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【前編】骨髄バンクドナーになったらカポエィリスタになってた

風が吹けば桶屋が儲かる

このことわざは、一見すると関係のないある事象の発生が、思いもよらぬ場所やものごとに影響を及ぼすことのたとえである。
すべての人生は漏れなく数奇なものと相場が決まっているため、思い返せば誰しも「風が吹けば桶屋が儲かる」ような経験をしている。自分の歩みを振り返り、無理やりことわざを作ると、「骨髄バンクドナーになるとカポエィリスタになる」という具合になる。

因果関係は以下の通り。

①骨髄バンクのドナーとして
末梢血幹細胞を提供する

②末梢血幹細胞の提供ドナーに対する
助成制度を利用し、お金をもらう

③もらったお金でカポエィラ始める

本投稿は、前編で骨髄バンクを通して末梢血幹細胞を提供した話と、後編で提供ドナー向け助成金を使って始めたブラジルの格闘技であるカポエィラの話の2部構成となっている。
骨髄バンクを通した末梢血幹細胞提供までの流れは骨髄バンクHPを見るほうが明らかのため、本投稿は各フェーズにおける具体的な話や経験を通した所感を中心に記述したい。

本投稿を通して、骨髄バンクの登録者が少しでも増やしたいとも考えている。

カポエィラスタもといカポエィラが何なのかは後編で記述予定。



骨髄バンクとは、末梢血幹細胞とは

はじめに、本投稿を読む上では理解していなくても全く問題ないが、本投稿で前提となる2つの用語について触れておく。骨髄バンクは、他人の造血幹細胞の移植が必要な血液疾患をもつ患者と、提供するドナーをマッチングする団体である。末梢血幹細胞は造血幹細胞の一種で、患者の疾患の種類や症状によってドナーは骨髄液か末梢血幹細胞のどちから一方を提供することになる。

適合通知~入院前夜

適合通知

適合通知とは、骨髄バンクの登録者と患者とが同じHLA型を持っており、提供ドナー候補者のひとりとして選ばれたことに対する通知である。
HLA型とは、血液に含まれる白血球の型のことを指す。A型、B型など、一般的に血液型と呼ばれるものは赤血球の型のことを指し、こちらは4種類しかないが、HLA型は数万種類が存在し、親子間でも一致することは滅多にないとされる。造血幹細胞の移植が必要な患者が現れたとき、骨髄バンクにあらかじめ登録されたHLA型をスクリーニングし、患者とHLA型が一致すると、この適合通知が届くということになる。

この時点では、単にたまたま患者とHLA型が一致したというだけで、本通知を受けた者がドナーとして選定されたわけではない。
一人の患者につき最大で10人ドナー候補者がいることもあるらしい。

適合通知は骨髄バンクに登録した電話番号宛に、SMSで届く。

そういう詐欺かと身構える(あるある探検隊)

SMS上のリンクから、現時点での健康状態など簡単なWeb問診表に回答する。
この数日後に適合通知が郵便でも届くが、この内容はSMSの内容と全く同じ、かつ問診票はSMS上のリンクを通して回答済みのものと重複するため、私の場合は郵便の中身を使うことはなかった。

SMSでの通知された後に、家のポストに投函される


ここいらでコーディネーターと呼ばれる人から電話が来る。コーディネーターとは、ドナー候補者一人ひとりに割り当てられる専属の秘書みたいな感じの人で、ドナー候補者に対し移植のリスクをはじめとする今回の処置の詳細を説明してくれたり、ドナー候補者と各医療機関の都合を調整してくれたりする。正式にドナーとして選定されると、移植後の経過観察まで、自分の場合は約4ヶ月間、密に連絡を取り合うことになる。

基本、コーディネーターとは平日の営業時間内(朝〜夕方)で連絡を取り合わなければならないのだが(人によるのか?)、普通に仕事があるため昼食休憩のタイミングでの連絡にせざるを得ないことが多かった(正直、昼休みは余すことなく休みたい)。


確認検査

コーディネーターの調整により、ドナーの候補者を絞るために確認検査というごく簡単な健康診断を実施した。それから選定~移植に係る処置の説明やリスクなどの説明が行われる。確認検査と各種説明で所要時間の合計は2時間にも満たないが、平日の日中に実施する必要があるため、仕事との調整が必要になる。(仕事1回休み、累計1回目)

確認検査では血圧測定も含まれるが、なんか緊張で血圧がクソ高くなり、3回測定してもらった。


ドナー選定

確認検査の結果をもとに、ドナー候補者の中から最も今回の移植に適したドナーが1名選定される。
私の場合、確認検査のおよそ1か月後にコーディネーターから選定保留の連絡が来て、別の候補者がドナーとして選定されたことを知らされた。せっかく仕事とか休んだのにとか思わないでもなかったが、ドナー選定の2日後に選定された候補者が辞退したらしく、繰り上がりでドナーに選定された。

このタイミングでドナー本人の意思や患者の容態に応じて骨髄移植か、末梢血幹細胞移植かが決まる。(詳しくはよくわからない)
今回は末梢血幹細胞の移植となった。


最終同意

ドナーとして造血幹細胞の提供するにあたり、本人の意思だけではなく親族の了承が必須となるが、この「了承」、書面上のサインだけではなく、ドナーへの処置の内容やそのリスクについての医者からの詳細な説明に立ち会わなければならない(リモートでもよい)。
了承が必要となる親族は、未婚者の場合原則両親のどちらかになるが、私の親からは反対が予想された(そして案の定反対した)ため、私は医療従事者の姉にも同席してもらい、医学的な知見から私のドナー選定に賛成の立場を取ってもらうよう事前にお願いした(同席する親族の数は定められていない)
なお、最終同意面談も例に漏れず平日に実施する必要があり、親族も勤め人の場合は調整が避けられない。全体を通し所要時間は2時間程度で、自身のみならず同席する親族も仕事との調整が必要となる。(仕事1回休み、累計2回目)

こうして同意面談当日、多数決の圧力と熱意により、親から「了承」をもぎ取り、あとは事前の精密検査と提供のための入院を残すのみとなった。(正直よく覚えていないがこの辺で入院日程とか決まった気がする。)

ちなみに、骨髄バンクドナーが提供を辞退する理由のうち、「家族の同意なし」は全体の12%である。(最多は「(育児・仕事などと)都合つかず」で40%。いずれも2021年の実績による)

なお、この最終同意を以て、患者の移植前処置との調整が始まるため、ドナーは提供する意思を撤回することはできなくなる。


採取前健康診断

入院のおよそ1か月前、ドナーがマジで健康かどうか調べるため、確認検査よりずっと詳細な採取前健康診断を受診する。会社で受診する健康診断では、血液の診断項目は10に満たない(会社による?)が、この採取前健康診断では血液だけで100を超える項目が基準値内に収まっているかを検査する。

数えたら血液検査だけで112項目あった


しかも、会社で受診する通常の健康診断が結果の通知までに数週間を要するのと異なり、採取前健康診断は(先述の血液の100以上の項目を含め)当日中に結果が判明する。診断自体は1時間程度だが、結果が出るまでに1時間強、結果を踏まえた医師との面談を含め、トータルで3時間程度を要する。当然この検診も平日中に行われ、仕事との調整が必要になる。(仕事1回休み、累計3回目)

結果は、不適格。


……

……?


……

はい?


……

はい~~~~?(杉下右京)

……!?!?!!!??!?!

不適格!?!?!!!!?!?!?!?!?

ワオーン(笑)

不適格て(笑)

112項目のうち1項目だけ、基準値を若干逸脱している項目があったが、医師曰く、逸脱加減が誤差の範囲とも捉えられるくらい微妙とのことで、即座にドナーとして末梢血幹細胞の提供が不可になるわけではなく、後日再検査することになった。


採取前健康診断 りたーんず!

というわけで、採取前健康診断をもう一度行うことになった。
調べる必要があるのは、血液の特定の1項目のみのため、検査自体の所要時間は5分にも満たないが、前回同様結果が判明するまで待ったうえで医師との面談があるため、2時間程度を要する。仕事との調整要。(仕事1回休み、累計4回目)
ちなみに、仕事との調整が必要になる際は、毎回全日休むとかではなく、お昼を挟んで途中退席扱いにしたり、午前半日年休、フレックスなどを駆使している。

再検査の際は、自身のコーディネーターが様子を見に来てくれた。(書くのを省いたが、最初の確認検査の際や最終同意面談の際にも来てくれている。)
検査結果が出るまでの1時間程度、コーディネーターに今回私の造血幹細胞を移植する患者について教えてもらった。患者とドナーとはお互いの情報のほとんどは伏せられるが、性別と年齢だけ(←何で???)知ることができる。私の造血幹細胞を移植する患者は、私と同性・同年代だった。

これまでぼんやりとしたイメージに過ぎず、黒い人型のシルエットのような(さらに言えば実在さえ意識しえなかった)「患者」が、急に具体性を伴った一個人として想像できるようになった。私と同性で同学年の誰か――学生時代の友人や幼馴染など――が無自覚のうちに思い出された。黒い人型のシルエットではなく、目と鼻と口がおそらくついた、自身と同年代の誰か、が、激烈な病に侵されている。その事実を理解して戦慄した。

これまで患者側の話はしてこなかったが、患者はドナーの造血幹細胞を受け入れるための前処置として、がん細胞を含んだ骨髄細胞を大量の抗がん剤と全身への放射線照射で徹底的に破壊される。この処置は患者にとって激甚なもので、強い副作用が現れる。

この日本で、実在する誰かが、病気本来の苦痛に加え、移植前処置による耐え難い副作用や合併症にさらされている。彼が病という暗いトンネルを抜けられるかどうかは、私の末梢血幹細胞、そしてこの再検査の結果にかかっていると考えると、激しい不安に襲われた。

再検査の結果、ドナーとして末梢血幹細胞の提供が可能と判断された。

再検査のあと仕事に戻り、無難に仕事を終えた。
駅から家に帰る途中、いつも通り過ぎるところに地蔵が鎮座している。
この日は地蔵の前で足を止め、地蔵の雨除けにぶら下がる鐘を鳴らした。
力加減を間違えた。鐘は住宅街の夜を破くような大きい音を立て、激しくその身を震わせた。

この地蔵には「子育て地蔵」と名前がついているが、私は都合よく無視した。


入院から退院まで

入院生活

朝、入院する病院で受付を終えると、それなりにグレードが高い個室の病室に通された。病院の方曰く、「たまたま空きができた」「料金は通常の個室のままでよい」とのこと。ちなみに、入院費用は患者負担となり、ドナー側に一切の金銭的な負担は発生しない。(これまでの確認検査~採取前健康診断、さらに退院後の採取後健康診断のいずれのイベントも、後日骨髄バンクから交通費が支給される)

(後日知り合いの医者に個室の件を話したところ、病院によっては骨髄バンクドナーをVIP扱いする方針の病院もあるらしい。私が入院したところがどうだったかは知らない。)

個室に到着し、一通り荷物の整理などを済ませると、腕に名前と生年月日とバーコードが書かれたリストバンドを装着された。なんとなく畜牛っぽいなと思った。実際、畜牛が抗生物質を何度も打たれるように、自身もこれから注射を何度も……と考えたが、入院患者を家畜に例えると倫理的になんかヤバい気がするという直感が働き、考えがまとまる前に撤回した。

入院初日は健康診断を受診し、イベント終了。いろんな友人たちから「病院のご飯は味が薄い」と言われていたが、普通においしかった。病院によるのだろう。

2日目以降は5日目の末梢血幹細胞採取に向け、1日2回、G-CSF製剤(商品名:ノイトロジン)を注射する。この薬は末梢血幹細胞の採取に備え、末梢血幹細胞を増やして、普通は骨髄の中にある末梢血幹細胞を血中に染み出させる、みたいな役割を持つ(完全なる門外漢が書いているので厳密ではないかもしれない)。

注射される量は一回につき3mlで、インフルエンザワクチンが0.5mlであることを考えると、一度にインフルエンザ予防接種の6倍の量の液体を投与されることになる。注射は刺す時ではなく液体を注入されている間が痛い(と個人的に思っている)ので、単純計算であのインフルエンザの痛い時間が6倍持続すると想像してみてほしい。ただし入院中これを8回繰り返すとさすがに慣れる。

投与される量が(インフルエンザワクチンに比べて)多いので、
注射箇所が毎回パンパンに膨れる


このG-CSF、実は副作用があるのだが、副作用についてはこのnoteの一番最後で記述する。

入院中は暇になることを見越して、本を10冊近く持って行ったが、3冊程度しか読まなかった。
実際には、アニメ『ONE PIECE』を一話から通して見るなどの奇行で時間をつぶしていた。
余談だが、『ONE PIECE』のアニメオリジナルの話で、首輪を着けたものを服従させる「ペトペトの実」の能力者(ペットってこと?)が登場したが、成人向けの同人誌ですごい活躍しそうな能力だなと思った。

採取当日

入院5日目、ついに末梢血幹細胞を採取する。
採取は下記の図のようなイメージで行う。
一方の腕から血液を抜き(脱血)、末梢血幹細胞を機械で漉しとったのち残りの血液をもう一方の腕に戻す(返血)。これを3~4時間かけて末梢血幹細胞を集めていく。

図表引用元:[岡田春恵,(2024),命をつなぐ、献血と骨髄バンク,(p33),岩波書店]

両方の腕にぶっとい針が刺さっているうえ、つながっている機械がデカいのでほとんど身動きが取れない。
私はこの3時間強を音楽を聴くことでしのごうと考えていたが、両方の肘の関節の内側にぶっとい針が刺さってからでは遅かった。イヤホンを耳に差せない。

あちゃ~とか思っているうちに採取が始まった。定期的に太ももで血圧を測定するのだが、この血圧測定が痛い。15分おきに大蛇が私の太ももに巻き付いて絞め殺そうとしているようだった。私は血圧測定のたびに小さな声でギャーッと叫んだ。

頻繁に看護師が体のしびれがないか聞いてくるが、このときは特に異変を感じなかった。どうやら返血の際に抗凝固剤(クエン酸ナトリウム)を投与する関係で体がしびれてくるとのこと。もししびれたらしびれを緩和する薬(カルシウム剤)を投与してくれるらしい。

2時間ほどが経過したころ、体に別の異変を感じた。

尿意(=おしっこしたい欲)である。

しまった、そう思った。
小用を足すためには、一度機械を停止させ両腕に刺さったぶっとい針を一度抜く必要がある。まあまあ大掛かりな中断になるため、できれば避けたかった。1時間くらいなら耐えられるか…?
残り1時間、とにかく気を紛らわせようと検査技師の方と他愛もない会話したり、検査技師の助けを借りて私の耳にイヤホンを差し込んでもらい音楽を流したり、また思いついたように検査技師の方と会話をしたり(それも今度は尋常じゃなく早口である)、それでも私の膀胱は容赦なく水分をため込んでいった。

かろうじて、私の膀胱がいっぱいになる前に、機械が私の血液からろ過して採取した末梢血幹細胞を含むパウチの方がいっぱいになった。
これで採取は終了、トイレに直行できるかと思いきや、ベッドから起き上がろうとすると私の体が全く動かせなくなっていた。
後半は膀胱に意識が向きすぎて、抗凝固剤で体がしびれることを完全に失念していたのである。


アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

動かん!


体が全く動かない!!!!!!!!


私は、このとき人生で初めて、石化したドラクエⅤの主人公、「状態異常:まひ」のポケモン、ジョジョ第3部でやられる直前のDIO、ギアセカンドを酷使しすぎたルフィ、山、即身仏、これらに心から同情した。

何とか医師数名、看護師数名、検査技師の介助を得てベッドから起き上がり、車いすに乗せてもらった。
車いすで多目的トイレに入って小用を足し、このとき初めて多目的トイレの機能のすばらしさを実感した。便器の横についている上げたり下げたりできるあの手すり、神である。

抗凝固剤の副作用でこの状態から指がほとんど動かない
指ハートなら辛うじてできる
奇跡的に箸は持てる(お椀や皿は持てない)

採取は朝9時に始まり、12時頃に終了したものの、全身のしびれには夜の20時くらいまで苦しめられた。

夕方、採取した末梢血幹細胞について、患者への移植に不足していることが告げられる。翌日もう一度採取するため、入院が一日延長になった。


も~っと! 採取当日

事前に尿を一滴残らず(「一滴残らず」という語には「キノコ」が隠れている)絞り出し、腕に針を刺す前にイヤホンを耳にはめ、かすかでもしびれを感じれば即座に看護師に申し入れカルシウム剤を投与してもらい、検査技師とバンジージャンプの話をした。完璧である。

無事2度目の採取は何の問題もなく終了した。
採取した末梢血幹細胞を含む血液は鮮やかな半透明のオレンジ色で、イクラ以外に例えようがなかった。
本当にこのイクラが人を救い得るのか、わからなかった。じっと見ていると自分でもありえないことだと思うが、食欲が沸いた。

この日の午後(採取は2回とも午前のうちに行った)、教授回診が来た。医療ドラマで見るやつだ、と思うと同時にドラマみたいに放送がなるわけじゃないんだ、と少し残念に思った。教授回診で十分な量の末梢血幹細胞が確保されたことが告げられ、私はドナーとして正式に役目を終えた。

翌日に退院が決まった。この日の夜、退院祝いに病院食の他にカップラーメンを2個食べた。

1日2回の注射、たまに採血、2回の末梢血幹細胞採取
入院中合計で17回針を刺された。
薬物中毒者みたいな腕になった。

退院

朝、血圧、体温、血中酸素濃度を測定し、体調に問題がないことを確認する。
腕のリストバンドが切られた。自身を家畜に例えようとしたことを思い出した。いよいよ出荷だ。

病院の外に出ると、車の排気ガスの臭いが鼻をくすぐった。自分の人生において、「排気ガスのにおい」に感動する瞬間が訪れるとは予想だにしなかった。自身が病んでいたわけではないものの、健康な日常の尊さを実感した。(2週間もするとこの尊さはさっぱり忘れ去られた。私は二度と排気ガスの臭いに感動することはなかった。)

こうして計6泊7日の入院生活が終了した。


採取後健康診断

採取(入院)から2週間後、自身の体に異常がないか健康診断を受ける。
入院中に投与したG-CSF注射は健康な人間に投与することを前提としていないため、悪影響などが出ていないか調べる目的もあるらしい(数年おきに郵便でアンケートに答える必要もあるらしい)。

余談だが、G-CSFは本来血球成分が少なくなる疾患や症状に対して用いられる。これを健康な人間に投与して血球成分を余らせたうえ、急性白血病などの血球が異常増殖する患者(前処置で造血細胞を破壊する)に移植するという、いわば当初の目的とは逆の症状を呈する病気の治療に応用されている(間違ってたら教えてね)。
他にも勃起不全の薬として知られるバイアグラは、狭心症の薬で勃起してしまうという副作用を逆手に取ったものであるし、世界初の抗がん剤であるナイトロジェンマスタードは、第一次世界大戦のときに人を殺傷する目的で作られたマスタードガスを改良したものである(マスタードガスに曝露した患者は骨髄の細胞が特異的に破壊されていることから着想を得た)。薬の世界は「風が吹けば桶屋が儲かる」ような話が多い。

採取後健康診断の結果、特に問題は無かった。
骨髄バンクを通した手続きはこれですべて終了する。
確認検査から数えておよそ4ヶ月間、密に連絡を取り合っていたコーディネーターともお別れである。あまりにも親身にいろいろ話を聞いてくれるほか、検査などのたびに様子を見に来てくれたので、最後の方はもはやお母さんみたいな感じになってた。そんな人とのお別れは普通に悲しい。

なお、この採取後健康診断も平日に行う必要があるので、仕事との調整が必要になる。(仕事1回休み、累計5回目(入院はカウントせず)


助成金の受け取り

自治体に助成制度の利用申請をする

骨髄バンクのドナーというのは基本無償のボランティアであるため、骨髄バンクから通院通学の交通費や入院前の支度金(書き忘れたが入院時に現金で五千円もらえる)以外に金銭の授受はない。
ちなみに、仮に造血幹細胞の提供に金銭上のメリットを発生させると、かつて日本が「売血」でその歴史を辿ったように、反社会的勢力の資金源になる恐れがあるため、無償で実施することが現時点では最も望ましいこととされているらしい。

しかしながら、全国で36の都府県と1018の自治体で骨髄バンクを通して造血幹細胞を提供したドナーに対して助成金を支給する制度が整備されている。(2023年11月時点)
私の住む自治体には幸いこの助成制度があった。
若干話が逸れるが、皆さん知っての通り、日本に都道府県は47ある。市町村の数は調べてみると1718ある(いずれも2024年10月現在)。これが何を意味するかというと、ドナーに対して助成金を支給しない自治体があるということだ。助成金があろうがなかろうがドナーとして提供の意思を示すことができれば人間として極めて尊敬に値することだと思うが、私は、助成金があった方がモチベーションが上がる人間もこの世にいることを決して否定しない。

助成金の額は骨髄バンクを通して発生した通院・入院1日につき2万円で、助成金の上限は14万円である。通院・入院の合計が7日を超えれば上限MAXに到達するが、私の場合通院5日、入院7日、12日と余裕で上限に達する。

申し込み方法は自治体によって異なるが、私が申請した自治体では下記3点の資料を持参して保健所の窓口に申請する流れだった。
申請書(自治体のHPよりダウンロードし、記入)
造血幹細胞の提供を証明する書類(骨髄バンクからもらう)
申請する自治体に居住することを示す書類(住民票をコンビニで発行)

ところで、保健所というのは役所の一機関なので、基本平日しか開いていない。したがって、ここでも仕事との調整が必要となる。(仕事1回休み、累計6回(これで本当のラスト))

申請から約2ヶ月後、申請書に記入した自身の口座に14万円が振り込まれた。


提供者のメリット

骨髄バンクドナーという稀有な経験を通して、よかったと思ったことを3つ示す。

①贅沢な時間の使い方をする

自身に不調がほとんど無い(後述の副作用を除く)にも関わらず一週間入院すると、無限とも思える時間を享受できる。
先述の読書や『ONE PIECE』アニメぶっ通し視聴に加え、バレエ音楽『ガヤネー』全曲版を2回連続(合計5時間)で聴いた。入院した年のApple Music Replay(年間通してどの曲をどれくらい聞いたかわかるデータ)では『ガヤネー』がその年最も聴いたアルバムのベスト3にランクインしていた。その他、下記投稿も入院中に大体の原稿を書いたものである。

健康で、いかなるタスクにも追い立てられない環境は貴重だった。
朝早く起きて、テレビを見て、本を読んで、音楽を聴いて、漫画を読んで、お昼寝して、アニメを見るという生活はまるで小学生の夏休みを追体験するような至福だった。(嘘である。私は小学生時代に自主的に本を読んだことは一度たりともない)
一週間という期間も絶妙だったと思う、それ以上長かったらさすがに退屈していたかもしれないが。


②お金(助成金)がもらえる

都内独り暮らし平均的サラリーマン(申し遅れたが私は都内独り暮らし平均的サラリーマンである)にとって、骨髄バンクドナーに対する助成金の14万円というお金は、大変な大金であることは疑う余地がない。通常であれば、過労死ラインまで残業して初めて残業代がこの額に届くか届かないかくらいである。

助成金の使い道については、後編(11月中に更新予定)にて記載する。


③自身の生き方を肯定する

骨髄バンクのドナーになるにあたり、先に述べた通りの厳密な検査をクリアする必要がある。

私はお酒もたばこもやらない。間食も夜食も基本しない。親から躾けられた健康への意識を、離れて暮らす今ももち続けているが、この健康への意識が私の体中の数値を正常に保ってくれたおかげで、提供ドナーとして適格と認められた(と私が勝手に信じ込み、そして肯定している。お酒もたばこもやってても検査は意外と通るのかもしれない)。さらに言えば他人を病から癒す一助になった。
これまで「自身が健康でいること」は、いわば自己満足で、自身の中で完結するものだと思っていたが、「自身が健康でいること」は、他人を助けることにもつながり得るのだと実感した。

今後も自身のためのみならず、他人のためにも、自身の健康を保つ努力はしていきたいと静かに決意した。(この章は若干嘘で、こんなことを決意した人間は退院前夜にカップ麺を2つ食べない)


骨髄バンクドナーになるには

そもそも骨髄バンクに登録するためには何をしたらよいのか。
答えは単純で、最寄りの献血センター(もしくは保健所)に行って骨髄バンクに登録したい旨を言えばいいだけである。

骨髄バンクのHPには「登録のしおり」なる資料に目を通すことが推奨されているが、この投稿をここまで読んだ方はそこまでしなくても正直不要であると個人的に思う。私は骨髄バンクに登録した際そんな資料は読んでいない。


おわりに

造血幹細胞の移植が必要になる疾患は、かつては治療法が存在せず、発症したらただ死を待つだけだった。20世紀に入り、次々と新しい抗がん剤が開発され、さらには20世紀末に造血幹細胞の移植という治療法が確立された。

私がドナーとして選定された後の最終同意で、私の親が最初提供に反対したのは、かつて注射器や輸血などを通して肝炎などの疾病が広まったという歴史が念頭にあったからだ。今は当然改善されており、ドナーへのリスクは限りなく抑えられている。

骨髄バンクの事業は、これまで人類が止まず改善してきた医療の歴史の最先端にいると言っても過言ではない。

骨髄バンクへの登録者は年々減少傾向にある。
医療の分野の先人たちが築き上げてきたものが、今後も続くよう願ってやまない。

この投稿を読んで登録に興味を持ってくれる人がいれば幸甚である。

(おわり、後編に続く)


(おまけ①)注射の副作用は「○○」に似ている

※ここから先は、子供が楽しめないタイプの下ネタを含むので、本編から分離した。500mlのペットボトル飲料を自販機で購入する感覚で読んでいただければ幸いである。
ちなみに、仮にもうけが出たとしても別に骨髄バンクに寄付するとかそういうことはしない。私はそこまで快男児ではない。じめじめしたところが好きな陰属性のヒト個体である。

入院中に投与されるG-CSF注射には副作用がある。人によっては副作用が現れないこともあるが、私の場合若干副作用が現れた。それは入院4日目のことである。

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