【創作童話】ばくら #ウミネコ文庫応募作品
あちこちの木に、きみどり色の葉っぱがふえてきたころ、森のさいほう名人バク山さんが小さなお店をひらきました。
かんばんに書いてある文字はばくら屋。
☆
「バク山さん、字をまちがえているよ」
店の前をとおったブタオくんが、かんばんを見て言いました。
「ばくらじゃなくて、『まくら』だよね?」
バク山さんは、ニコニコしながら「はいはい」とうなずきます。
「おしえてくれてありがとう。でもね、これはばくらでいいんですよ。バクのぼくが作った『まくら』だからばくら。それにね、このばくらは、ただのまくらではないからばくらなのです」
バク山さんは、ブタオくんにばくらを見せながらいいました。
「ふ~ん」
「このばくらをつかってねむると、じぶんの見たい夢を、じゆうに見ることができるのです」
「へぇ、すごいや!」
ブタオくんは、目をキラキラさせてばくらを見つめていましたが、きゅうにガッカリした顔に変わってしまいました。
「ざんねん……ぼくはお金をもっていないや」
「だいじょうぶですよ、お金はいりません。そのかわりに、ブタオくんの見た夢を、ぼくにひとかけら食べさせてくれませんか? それがばくらの『おだい』です」
「本当に? じゃあ、このばくらを下さい」
「はい、ありがとうございます」
ブタオくんはばくらをうけとると、大よろこびで家にかえっていきました。
☆★
その日の夜
ブタオくんは、たくさんのスィーツにかこまれている夢を見ました。
ケーキにクッキー、アイスクリーム……。
夢だから、おなかもいたくならないし、お母さんにもしかられません。
「ぼく、しあわせだな」
そこへ、ひょっこりとバク山さんが顔を出しました。
「やぁ、たのしんでいるかい?」
「あ、バク山さん! うん、たのしいし、おいしいよ! 本当にありがとう」
「よかったよかった。じゃあ『おだい』をいただいていくね」
バク山さんは、ブタオくんの夢のすみっこをパキッとわると、それをムシャムシャほおばりました。
「ほほう! おいしいね」
ブタオくんの夢は、あまいさとうの味がしました。
☆★☆
「ばくらを下さい」
「わたしにもばくらを下さい」
ばくらのうわさは、あっというまに森中に広がりました。
お店にはまい日、たくさんのお客さんがやってきます。
バク山さんは、せっせせっせと糸をとおして針をうごかし、心をこめてばくらを作りつづけました。
「ほほう!」
しあわせな夢の味は、とびっきりのごちそう! おなかも心もしあわせなバク山さんでした。
☆★☆★
そんなある日
「ばくらを下さい」
ウサキチくんという男の子が、お店にやってきました。
「はいどうぞ。おかいあげありがとうございます」
ウサキチくんはニコリともせずにばくらをうけとると、おじぎだけをして帰っていきました。
「ふしぎだな。ここにくるお客さんは、みんなワクワクしているのに、あの子はどうしてかなしい顔をしているのだろう?」
その夜、
バク山さんは、ウサキチくんの夢の中に入りました。
「あれれ?」
そこはただただ真っ暗なばしょ。おどろいたバク山さんでしたが、夢のかけらを手にとり、おそるおそる口に入れます。
ウサキチくんの夢は、さいしょは何の味もしませんでした。
「ん?」
やがて塩のようなしょっぱい味が、バク山さんの口の中に広がってきました。
「もしかしてこれは……なみだの味でしょうかねぇ?」
☆★☆★☆
次の日、ウサキチくんがまたばくら屋にやってきました。
「ぼく、お母さんの夢を見ようとおもっていたんだ。でも、お母さんはぼくが小さいころに死んじゃったから、はっきりとおぼえていなくて……。やっぱりむりでした。バク山さん、このばくらはかえします」
そう言ってウサキチくんは、かえっていきました。
「…………」
バク山さんは考えます。
ウサキチくんにお母さんの夢を見せてあげたい。
『おだい』がほしいからではありません。
ウサキチくんにしあわせな夢を見てもらって、しあわせなきもちになってほしいからです。
「そうだ!!」
バク山さんは、何かひらめくと、さっそく仕事にとりかかりました。
いつもより大きな布
いつもよりたくさんの綿
そしていつもよりも長い時間をかけて、せっせせっせと針をうごかします。
「ヨイショ、ヨイショ、よしできた!!」
☆★☆★☆★
そしてここはウサキチくんのおうちです。
「ウサキチ、こんやはお父さんといっしょにねよう」
ウサキチくんのお父さんは、長いまくら…いいえ、ばくらをかかえていました。
「お父さん、それは何?」
「ばくらだよ。さっきバク山さんがとどけてくれたんだ。これをつかうと、二人でおなじ夢を見ることができると言っていたよ。お父さんがお母さんをつれてくるから、ウサキチはしんぱいしないで夢の中で待っていなさい」
☆★☆★☆★☆
夢の中ではウサキチくんがドキドキしながら待っていました。
「ウサキチ、こっちだよ」
ふりむいたウサキチくんの目には、お父さんと、隣にいるもう一人のだれかがうつりました。
「お母さん? お母さんなの?」
「そうよ。ウサキチ」
お母さんはおもいきり手を広げました。ウサキチくんは、なきながらかけよって、お母さんに抱きつきます。
「お母さん!!」
そして…
ウサキチくんたちは野山をかけまわりました。
おいしいクッキーを食べました。
いっしょに青い空や白いくもをながめました。
三人でしあわせな時間をすごすことができました。
「ほほう!」
そのようすをバク山さんは、かげからそっと見つめています。
でも、こんやは『おだい』をいただくつもりはありません。
『この夢の味は、三人だけのヒミツにしたほうがいい』とおもったからでした。
☆★☆★☆★☆★
それから何日かして、お店に小包がとどきました。
ウサキチくんからです。
中には手紙とクッキーが入っていました。
「ほほう!」
バク山さんは、とっておきのコーヒーをよういし、一ばん気に入っているお皿にクッキーをならべました。
ほんのりとあまいクッキーの味は、バク山さんの心にほわわわ~っとしみわたります。
「ほほう!! きっとあのときの夢は、このクッキーのようにやさしい味だったのでしょうね」
☆★☆★☆★☆★☆
森に、みどり色がまぶしくなる夏がやってきました。
こんやは大人も子供も楽しみにしている『流星まつり』の日。たくさんの流れ星が森の空にかがやきます。
バク山さんは、この日のために、お店を一週間しめて、せっせっせと『あるもの』を作っていました。
「できたぞ!!」
それは、大きな大きなドーナッツ型のばくら。森のみんながねころがっても、まだまだスペースがのこるほどです。
「ほほう! たのしみですね」
そして待ちに待った夜がやってきました。森のみんなはばくらにねそべりながら夜空をながめています。
「きれいだね」
「また星がながれたよ!」
「あっちにもながれたよ!」
そのうち、みんなはだんだんウトウトしはじめました。
★☆★☆★☆★☆★☆
ここはは夢の中。
さっきまでとおくから見ていた夜空の中で、森のみんなはフワフワとういています。
流れ星はあとからあとからやってきて、子供たちは大よろこび。星をおいかけたり、とびのったり……。
大人たちはうっとりと星をながめながら、子供たちをあたたかく見守っていました。
その中にはウサキチくんのお母さんもいます。
バク山さんもこんやだけは、みんなといっしょに夢の中。
森のみんなはとてもしあわせです。
もちろんバク山さんもしあわせでした。
「ほほう! たのしいね!」
《おしまい》
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