“違い”を尊ぶ
人は誰もが、唯一無二の個性を持っているので、“違い”があって当たりまえだし。
その“違い”に興味を持ち、面白がることがきっと、人との関わりを保つためには大切なんだ、って。
頭ではよくよく、分っているつもりだけれど。
残念ながらまだ、体感することは、できていない。
まぁこれも、私なりの個性を持つことをよしとされなかった、子供時代の家庭環境の影響なんだけど。
もう、生まれた瞬間からそうだったし。
見事に家族全員が、無理くりにでも自分の考えを押し通そうとする人たちばかりだったので。(もちろん、悪いことばかりではないけれども)
その中で育った私も当然のように、誰もが私が感じるように感じ、考えるように考えているものと信じ込んでしまった。
その上に、没個性の教育を強制されたことも加わり。
いまも根強く私の中に、自分のものも含めた、あらゆる個性を尊べない素地があるように感じる。
だから、“違い”こそを楽しもう、なんて言っても。
言葉だけがカラカラと空回りするだけで、行動に影響してくれない。
それを改善するためには、去年の末にカウンセラーから教わった「聞かれたら答えるけど、自分からは言わない」って姿勢を、まずは身に付ける必要があるのだろう。
そして、積極的に自分との違いを見付け出し。
それを否定しないことを、意識的にトレーニングしていく。
そうね、ジムに通い始め、徐々に運動習慣を身に付けていったのといっしょで。
くり返しやることで、自分なりの楽しみが見付かるのよね。
だから「常識にしばられない」っていう、もう一つの課題も。
常識に反したことを、やってみることが必要なのかも。
もちろん大それたことじゃなくって、母親に絶えず言われ続けたのとは反対のことを、あえてやってみることで。
「ボーッとしないで!」→ 一日のうちにボーッとする時間を持つ
「ムダ使いしちゃダメ!」→ たまには自分にぜいたくを許す
「友達がいなくちゃいけない」→ 自分が居心地よくいることのほうが大事
こうやって、常識をひっくり返していけばいいのかな?