喜歌劇《美しきエレーヌ》オッフェンバック円熟期の傑作とその創作の背景
《美しきエレーヌ》は、ドイツに生まれフランスに帰化した作曲家ジャック・オッフェンバック(1819〜1880)による3幕のオペレッタ(オペラ・ブーフ)である。台本はアンリ・メイヤックとリュドヴィック・アレヴィによるもので、1864年12月17日にパリのヴァリエテ座で初演された。
オッフェンバックは、パリ万国博覧会が開催されていた1855年の夏、シャンゼリゼに小劇場を借り、そこでブーフ=パリジャン座を立ち上げた。当時のパリでは、劇場のヒエラルキーが明確に存在しており、各劇場で上演可能なレパートリーにも厳しい制約があった。オッフェンバックの劇場も例外ではなく、登場人物の数など多くの制限があるなかで創作をしなければならない時期が続いた。その突破口となったのは、1858年に初演された《地獄のオルフェ(天国と地獄)》である。古典神話を下敷きに、フランスの第二帝政という時代が抱えるリアリスティックな問題を見事にパロディ化したこの作品は、劇中で踊られる〈地獄のギャロップ(フレンチ・カンカン)〉とともに、彼の代名詞として知られている。これをきっかけに、合唱を含む大規模な舞台作品を上演することが可能になり、オッフェンバックはいよいよ、その活動に弾みをつけていった。
そして彼自身、「《地獄のオルフェ》の対になるような作品」として構想していたのが、《美しきエレーヌ》である。この作品は、トロイア戦争の発端となったギリシャ神話「パリスの審判」を基に、パロディ劇として仕上げられたものである。その創作過程には、多くの困難が立ちはだかっていた。この時、すでにブーフ=パリジャン座の経営から身を引いていたオッフェンバックは、ヴァリエテ座の支配人イッポリト・コニャールの意向に従わなければならなかった。また、エレーヌ役のオルタンス・シュネーデルとオレステス役のレア・シリーとの間に確執が生まれていたことも、オッフェンバックの頭を悩ませることとなった。そのうえ、検閲の介入によって、宗教的な理由から預言者カルカスの役回りが問題視され、台本に散りばめられていたいくつかの風刺的な要素も取り除かなければならなくなってしまったのである。
こうして数々の問題を乗り越えて迎えた《美しきエレーヌ》の初演は、シュネーデルをはじめとする初演者たちの功績もあって大成功を収めた。《地獄のオルフェ》のときと同様、「古典神話に対する冒涜」とみなした批評家がいた一方で、初演後の約半年間にヴァリエテ座では150回近く上演され、周辺各都市の劇場でも相次いで取り上げられるなど、その人気は確かなものとなっていった。
《美しきエレーヌ》の初演はまた、オッフェンバックにとって、台本作家のメイヤックとアレヴィとの共同制作の本格的なスタートでもあった。以後、この三人は、《青ひげ》や《パリの生活》(以上、1866年初演)、そして、日本でも大正時代の浅草オペラの頃から《ブン大将》の題で親しまれてきた《ジェロルスタン女大公殿下》(1867年初演)などの作品を次々と成功させてゆく。本作品はまさに、オッフェンバックの最も脂の乗り切った時期の作品のひとつということができるだろう。
木内 涼(東京藝術大学/音楽学)
【公演情報】
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東京芸術劇場コンサートオペラ vol.9
オッフェンバック/喜歌劇『美しきエレーヌ』
演奏会形式/全3幕/フランス語上演/日本語字幕付
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日時:2024年2月17日(土)14:00開演
会場:東京芸術劇場コンサートホール
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プレ・レクチャー 喜歌劇『美しきエレーヌ』を語る
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オッフェンバック作曲の隠れざる名作、喜歌劇『美しきエレーヌ』についての知識や理解を深める、プレ・レクチャーを開催します。
このオペレッタに由来する、洋梨のベル・エレーヌとプチ・アペリティフとともに楽しむレクチャーです。
日程:2024年1月25日 (木)19:00 開始(受付開始18:45 20:30終了予定)
会場:Café des Arts(カフェ・デ・ザール 東京芸術劇場 2階カフェ)
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◆◇当日券のご案内◆◇
18:45~東京芸術劇場2Fカフェ・デ・ザール入口にて当日券若干枚数販売(現金のみ)
※前売り販売は終了しています。
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