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赤ちゃんの絵(2020/9/25~2020/10/2)

夏の終わり。
独身の頃のように、仕事から帰ってきたら好きなことができる、という日々は二度とこない。
離乳食作ったり、おむつ換えたり、風呂入れたり、掃除、洗濯。その合間にイラストを描くという日々が続く。イラストが描けるというだけ、まだマシかな。

さて、息子の絵は大して進歩していない。でも、絵を描くのは楽しそうで何よりだ。

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↑2020/9/28
朝、保育園にいく前に描く。
手の動かし方が前より器用になっている。前は、手首だけで描いていたが、今は前腕全体を動かして描いているようだ。

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↑2020/9/29 夜
紙の日付が2019になっているが書き間違い。タブレットで映画を見ながら、紙に描いた。やはり、円を描くようなストロークが見える。
この日は、機嫌よくお風呂に入ってくれた。いきなり体を洗うのではなく、湯船に入って遊んでから体を洗えば泣かないことに気がつく。
今まで、いきなり頭を洗い始めていたから、泣いてしまったのだろう。良いことに気がついた。

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↑2020/9/30
夕食を、スプーンやフォークで掬って食べるのが大分器用になってきた。だが、まだ下に落としてしまう食べ物が多い。ipadも自分で操作して、好きな動画を見ようとしている。1歳と5ヶ月でここまでできるものなのか。驚きだ。
絵の方は、多分、円や四角などの図形を描こうとしているのだろうが、うまく手先を動かせないようだ。
歌もよく歌っている。

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↑2020/10/1 今日は残業であまり子供の相手ができなかった。
小さなペットボトルの中に、パワーストーンのような石をたくさん放り込んで、ガラガラと音を立てる遊びをしていた。

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↑2020/10/2
最近子供は、NHKキッズの各種番組を見ている。ミミクリーズという番組のオープニングがお気に入りのよう。
夜、妻に嫌味を言われてイライラしながら眠っても、朝起きて、子供と妻の寝顔を見ると、愛おしく感じてしまう。こんな、小さくて弱々しい子と母親を、守らなくてはならないと思ってしまう。
子供とはうまく遊んでやれないことも多い。子供の気持ちが中々分からないから。だからテレビに熱中しているのかもしれない。だけれど、子供の意思表示がはっきりしてきて、とてつもなく可愛い存在に思えるようになった。
今日も子供は絵をかいた。もしかすると、紙の隅に私が描いた絵を真似しようとしているのかも知れない。


蛇足(考察)

欲求と志向、そして表出

子供が生まれてから、1年と5ヶ月が経った。
目まぐるしい毎日だった。妻と共に子供を育て、至らぬところも多かったが、周囲の助けを借りて、なんとかやってこれた。

実は、赤ん坊はかなり頭がいいということが、子供を育ててみて分かった。言葉を話したり、歩けるようになる前から、周囲の環境を理解し、自分の欲求を大人達に伝えようとしてくる。

まだ生まれて半年ほどの時、驚いたことがある。
手持ち鏡に太陽の光が反射して、天井に光の塊ができていた。赤ん坊は、その光の源が、自分が持っている鏡だということに気がついて、鏡を動かし、遊んでいた。
また、写真の様にリアルな絵本があって、それを本物と間違えて、手を伸ばして触ってみる、という動きも行っていた。
この時、ふ、と気がついた。
赤ん坊の行動には二種類ある、と。
一つは、「ミルクを飲みたい」、「離乳食が食べたい」、という生理的な「欲求」
もう一つが、「これは食べ物だ」、「これは道具だ」、「これは写真のような絵だ」という、世界にある事物の一つ一つに意味を与えていく「志向(現象学の言葉)」
「志向」と「欲求」は、実際には混じり合っていて、どちらか片方だけを抽出してみることはできない。
だが、子供の絵を観察することで、子供の「志向」の部分が分かってくるのではないか、と思う。世界にどのように意味を与え(志向)、それを「表出」するのか。それが観察できるかもしれない。
1歳を過ぎた頃から、子供は、「ごっこ遊び」をするようになってきた。絵本の中のスープのイラスト(かなり簡略化して描かれている)をつまむ動作をし、親の口に放り込むマネをするようになったのだ。
これは、初めて立ち上がって歩き出したとき、そして絵を描き出した時期とだいたい重なっている。
子供の成長、志向とその表出、そして絵を描く能力がどのように関連しているのか、今後とも記録をつけていこうと思う。


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