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サロン・ド・テ|80年代東京に存在したプチ・パリと、忠実なギャルソン

僕のかつての友人の話をしたいと思う。今は訳あって疎遠になってしまった。仮に彼の名前をAとしよう。かなり昔の話なので、記憶があいまいだが、だいたいこんな話だったように思う。

Aは、もともと裕福な家庭で育ったようだ。というか、お姉ちゃんがモデル兼愛人業をこなしている時期があったらしく、その頃はお姉ちゃんの家である広尾の某高級低層マンションに入り浸っていたと聞いた。ある日Aは、たしかお姉ちゃんと、広尾にあるフレンチ・ティー・サロン(『サロン・ド・テ』というらしい)に行った。まだAが中学生くらいの年代だと思うので、80年代中旬くらい、僕なんか近所の喫茶店くらいしか行ったことない時代だ。まだマックですら名古屋市内にしかなく、僕の生まれ育った郊外の町なんか、鉄板ナポリタンを出してテーブルがインベーダーゲーム機になってるような喫茶店の他に、何があったっけ?

とにかく、サロン・ド・テ=Salon de Thé。テ、とはThéで、フランス語でティーのこと。

後に僕が広尾で働いていた時に、広尾の裏通りにあったパン屋(ブーランジェリーですね・・・)の場所あたりにもともとそのサロン・ド・テがあった、とAが言っていた(気がする)。そのパン屋は青い看板だったんだけど、小さいながら、パリにありそうな雰囲気を醸し出していて、それと同じ系統の店だとしたら、80年代ならば相当洒落ていて、それでいてギラギラ金襴豪華な派手さはなく(バブル前ですから)、シックでいい塩梅のフランス感を出していたのだろうと想像する。

その日Aは新しもの好きの姉にその店に連れていかれ、入店すると、白いパリッとしたシャツに黒のパンツを履いたギャルソン(ここはプチ・パリです・・・)が注文を取りに来る。黒い蝶ネクタイが彼のスラっと感により洗練さを加えている感じ。文庫本より少し大きいくらいの(つまり小さめの)メニューを渡され、そこにはティー・サロンらしく、数種類の紅茶のセレクションが並んでいた。少し考えればわかることなのだが、コーヒーのメニューはない。しばらくメニューを見つめ、ここは一番普通の(メニューの一番上に載っている)定番の紅茶を頼むことにした。

こんなイメージのギャルソンです・・・

ギャルソンをもう一度呼んだ。

ギャルソン:  何になさいますか?
A:      紅茶でお願いします
ギャルソン:  テでございますね?
A:      手??手、じゃない・・・です、紅茶です
ギャルソン:  はい、Thé、でございますね
A:      ん?あの、手じゃなくて、紅茶です
ギャルソン:  ですから、Théですよね、当店では紅茶のことをThéと呼んでおります!!
A:      ああ・・・はい(あなたがそういうのならば・・・)

昭和の時代には稀にみる、フレンチ・ティー・サロン=フランスの空間、という設定に忠実な店員だった。強いこだわりと意志と想像力を感じるギャルソン。もちろん僕はその人に会ったことはないが、もしかするとその人は今頃有名な俳優になっているのかもしれない。そういえば友人Aも俳優志望で、一時期演技の勉強をしていた。この二人、今は何をしているやら・・・。


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