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私は私に胸を張って会うことができる私になれたでしょうか。

15歳の私へ。

先日、高校に行きました。
創立記念式典で校歌を歌って欲しいと依頼されて、行ってきました。

あなたが今居る、そこに。

中学生のときに3年間いじめられて、逃げられるかも、と淡い期待を抱いた高校1年生。中高一貫校で、外部生が入ってくるから、きっと空気が変わるだろうって。

そんなこと、ありませんでしたね。

思い返すと、あの頃は誰もが自分を探し回っていて、不安な気持ちがあちこちにもくもくと蠢いていたように思います。それはとても自然なことでしたが、怖いものでしたね。

それでも、あなたは自分と約束してました。
・不登校にはならない。
・音楽をやり切る。

私は、あなたに心から感謝している。
約束を守り切ってくれて、ありがとう。

きちんと学校に行ってくれて、本当にありがとう。
私は決して器用じゃないから、独学で勉強なんてできなかった。教室で、最低限の勉強をきちんとしてくれて、ありがとう。
あなたがそうしてくれたから、私は今色んなものに興味関心を持てる私になれた。或いは、学歴コンプレックス、みたいなものを抱かずに済んだ。(学歴なんて気にする必要ない、と胸を張って言えるけれど、それは大学内外できちんと学ぶ機会があって、全部を逃さなかったから言えることなのだけれど。)

音楽をずっと大事にしてくれて、本当にありがとう。
部活で、苦しいこと、たくさんあるでしょう。でも、投げ出さないで、不器用なりにひとつひとつきちんと向き合って、ちゃんと解決しながら前進してくれた。その経験は、私の自信のひとかけらになっているし、「あれより苦しいことなんてない」って、これから先の苦しいことにも向き合う勇気を与えてくれている。何よりも、大きな舞台に立った経験は、今でも私をステージに駆り立てる。大きな舞台へ、自分だけでなく仲間も牽引していった私なら、なんでもできるって思える。


ずっと、悩んでました。

苦しんでいるあなたに対して、誠実な私でいるには、どうしたらいいだろうって。一時期は、強い復讐心を抱いてました。いじめは犯罪だし、自分をいじめた人たちが幸せでいるなんて、許せない。彼らへの復讐をどうしたら達成できるだろうと、目の前にある証拠品の数々とにらめっこしながら、専門家と相談する日々を過ごしたこともあります。

転機は、妊娠でした。

レイプによる望まない妊娠でしたが、自分のおなかのなかに、新しい命を宿してみて初めて、自分の醜さを知りました。
彼女(と私は当時の胎児を呼んでいる)は、日々私から栄養を奪い取っていきました。無条件に、生きることを選択し、強制的に搾取していくのがわかります。
中絶手術のその瞬間まで、彼女は生きていました。
シンプルに。まっすぐに生きてました。
どんな理由であれ、私は人を殺しました。

もし、私が真っ当に、母になったら。

自分の過去について、復讐心を抱く母を、どう思うでしょう。
あるいは、自分の娘が、復讐心に燃えていたら、どう思うでしょう。

嫌、でしょうね。
そんな母はみたくないし、そんな娘をみたら、苦しくて悲しくて仕方ないでしょう。

ようやく、自分が幸せでいることが一番なのではないか、
と考えられるようになりました。

いくら年齢を重ねても、つらいこと、苦しいことは容赦なく降りかかってきます。避けられそうにありません。

でも、ひとつ回答を導き出しました。
復讐心を抱きながら生きる私では居たくない。


先日、あなたのいる、高校に行ってきました。
校舎内を、歩いて回りました。
同級生にも、会いました。

とても、とても穏やかな気持ちでした。

どこまでも、まっすぐな気持ちで歌えました。

あの場所で生きている私を、誇りに思いました。
不器用な私を、愛おしく思いました。

15歳の私へ。
生きていてくれて、ありがとう。

まだ、私にとっての幸せはうまく定義できないけれど。

生きます。

noteに目を通していただき、ありがとうございます。皆さまからいただいたサポートは、私の心身の療養に充てさせていただきます。またnoteを通して日々還元していけるよう、生きます。