【翻訳】 エディット・シュタインとフッサールの瞬間
(友人から教えてもらったエディット・シュタインの自伝(Edith Stein Gesamtausgabe, Bd. 1: Aus dem Leben einer jüdischen Familie und weitere autobiographische Beiträge)の一節が色々な意味で味わい深かったので、訳出します。権利侵害にはならないと理解していますが、もし法的に問題があればお知らせください。)
次の日の午後6時、私たちがフッサール夫人と一緒に大学の門のところで待っていると、フッサールが階段を降りてきて、夫人に言った。
「ゴーテさんと先に行きなさい。私はシュタインさんと話があるから」
私たちは二人組ふたつに分かれて歩き出した。私はこれから何が起こるのか緊張して待ち構えていた。数日前に師はこんな冗談を言っていた。
「あなたの論文を読んでいるけど、どんどん面白くなるね。あまり高いところに連れて行かれないように、こちらは気をつけないといけない」
そのときと同じ調子で、彼はこう切り出した。
「だいぶ先まで読み進めたよ。あなたは本当に才能のあるお嬢さんだ」
しかし、すぐにやや真剣な顔になった。
「ただ気にかかっているのは、あの論文を年報に、『イデーン』と並べて掲載してよいものかどうか、ということなんだ。あなたは論文で、『イデーン』第二部の内容をかなり先取りしているようだから」
私はビクッとした。だが、今ならあの質問をできると思い、この機を逃すまいとした。
「そういうことでしたら先生——別のことをお尋ねしたいのですが——、ゴーテさんから聞いたのですけれど、先生は助手を探していらっしゃるとか。私にお手伝いさせていただけないでしょうか」
ちょうどドライザム川を渡っているときだった。師はフリードリヒ橋の中ほどで立ち止まり、喜びを含んだ驚きの声をあげた。
「私のところに来てくれるのかい!? もちろん、あなたと一緒に仕事をしたい!」
このとき、二人のうちのどちらがより幸せな気持ちだったのだろうか。まるでプロポーズの瞬間の若いカップルのようだった。ロレット通りにフッサール夫人とエーリカが立っていて、こちらを見ていた。フッサールは夫人に言った。
「おい、シュタインさんが助手として来てくれるそうだよ」
エーリカは私を見た。互いに理解するのに言葉はいらなかった。彼女の落ち窪んだ黒い瞳に深い喜びの火が灯った。その夜、私たちが寝床に入るとき、彼女が言った。
「おやすみ、助手さん!」