『男たちの挽歌』という名の奇跡を、あなたはもう見たか?(2)
日にちが空いてしまったが(1)の続き。前回書いたように、ここでは『男たちの挽歌』の制作背景やその後の映画界に与えた影響、そして私個人の感想(と突っ込み)を綴っていく。
【制作背景】
既にあちこちで触れられてる話だが、この作品について語るなら避けて通れない話題(と思ってる)なので、敢えて書く。
『男たちの挽歌』は色々な意味で異色ずくめの作品だった。
一つは映画作品のジャンルという点。当時の香港映画はもっぱらカンフー(功夫)映画が主流だった。1970年代後半〜1980年代半ばにかけて、李小龍(ブルース・リー)や成龍(ジャッキー・チェン)、洪金寶(サモ・ハン・キンポー)や元彪(ユン・ピョウ)らの激しいアクション作品が世界を席巻し(実はその前もカンフー映画は沢山作られてたけど、日本で本格的に公開されたのはこの辺りの面々が活躍した頃から)、国境を越えて観客の心を摑んでいた。その他『Mr.Boo!』シリーズのような喜劇作品が多く作られていた(このシリーズは大分風刺が効いてるけど、他のコメディ物はストーリー展開を無視した破天荒な作品もかなりあった。というか香港映画は割とそういう作品が多い)。
この作品の監督・脚本を務めた呉森宇(ジョン・ウー、台湾の刑事役で出演もしてたお方!(笑))は、その風潮に真っ向から反するかのごとく、シリアスなアクション物が撮りたかったのだが(師匠の張徹(チャン・ツェー)の影響が大きかったか)、その事で当時所属していたシネマ・シティー・カンパニーと衝突し台湾に左遷される。彼はそこでの苦しい数年を経て、盟友・徐克(ツイ・ハーク、この方も劇中に出てました。サングラスかけた音楽審査員(笑))と組んで、念願の「自分の撮りたい作品」の制作に取り掛かった。
制作に当たり、ジョン・ウーは龍剛(ロン・コン)監督の『英雄本色』(1967、『男たちの挽歌』の原題と同じ題名)を下敷きにしつつ、アクション色の強いものを作り上げていった。
もう一つは出演陣の顔触れという点。
主演に起用されたのは、香港の映画会社ショウ・ブラザースの看板役者だった狄龍(ティ・ロン)、歌手デビューした後数多くの映画に主演し人気を博していた張國榮(レスリー・チャン)、そしてTVシリーズ『上海灘』で一躍有名になった周潤發(チョウ・ユンファ)だった。ティ・ロンは、ショウ・ブラザース退社後、台湾で不遇な時代を過ごしており、チョウ・ユンファはTVで名前が知られるようになったものの、その後何本も出演した映画がなかなか当たらずにいた。
そんな彼らの状況を、ジョン・ウーは作品に反映させた(いわゆる楽屋ネタというべきか)。これも良く言われている話だが、劇中でホーが台湾の刑務所を出所した日、台湾の刑事が出迎える場面や、ホーとマークが再会しガッシリと抱擁する場面は、まさにそうだ。
さらにジョン・ウーは、自分の思い描くヒーロー像をマークという登場人物に託した。マークに扮したチョウ・ユンファが、撮影中に色々とアイディア(ロングコートやアラン・ドロン風(?)のサングラスを身に着ける、マッチ棒を咥えてるのがそう)を出したのが採用され、皆の知るマークになったと言う。
(李子雄(レイ・チーホン)や他の出演陣の話は後ほど触れます)
そんな経緯を経て制作・公開された作品は、低予算で前宣伝もほとんどされなかったにも関わらず、香港だけでなく世界中で大ヒットを記録した。香港映画=カンフー映画というそれまでの認識を一気に変えたこの作品の成功で、香港ではその後フィルム・ノワール(裏社会を生きる人たちを描いた映画ジャンル)の作品が大量に作られ、欧米やアジアの他の国でもリメイク作品が作られたりと、世界の映画市場に大きな影響を与えた。
ちなみに、ティ・ロンはこの作品で返り咲き、その後似たような役はもちろん、渋く落ち着いた魅力溢れる役も多数こなした(『流星語』の警官の役よかったな)。チョウ・ユンファは一躍映画スターとなり、香港のみならず、アジア映画の帝王(亜州影帝)と呼ばれる存在になった。
【作品の感想】
ここまで真面目に(?)書いてきたけど、ここからは個人的な感想(突っ込み)を箇条書きで雑多に書いてくので、気楽に読んでください。
・前回触れたように、主人公兄弟は真逆の職業(業界?)に属している。兄・ホーは裏社会の組織の幹部で、弟・キットは高校卒業後刑事になる、という設定だが…兄貴がそんな大物なのに、キットよく刑事になれたな(^_^;)入る前に調査とか受けないのか!?(物語だからそんなのはどうでも良いのか)
・キットを演じるレスリー・チャンは、この当時既に30歳を超えてたのに、映画の冒頭では高校卒業した年の子…実年齢との年の差よ!それでも高校生に見えるのは私だけか?レスリーは90年代後半(その頃40代後半)でも20歳代の役をよくやってたねー。
ちなみに、レスリーはこの映画の主題歌『當年情』も歌ってます。作曲は顧嘉輝(ジョゼフ・クー、ブルース・リーの映画『ドラゴンへの道』やTV『上海灘』等の音楽を多数作曲)。この主題歌だけでなく、映画を彩る哀愁を帯びたメロディやアップテンポの音楽、時にビートを効かせた調子がとても素晴らしい。
・ホーとキットたちの父親が狙われた時、家に飾ってあった二人の子供時代の写真が合成感半端なくてちょっと笑えた。ティ・ロンの写真は、ショウ・ブラザースで活躍してた頃の感じだったな。
・キットがシンの罠にハマる件で感じたのは、私がジャッキーなら、キットに怒って家を出てったろうな、という事。
何がというと、シンの部下たちが(わざと)捨てたメモが入ったゴミごと拾って、自宅の台所でぶち撒ける→片付けをジャッキーに押し付けてシャワーを浴びる→誕生日を迎えたジャッキーそっちのけ家で仕事してたんである。
彼女は電気消したり「ここは署じゃない!私の誕生日も忘れて…」と嘆いたけど、「いやいや、キットが拾ったゴミの後始末までさせられたんだから、もっと怒ろうよ!」と感じた私。
・ホーの親友・マークと、二人の弟分であるシンの変貌ぶりは、この作品の見どころの一つだと思う。前半、マークは組織の幹部として自身に満ち溢れ、時折お調子者な感じを見せており、シンは新人らしく初々しい感じの中に、緊張と不安が垣間見える。
ところが、後半はまるで逆。台湾で右脚を撃たれ不自由になったマークの落ちぶれ様と、組織のトップに登り詰めたシンの傲慢なほどの自信や狡猾さといったら、それぞれ同じ俳優が演じてるとは思えないくらいだ。發仔(ファッチャイ、チョウ・ユンファの愛称)のコミカルで飄々とした演技と、打って変わった凄みのある雰囲気、そして落ちぶれて忸怩たる思いを抱えた感じ、ラストの銃撃戦でドカドカ撃ちまくってる中、ホーに向かって一瞬(どこか切なげに)微笑んだり、ホーの隣で嬉しそうにニカーッと笑った後真剣な表情に変わる瞬間、その全てが凄くいい。
シン役を演じた李子雄(レイ・チーホン)はこれが映画デビュー作で、香港のTV局・TVBの養成所(チョウ・ユンファ始めここの出身者は多い)を卒業した後、移民局での勤務とモデルのアルバイトを経て俳優になったという、変わった経歴の持ち主。この作品で裏切り者の男を見事演じきった彼は、その後似たような役のオファーが多く来てしまったとか。90年代半ばに出版された『香港電影城2』のインタビューでは、平凡な人の役が好きで、本当はそういう役がやりたいと言ってたけど、今はどうだろうか…
・上述の通り、この映画は1967年公開の『英雄本色』をベースにしている。元の作品は、家族を支えるため金庫破りを続けて捕まり刑期を務めた主人公と、その過去を知らず彼を慕う弟や、主人公を取り巻く人物たち(母親や元恋人、彼の更生を支える更生協会の女性、刑期を終えた主人公をなお追い続ける刑事、主人公の金庫破りの技術を狙う裏社会のボスなど)との関係から、犯罪を犯した人たちがその後直面する生きづらさを描いたものだった。
その内容が『男たちの挽歌』でも一部活かされていて興味深い。主人公兄弟の関係はもちろん、兄の社会復帰と壊れた兄弟関係の修復を望む弟の恋人(『英雄本色』では、弟の恋人の父親もまた服役しているという設定で、兄が刑務所でその父親と知り合っていた)、タクシー会社を経営するキン(演じたのはベテラン俳優の曾江(ケネス・ツァン)。先月末お亡くなりに…合掌(T_T))は、『英雄本色』の更生協会の女性、ジョン・ウー扮する台湾の刑事は前述作の刑事といった感じか。
・マークがシンたちにリンチを受ける場面で、背景にJALのマークが映ってるとこに時代を感じた(今の香港の街中には、日系企業の看板はほとんどないようだ)。この場面でボコボコにされたり、その前に右脚が不自由なのに、ラストの埠頭の銃撃戦で動きまくるマーク。お前は超人か!?でも格好いい!(おい)
・この映画に見られるような男性同士の友情に、個人的に憧れと羨ましさを感じる。この作品のホーとマークのような関係は今どき珍しいかもしれないけど、ガキンチョのようにじゃれ合ったり、時に激しく思いをぶつけ合ったり、時に命がけで絆を守る、というところに惹かれてしまう。これが男女のコンビだと、相手が異性である事を意識するせいか、どうしても二人の間にある種の壁が出来てしまう事が割合多くてなかなか難しいし、女性同士の関係はまた違うものになるからかな(もちろん女性同士の友情と信頼関係ってのも良いもんだ)。
色々書いたけど、今回までの記事を読んだ方が興味を持って『男たちの挽歌』を見たり、そこで感じた事を他の人に話してまたその人が見てくれたりしたら、嬉しいの一言しかない。馬鹿と思われるだろうけど、それだけこの作品が好きでたまらないのだ。