! 中が丸見えだあ! シズちゃん、いただきー!」
「ビュルルルルーッ!」
硬質な刃と化していた触手を元の軟体に戻し、枝分かれしていた二本の触手を元の一本に戻したかと思うと、剥き出しになった『ロシナンテ』の車内で震えていた静香の身体に向けて一気に伸ばした。
「きゃあああーっ! やめてっ! 放して!」
ヒッチハイカーの左腕の触手が静香を捕らえ、自分のいる上空へと彼女の身体を瞬時に引き寄せた。
「くそおっ! 皆元さんを放せ、バケモノ!」
静香の隣の座席に座っていた島警部補は、目の前で起こった一瞬の出来事に呆然としていたが、すぐに立ち直ると握ったままだった装填済みの『ソードオフ・ショットガン』を構えて立ち上がった。邪魔になる屋根はすでに無い…
島は持ち前の射撃のスペシャリストとしての本能から、すぐにヒッチハイカーに照準を定めると引き金に指を当てた。
だが、島には怪物を撃てなかった…
ショットガンで発射された散弾に含まれた弾丸の内、何発かは確実に静香にも当たってしまうからだ。島が装填した鹿撃ち用の『スラッグショット弾』は弾丸が9粒入りの散弾なのだ。しかも先ほどのゼロ射程での発射とは異なり、上空のヒッチハイカーまでの距離があり過ぎて威力が弱まってしまう。吹き荒れる風による影響も受ける…
島ほどのあらゆる武器に通じた者にとっては、この状況で銃身を切り詰めた『ソードオフ・ショットガン』では分が悪すぎる事を瞬時に判断出来た。
それでも島は、銃を構えたまま構わず叫んだ。
「ヒッチハイカー! 皆元さんを放せ! 撃つぞ!」
「へっ! 撃ってみろよ。俺は死なないが、シズちゃんは死んじゃうぜえ…」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら答えたヒッチハイカーは、すでに元通りの端正で彫りの深い顔立ちに戻っていた。
【次回に続く…】
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