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Time/宇多田ヒカル

2回目のオンガクノイトマは宇多田ヒカルの「Time」を取りあげます。
この投稿に関する前説は下記の記事をご覧ください。

概要

日本を代表する歌姫、宇多田ヒカル。
彼女が作ってきた楽曲の数々は日本、また世界を魅了し続けている。
若くしてデビューした彼女は、見た目から本当に10代なのだろうかと疑うほどの大人っぽさと艶やかさが感じられた。
時が過ぎた今もなお、成熟した音楽と共に歌姫は降臨し続けている。

そんな彼女が作った楽曲「Time」。
これは日本テレビ系ドラマ主題歌『美食探偵 明智五郎』の主題歌として書き下ろされたもので、2020年5月にエピックレコードジャパンから配信限定でリリースされた。
ドラマ初回放送の劇中にて、その一部が初披露。配信に先駆けて1コーラス分だけ先行配信がされたのである。

今思えば、この1コーラスだけ聴くだけでも彼女の音楽性の凄さを感じる。
曲調、歌詞が相まって聴衆の胸を締め付けるような1:38の音楽であった。

ミュージックビデオは同年7月に公開。
時は新型コロナウイルスが全世界で流行していた頃。
ロックダウンされたロンドン、宇多田ヒカル本人の自宅にて撮影されている。必要最低限数のスタッフは全員事前検査を受け、安全面に十分配慮しながら撮影が実施された。

歌詞から読み取る世界観

この楽曲の注目したい所は歌詞から生まれる世界観。

カレシにも家族にも言えない
いろんなこと
あなたが聞いてくれたから
どんな孤独にも運命にも耐えられた

主人公は女性。
彼氏や家族とは異なる第三の人物が存在し、その人物(=彼氏とは異なる彼)には何事も話すことができたことから主人公と彼との間にはとても強い信頼があったことやお互いに支え合っていたことが分かる。

降り止まない雨に打たれて泣く私を
あなた以外の誰がいったい笑わせられるの?

降りやまない雨、と例えられる彼女の辛さや悲しみをすくい上げて受け止めてくれる彼に対して、「あなた以外はいないんだ」というメッセージが伝えられている。

いつも
近すぎて言えなかった、好きだと
時を戻す呪文を胸に今日も Go

彼は主人公にとっては身近な存在。
「好きだ」という感情があったとしても、それを伝えることでの関係性の変化や崩壊を恐れたのかもしれない。
「時を戻す呪文」と書かれている時点で出来事を回顧していることが推測できる。時を戻せたのなら、あの時に彼に気持ちを伝えていたのかもしれない、ということなのだろうか。

キスとその少しだけ先まで
いったこともあったけど
恋愛なんかの枠に収まる二人じゃないのよ
(そゆことそゆことそゆこと)

大好きな人にフラれて泣くあなたを
慰められる only one である幸せよ

だけど 抱きしめて言いたかった、好きだと
時を戻す呪文を胸に今日も Go

ずっと
聞きたくて聞けなかった、気持ちを
誰を守る嘘をついていたの?

彼との関係は「キスとその少し先まで」と書かれているため、単なる友情ではないことが考えられる。
しかし、だからといって単純な恋愛に当てはめられるほどの簡単な関係ではない。
彼のことを慰められる、救うことができる唯一の主人公。「あなただけの私」という存在になれることを幸せに感じていた。

でも、それはもう昔のこと。時を戻すことはできない。
彼に気持ちを聞けず。そして、自ら気持ちを伝えることなく関係が終わっている。
主人公が嘘をついた理由とは、自らを守るためなのか、彼を守るためなのか、もしくは両方なのか。
主人公自らが自問自答する形で書かれた歌詞から考えるに、ここには後悔の念があるのではないかと考える。

逃したチャンスが私に
与えたものは案外大きい
溢した水はグラスに返らない 返らない
出会った頃の二人に
教えてあげたくなるくらい
あの頃より私たち魅力的 魅力的

友よ
失ってから気づくのはやめよう
時を戻す呪文を君にあげよう

覆水盆に返らず、一度起きたことは元に戻すことができないという意味のことわざ。このことわざがこの歌詞には当てはまる。

彼が主人公の前からいなくなったことで、彼の存在の大きさに気づく。
過ぎ去った時間も、グラスからこぼれた水も戻すことはできない。

ここで重要なのは、この彼はあくまで「友」であること。
彼に対する気持ちは単なる恋人という形とはまた異なっており、恋人を超越したその先にある存在である。それがどういう存在であり、なんと言葉で表せばいいのかは私には難題である。

If I turn back time
Will you be mine?
If I turn back time

「もし、時間を戻すことができたなら、あなたは私のものになってくれる?」と、目の前にはいない彼に対して問いかける。
「If I turn back time」が再度繰り返されているところから、後悔のような複雑なモヤモヤと胸を締め付ける感情が解かれることはなく、主人公はそのまま日常を過ごすことになっていくのだろう。

全体について

この作品は単なる恋模様、というわけではなく複雑にまじりあった男女の人間関係を描き出している。
主人公はいろんな葛藤を抱えて、彼との関係をどうしていくのかを考えたなかで出した答えだったが、時間が経つとともに自らに正直になればよかったと後悔する思いが伝わってくる。
彼と過ごした当時からその出来事を回顧する今までの主人公の気持ちの移り変わりが音楽とともに緩急をつけて表現されている。

冒頭部分から宇多田ヒカルの音楽である、ほんのりと心苦しい感じが表現されている。スネアドラムが旋律から少しずれた部分で入ることで主人公の胸のつっかえのように聴こえる。
たびたび、歌詞には主人公が呟いているのではないかと思う口語体の歌詞が現れ、よりこの作品のシーンがリスナーの目の前に創造されていくような作品となっている。

宇多田ヒカルの世界観。
言葉で表し切れない関係性を通したストーリーがこの楽曲には詰まっている。

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