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チャン・チョン・キム著『 Một cơn gió bụi(一陣の埃風)』⑥第7章 共産党の理念と行動 / 第8章 ベトナム政府とフランスとの交渉

チャン・チョン・キム著『 一陣の埃風』

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第7章 共産党の理念と行動


 共産党とは、その組織と行動の手法から見れば新興の一宗教と云えるだろう。迷信と信仰に基づく既存の古い宗教と同じで、懐疑を抱いたり逸脱する事は許されない。しかし、古い宗教には天国や極楽浄土の教えがあるが、今日の共産教は完全なる唯物論、要するに物質的なこと以外には何の信条も無く、天国はあの世に在るのではなくこの世に存在する。この宗教の信奉者は、マルクス・レーニン理論を絶対視し、この理論を実践すればあらゆる面に於いて幸福が得られ、現世で極楽浄土が実現出来るとする。又、信仰としての共産道は、完全なる唯物道である。他神聖の拝棚を拝むことは絶対に許され無い。廃棄した旧来の神聖達に代わって、マルクス、レーニン、スターリンなどが唯一絶対の崇拝対象となる。
 この宗教に心酔し、この理論が絶対的な真理だと思い込んだらその他全ては邪教、邪道になる。彼等を信じない者、共産党の党首=教主様に反対する者は反教者として厳罰に処される。第3インターナショナル頭領だったスターリンに反抗した罪で、一支部の第4インターナショナル統領トロッキーに従った党員らに対する虐殺事件が起こったのはその為だ。 
 それ故、共産主義信者は盲信的、且つ物質的生活が全てであり、それ以外何もない。彼等には今生しかないのだから、誰もが如何なる場面に於いても自分の勝利のみを考え、善悪因果を考慮しない。

 実際に共産主義の持つ特性とは、常識的な道理を受け入れず、世間一般に信じられている倫理道徳に対しても無知であり、共産主義者にとってそれらは旧時代封建社会の悪習であるから、跡形も無く消滅させる為に手立てを講じようとする。それを信じる者は聡明で悟りを得た者であり、信じなければ愚鈍で無知な人間である。こんな思想を持つ故に、親子や兄弟、友人間の情や義は消え失せてしまい、ひたすら共産の主義を尊重して党内権力者のみへ服従し、更には、互いで殺し合い欺き合ってもそれが党の利益になったならその者は優良な人間と見做される。新社会建設の為に古い家族、社会、習慣、制度は根こそぎ廃絶されるべきであり、その新社会とは国家或いは民族の為に闘争しない社会だなどと嘯く。だが、国家民族の為の闘争と口にはするが、それは単に機会の中で物事を進める時の一時的な方便に過ぎず、真の目的は無産階級の為の闘争なのだ。何処かに無産階級の勝利が見越せる闘争が有れば、無産階級の権利保護の為に延々と終わり無き闘争を続けて、国家間にある境界を全て取り払い、ロシアに居る共産教教主の指揮下に一つの大同世界を実現しようとする。その為に、共産主義を取り入れた国は必ずロシアの命令に従わなければならず、東欧のユーゴスラビアの様に共産制度を取り入れても国家的思想は維持したいという国は、共産主義各国会議から排除される。
 
 それが、ロシア共産党の執る策術の不器用な箇所だろう。帝国主義を排除して旧時代の圧政独裁制度を駆逐すると言いながら、実際は旧態依然よりも苛酷で残虐な独裁制度を採用して、別名を冠した帝国主義的制度を編み出してこれで自ら天下を納めようというのだ。事実、共産主義へ転向した国々が全てロシアに従属せねばならない様は、嘗て支那の各邦諸侯が天子の命令に服従を強いられたのと同じであり、結局この世の中には目新しいことなど何も無い。今日のロシア共産主義制度と、支那戦国時代の秦国の制度を比べても、変わった所と云えばその科学的手法と現代的策略の部分のみであり、それ以外は相も変わらず残虐と詐欺に塗れ、権謀術数で天下統治を目論むだけだ。
 
 共産党の組織は実に科学的で、党員は規則を厳密に守り、働きぶりは献身的で、強力な信心を持つ。党に従ってその主義を盲信するので、如何なる危難に遭ってもそれは党の為の殉死で光栄なことだと思う。しかし、行動は専ら陰謀的な手段を用いる為に、例え勝利しても知識人の支持は極めて少ない理由から知識人を排除し、煽動し易く騙しやすい階層としての労働者、女性、子供だけを重用する。
 
 共産主義の人々は、何か行動した時は『解放』の文字を頻繁に使用するが、彼らの事業を目にした私は、その2文字の意味が未だに能く理解出来ない。檻の中に捕えられた人々が居り、その檻の真横に新しい形状の檻を置いて彼等に対し、“さあ、早くこの新しい檻に走って来なさい!”と声を掛ける、それが『解放』なのだろうか? もし『解放』がその意味なら、古い檻も新しい檻も檻は檻だ、決して檻以上のものではないだろう。 
 私の考える『解放』とは、公平性に則り、広々とした枠組みの中で人々が悠々自適に行動が出来、規定の法律で定められた万民の権利を皆が尊重し合い、抑圧や詐欺や陰湿な冤罪による殺人、迫害を無くすことだ。

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