日没の恐怖
子供のころ、母親は働いていたので、日中は家にいませんでした。
学童保育から帰ると、いつも家には私ひとりで。
だんだんと暗くなってゆくリビングのなか、唇を青くした私は刻一刻と追い詰められ、ガタガタと歯の根が合わない状態で震えていました。
夜になって母親が帰ってくるのが恐くて、恐くて、たまらなかったからです。
完全に日が落ちて、部屋が真っ暗な状態になっても、電気を点けることすらできませんでした。
電気を点けると母親が帰って来そうで、恐くて恐くて、点けられなかったのです。
そのとき私は暗闇のなか、ダイニングチェアの上で膝を抱えたまま、必死で考えていました。
母親が帰ってきて、怒鳴られるような要素はないだろうか?
何か、やり忘れていることは?
私が悪い子だったことがバレて、また母親が怒鳴り始めたらどうしよう?
何年も何年もずっと、平日の夕方は毎日、そんなまんじりともできない二時間ほどを私は過ごし続けなければなりませんでした。
考えてみれば、そんな長期に及ぶ恐怖体験が、人格形成に何の影響も及ぼさないはずがありません。
最近になってようやく気付いたのですが私、いまだに日が暮れるころになるとこれ、やってしまっているんです。
今日、私は建設的な時間の使いかたができただろうか?
意味のあることが何か、ひとつでもできたろうか?
知らずしらずそう、自分に問い詰めているんですよねぇ。
それにプラスして、午後になっても建設的なことが何ひとつできていない日には、時を経るごとにどんどん不安になってくる。
壁際に追い詰められて、逃げ道をふさがれていく感じと言ったら、伝わりやすいでしょうか。
そんな逃れようのない焦燥感を、思い返してみると、ずっと感じ続けてきたような気がします。
でもまぁここにきてやっと、原因と結果を結び付けることができたので、いずれはこのクセを断ち切ることができるような気はしているのですが…。
それでもこれ、私にとって「原初の恐怖」に近いので。
これまで生きてきたほぼすべての期間にわたり、やり続けてきたことでもあり、なかなか手ごわいんですよねぇ。
まず、いまだに自分がいつこれをしているのか、はっきり把握できてない。
つまり、完全に無意識にやってしまっているってことです。
だからなんとかして現行犯でつかまえて、自分に対して「生きてるだけで100点満点なんだよ」って、声を掛けてやらないといけない。
何も建設的なことができなかった日だって、生きてるだけで100点満点。
だって、存在こそが価値なのだから。
何をしたって、しなくたって、私の価値が損なわれることはないはずなんです。
さらには、日が暮れるころになるたび無意識に下してきた判断を、しないようになるのが最終目標。
現時点では、果てしない道のりに思えますが、一歩ずつ近付いていくしかありません。
それにしても最近、子どものころの記憶を思い出すたびに「よく生きてきたなぁ」って、感心しちゃいます。
ホント、子供のころの私には、感謝しかありません。
だって、彼女が生き延びてくれたから、いまの私がいるんですから。
それこそ“存在”そのものに対して、果てしない価値を感じざるを得ません。
だから「ありがとう」以外、掛ける言葉なんてあるはずがないんです。
何度だって、言います。
ありがとう、ナオちゃん。
ホームページをつくったので、ぜひ見てみてください。
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今日は重い話で、すいませんでした。