こんなに変わった結婚観 平成3年 vs 令和6年
平成3年、私は、友人とこんな話をしたのを覚えています。
「仕事の上では、大きなリスクを取れない小心者の男性でも、結婚して無職の奥さんと子供を養って、数千万の住宅ローンを組んだりと、大きなリスクを取れる。これはなぜなんだろう?」
令和の今、男性はその当たり前のリスクに気が付き、共働きを望むようになりました。結局、昔は「赤信号、皆で渡れば怖くない」という心理だっただけなのでしょうか?
また、当時ある女性雑誌の人生相談にはこんな相談がありました。
「私の婚約者が今度独立して起業します。私は、専業主婦になる予定でしたが、自分も勉強して経理を手伝ったり、または外で働いて現金収入を確保したほうがよいのでしょうか?」
令和の今。この答は一択。「勿論、リスクヘッジの面でも、あなたも働くべきです」
しかし、当時の回答はこんなでした。
「男性は、自分のひく荷車が重ければ重いほど頑張れるものです。荷車の荷物の上にドンと座って、頑張れーと応援だけしていればよいのです。決して、荷車を一緒に押したりしようとしてはいけません。あなたは、専業主婦になって、主婦業に徹していればよいのです。」
当時私はこの回答に大きな違和感を感じました。
しかし、この男性の「養う責任」が増えるほど、「仕事も頑張れる」という考え方は、当時のスタンダードでした。
最近、特にここ10年で私の感じていた違和感は一挙に解消、どころか価値観は180度転換してしまいました。
最近、「彼女が結婚するにあたり、専業主婦を希望したけど、自分にとってのメリットは何?」という男性からの相談がYouTubeで取り上げられていましたが、ここでの男性からのコメントには、私もビックリしました。
「働かない相手と可処分所得を分けたら、7カ月はただ働きをしているのと一緒だ」
このような考え方を男性がするとは、私の若い頃には考えられないことでした。いや、実は男性の中にも、当時から、「男は妻子を養って一人前だ」という価値観に疑問を持った人もいたのかもしれませんが、あくまでも少数派でした。
こんななか、女性の中には、男性の価値観の変化についていっていない人も、実は多いのではないでしょうか。特に、母親が専業主婦で、父親が大企業勤務で定年まで問題なく勤め上げ、年金で悠々自適に生活できている場合、それ以外の生活を想像しづらいでのはないか、と思います。
これが、例えば「父親が山一證券廃業で年収大幅にダウン、母親がパートにでることになり、生活が一変してしまった」というような経験があれば、女性にも「自分も正社員で働かねば」という覚悟があるかもしれませんが、なかなか人間、経験していない苦境を想像するのは難しいと思います。
現在の結婚難の要因の一つには、急速に推進された「男女平等」にとりのこされた「養われたい」女性と「養いたくない」男性のミスマッチもあるのではないでしょうか。今の30代が小学生だった平成初期は、まだまだ男女の役割分担のある世界だったのです。こうした女性を一方的に非難するのもおかしいと思います。
政府も「共働き夫婦の子育て支援」にばかり注力せず、この点に注目して少子化対策を行うべきだと思います。