スタートアップファィナンスにおける、バリュエーションの妥当性とエクイティストーリー・PER
増資時におけるバリュエーションの妥当性
今回のバリュエーションはいくらが妥当でしょうか?という質問を受けることがありますが、まず前提として、スタートアップ企業の”真実の価値”は誰にも分からないということです。
例えば、上場時、時価総額1,000億円が想定されるスタートアップの場合、シリーズAで時価総額10億円でも高くはないかもしれません。
一方、上場時、時価総額50億円を狙っているスタートアップの場合、シリーズAで時価総額5億円でも高いと思われる可能性もある訳です。
出口の想定時価総額によって、各投資時におけるバリュエーションは変わってきます。
ベンチャーキャピタルのバリュエーション方法
では出口の想定時価総額はどのように決まるかですが、ベンチャーキャピタルのほとんどは、DCF法等の本源的価値評価ではなく、投資先企業のEXIT時点におけるマルチプル評価に依存しています(マルチプル評価とは、類似上場会社の市場株価と比較して非上場会社株式の上場時点における評価のことです。)
出口のマルチプルは比較対象となる企業の株式総額からですので、類似上場会社もしくは類似セクターの企業を選ぶ必要があります。
エクイティストーリーによりPERは変わる
2021年1月7日にアメリカの電気自動車大手テスラの時価総額は7,000億ドルを突破し、大手6社(トヨタ、GM、フォード、ホンダ、フィアット・クライスラー・オートモービル、フォルクスワーゲン)の時価総額を超えました。
例えば、投資家がテスラを自動車会社と考えるか、IT企業と考えるかによって株式時価総額は変わってきます。
テスラのPERは600倍程度ですが、トヨタのPERは12倍程度に過ぎません。株式市場はテスラを自動車会社ではなくIT企業ととらえているのだと思います。
エクイティストーリーによって、PERは大きく変わってくるのです。
HEROZのエクイティストーリーとPER
HEROZはAI技術を強みに市場予測などB2BサービスB2Bする企業です。「将棋ウォーズ」など頭脳ゲームアプリが有名です。
HEROZはゲーム会社なのでしょうか?AIテクノロジー企業なのでしょうか?
IPO時の目論見書における記載では、「当事業年度の売上高は877,623千円(前年同期比24.1%減)となりました。これは主に、スマートフォン向けネイティブアプリ「将棋ウォーズ」や株式会社ポケモンとの協業による「ポケモンコマスター」の牽引があった一方で、スマートフォン向け「嫁コレ」のサービスを平成28年8月に終了したためであります。」とあります。
要するに、IPO時点での収益貢献はほぼゲーム事業という記述です。
“ゲーム会社”と考えれば、コロプラ14.71倍、ミクシィ10.72倍、カプコン33.2倍、スクエニ28.36倍、KLab42.5倍、バンナム62.5倍、エイチーム109倍等が比較対象となります。一方、”AIテクノロジー企業“と考えれば、FRONTEO 2,585倍、ソケッツ423倍、AI Inside 302倍、ALBERT 361.89倍等、PER100倍超の企業が比較対象となります。ちなみに「AI関連事業の単一セグメントであるため、セグメント別の記載はしておりません。」としてIPO時もそうですが、現時点においてもセグメント情報を開示していません。
HEROZのホームページには、「AI革命を起こし、未来を創っていく私達は、将棋AIの開発を通じて蓄積した深層学習を含む機械学習によるAI関連手法を固有のコア技術としています。現在は、将棋に限らず様々な課題を解決するAIを「HEROZ Kishin」として各産業に提供しています。」と記載があり、単なるゲーム会社ではなくAIテクノロジー企業であることを宣言しています。
エクイティストーリーをどうとらえるかは、投資家の主観的判断によります。スタートアップは、投資家を魅力し、説得できる、エクイティストーリーを生み出して、ストーリーをバリュエーションに落とし込むことが求められるのです。