スーパーウーマンになれなかったスーパーウーマンの娘の話。
私は、母をスーパーウーマンだと思っている。
もともと行動力がすごいし自己主張も強い。学生時代から生徒会長に選ばれたり、男子の坊主廃止運動して見事勝ち取ったりするタイプの人間だったらしいが納得感しかない。
そんな母に、教師という職業はとても向いていると思う。母は私が小学5年生になるまで、ずっと先生だった。そして小5の終わりの年度末に、母は突然教師を退職した。専業主婦って柄じゃないのに…と思っていたら、の夏、突然1ヶ月間ひとりでオーストラリアに留学に行ってしまった。夏休み中の、小6の私と小3の弟を置いて。空港で嬉々としている母に私は、「お母さん、本当に私たち置いて行っちゃうんだ…」と言ったらしい。自分では覚えてないけど、母が「あんたこんなこと言ってたよ！」と何度も教えてくれた。いや普通にまあまあ可哀想やん私…と思ったけど、夏休みの間は祖母が来て私達の世話をしてくれ、私も友達と遊園地行った記憶も何となくある。とはいえ義理の母に子どもの世話を任せて一人で短期留学する母、なかなかの強さである。
1ヶ月後に帰ってきた母は、「オーストラリアめっちゃいいところだった！これからの時代は英語が必要だから、子ども達を連れてオーストラリアに住む！」と宣言した。
こうして母と私と弟の親子留学が決まった。ちなみに元国語教師である母は、英語など全く喋れなかった。
キリ良く私の中学3年間、弟の小学校残りの3年間、オーストラリアへ留学することになった。いろんな人が戸惑ったが、母の決定力と行動力は凄まじかった。なお、母は結局専業主婦なんて1年も保たず、やはり留学までパートに出て学校で働いていた。
あれよあれよという間に4月になり、私達は渡豪した。知人のご兄弟がオーストラリアに住んでいて、(会ったこともない)その方に紹介してもらった日本人のご家庭に数週間、親子三人でホームステイさせていただいた。その間に英語の出来ない母は銀行口座を開設して住む家を決めた。始めのうちは、家具がひとつもない家で、飛行機で担いできた布団だけで生活していた。母は旅行者ビザで渡豪したため今度こそ専業主婦(？)となり、私と弟が泣きながら学校で何も理解できない時間を過ごしている間に中古ショップで椅子を買ってきたり、お人好しなお友達を作ってその人に車を出してもらって、ガソリンスタンドで借りたトレーラーを引っ付けて、ガレッジセールでダイニングセットやソファベッドを安く譲ってもらってきて、ついでにそのお友達からテレビまで譲り受けていた。
そうして私たちは、いつの間にかオーストラリアという異国の地で普通に生活できるようになっていた。
案の定働きたくなった母は、翌年には学生ビザに切り替え、大学院で教育の勉強をしながら日本語の家庭教師をしたり日本語補習校に勤めたり日本語教師のアシスタントを始めたりした。
英語で突然大学院レベルの勉強をするというのは英語の出来ない母にとってかなり大変だったはずだが、課題やら論文やらに追われながら働き、更にひとりで私たちの親もしていたわけである。あの頃は私自身も自分のことで精一杯だったから、母がどんな生活をしていたのかをあんまり覚えていないのだが、今になって想像してみるとゾッとする…。
母は大学院を卒業したが、その後も学生ビザで居続けるために「これからはITの時代だから！」とか言って、専門学校のマルチメディアのコースに進んだ。やる気は無いけどITには強い若者たちの中で、母は見事に何もできなかった。デザイン系ツールを使ってCGを作る課題で、どんなに一生懸命やってもロボットの片足すら動かないというレベルの母だったが、そこは優しい同級生に助けてもらって、座学的な課題だけはしっかりこなした。
若くてやる気の無い同級生達にその時だけ「ちょっと課題見せてよ」と言われ良いように使われてはいたが、どうにかその若い連中に負けず卒業していた。
母自身は、体壊したりしんどそうにしてた印象はそこまでない(すごく疲れてる姿はよく見た気がする)。
ただ、ある時「お母さん頭に埃ついてるよ」と言って取ろうとしたら、そこが全部白髪でとても驚いたことがあった。仕事や課題に追われて徹夜していたこともあったから、当然と言えば当然である。
身体が頑丈であることは間違いなくスーパーウーマンとして必要な才能だという気がする。
そしてもうひとつ。母の行動力は、いつも優しい誰かを味方につけていた。
私たちの留学生活は、いろんな人の助けの上で成り立っていた。周りの日本人のご家庭は駐在だからお金持ちでしょっちゅう旅行してたけど、うちは貧しい(いや普通の？)親子留学家庭だし、父がいないからキャンプみたいなアウトドアは絶対出来ないはずなのに、優しい友人家族が旅行に誘って一緒に連れて行ってもらったり、バーベキューに誘われたりお家のプールに招いてもらったり…。
ゴールドコーストもエアーズロックも行かないまま帰国したけど、長期休暇に暇を持て余したとか、不満を感じた記憶は全く無い。
母すげーなー、と思いつつ、私も働いて子供産んだらああいう生活をするんだろうな、とどこかで思っていた。あと、母の周りにもスーパーウーマンみたいな人が結構多かったから、自分も専業主婦ではなくて、家庭からも社会からも求められる存在に憧れていたというか、ぶっちゃけまあなれるものだと思っていた。
実際子供産んで仕事始めてみて、あれ、これってすっごいハードルの高さじゃん…って思い知りました。勿論条件から色々違うけど、私自身がその条件を揃えてこなかったというか、スーパーウーマンになるための土壌作りを怠ってここまできたというか、結局私は面倒くさがりで楽に生きられる方へ方へと墜ち続けて今ここ、みたいな。
誰でもなれるもんじゃないんだなって思う。私はスーパーウーマンにはなれなくてもいいけど、娘から見て、生き生きしたお母さんでありたいな。お母さんみたいな生き方を私もするかも、って少しでも思われたいな。
そう思いながら、私は未だに現役バリバリ教師な母の脛を未だにかじるべく、一緒に買い物に行く度に何か買ってもらおうとあらゆる手を尽くして交渉するのである…。こんな娘はいやだな…。