パリ・オペラ座の日々1993~1994:7月24日 南仏旅行⑤「サン・トロフィーム教会、ニームへ」
7月24日(土)
アルルでの二日目の朝、再度ホテルの中庭で食事してから、見逃していたサン・トロフィーム教会を足早に見学。風も穏やかで、抜けるような青空が気持ち良い。お昼ご飯は昨日買ったパンで省略して、鉄道でニームへと向かう。
すぐにホテルにチェックイン。古い造りだけど部屋が広くてアルルの宿よりは気持ち良い。すぐに明日のオペラ座のバレエチケットを買いに行く。奮発して160Fのアリーナ席を買った。
カフェで一服。タルトが美味しい。街をブラブラしていたら、オシャレな洋服屋さんが多く、みなSOLDなのでどんどん買い物してしまった。「Pro Mod」でサマードレスを、「Kookai」でシャツを2枚買う。パリと違って店員さんがみな笑顔で親切な対応で嬉しい。夕飯はベトナム料理を食べた。
アルルのホテル代 560F
ペリエ 10F
SNCF鉄道 78F
おかし 12F
カフェ 44F
kookai 160F
Pro Mod 199F
プリズニック 19F
バレエチケット 320F
ベトナム料理 163F
カフェ 39F
サン・トロフィーム教会の中庭で。南仏らしい抜けるような青空。
アルルのサン・トロフィーム教会(Cathédrale Saint-Trophime d'Arles)は、11世紀頃に建設されたロマネスク様式の素晴らしい建築物です(世界遺産)。ニームへと移動する前に駆け足で鑑賞しました。この当時は、ロマネスク、ゴシックといった建築様式についてもまったく無知で、せっかく素晴らしい世界遺産を前にしているのに、十分に観察できなかったことが残念で仕方ありません。知識が無いというのは本当に悲しい。今の自分だったら、この教会だけで一日楽しくすごせそうです。
溜息が出るような正面扉上の装飾彫刻。これぞロマネスク!という素晴らしい仕上がりです。水平方向の柱に施された人物彫刻は、圧縮されたような比率で描かれ、全ての彫刻が教会建築の付属物となるように配置されています。ロマネスク~ゴシック期を通して、彫刻は(建築壁面から離れて)独立した存在になることが許されていなかったという事実を、あらためて実感させられます。壁面に依存しない丸彫り彫刻が登場したルネサンスは素晴らしいのですが、それ以前の圧縮され建築物に閉じ込められていたロマネスク期の彫刻にも、また違った意味での奥深い魅力があります。
もうたまらん…と思ってしまうくらい魅力的です。紀元前5世紀に写実と理想化を追求したパルテノン神殿のギリシャ彫刻があって、その1500年後に彫刻がこういった変化に至るその不思議。人の営みというのは本当に面白い。
もしロマネスク・ゴシック期の彫刻に興味がある方がいらしたら、こちらの本がおすすめです。比較的平易な文章と豊富な図案で、古代ローマからロマネスク、ゴシックを経てルネサンスへと至る彫刻文化の変遷を辿っています。
さて、この日は移動日ですので午後はニームに向けて出発。電車でどれくらいの時間だったのかよく覚えてないですが、近距離なのですぐに到着。ニームもやはり古代ローマの痕跡が色濃い町で、立派なコロッセオが残っています。
ニームの郊外20キロメートルにはこの方が建設を指揮した有名な水道橋「ポン・デュ・ガール」があります。
石膏像でも有名な「マルクス・ウィプサニウス・アグリッパ」。ローマ帝国初代皇帝のアウグストゥスの腹心の部下だった人物です。現在のローマ市内に美しい姿で残っている「パンテオン」もこのアグリッパの指揮の下建設されたもの。
紀元前19年にアグリッパの命令で建造されたポン・ドュ・ガール。ニームへと通ずる水道橋です。…と書いていますが、残念ながら訪れることはできず。ニーム市内をウロウロしてるなら行けば良かったのにとちょっと後悔しています。
午後にホテルにチェックインしてからは、翌日のバレエ公演のチケットを購入したり、町をブラブラしてショッピングしたりしました。適度に商業施設も充実していて、なんだか暮らしやすそうな街だなという印象でした。
ニームといえば、ジーンズの生地である「デニム(denim)」は「de Nime(ドゥ・ニーム)」のこと。フランス語の「セルジュ・ドゥ・ニーム(serge de Nîmes)」(ニーム産のサージ生地)が語源なんだそうです(Wikipediaより)
あとニームの町のシンボルマークは「ワニとヤシの木」。これは初代ローマ皇帝アウグストゥスが古代エジプトを征服した際に、ヤシの木に繋がれたワニ(ローマに征服されたエジプトの象徴)のデザインの硬貨を鋳造して祝い、功績のあった軍人にニームの町を与えたというエピソードに由来するものだそうです。