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【スローモーション】

家内がまだ40代の頃であった。

それは、彼女の数十センチ前で起こった・・・

郵便局での用を済ませた家内が外に出た瞬間であった。

右手から猛スピードで走ってきた軽トラックが、目の前に居た老婦人にブツかってそのままさらっていくと、左手にあった電柱に老婦人ごと激突したのだ。老婦人は軽トラックと電柱に挟まれて圧死した。実に凄惨な事故であったが、幸いなことに、間一髪のところで死ぬのを免れた家内なのであった。

事故は一瞬の出来事だった。けれども実際に感じたのは、音のないモノクロスローモーションの映像であったという。

想定外の出来事に脳が即座に反応することはなく・・・気が付けば、軽トラックと電柱に挟まれて叩き潰された血塗みれの老婦人と、軽トラックの助手席で「痛いぃ~痛いぃ~」とうめくお婆ちゃん、そして車外に出て、阿呆のように立ち尽くす運転手のおじいさんの姿があるばかりであったという。

はっ❗️と我に返って現実を認識した途端に、身体が震えて声も出なくなってしまった家内なのであった。

遠巻きになった通行人が眺める中、騒ぎを聞き付た向かいにある内科医院の院長先生が出て来たのだが、余りの惨状に足がすくんで何も出来なかったという。

以来、それがトラウマになってしまった家内は、2度とその場所を通ることが出来なかったのである。

思い出したくもない、スローモーションな事故の記憶である。


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